第9話、闇魔法
「――〈
邪悪さを表情や声音に全力で表すマーナン。その手からは黒い液体が溢れ出し、意思を持つ蛇の如き闇の手が、前方の植木に埋められた
闇の手に絡みつかれて黒い液体に全身を染め上げた案山子は、バキバキと音を立てて砕けてしまう。
「属性魔法の深淵を司る闇魔法は、秩序の崩壊を齎らす。それは新たな礎となって――」
「あのね、もう魔法使わないでくれない? 白髪が生え始めてんじゃん」
確かにマーナンの魔法は目を見張る程に強力だが、マナポーションが成功する前提で魔法を連発するのは止めて欲しい。
「…………」
マナポーション攻略本をざっと読んでみたが、授業を経て事前に知っていた内容と大差ない。けれど作るか分からなかったので購入に踏み切れずにいたが、手元にはあった方がいい。
ただやはり時間経過での劣化度合いがポーションの比ではないらしい。冒険者が所持して依頼へ赴くには、ハイマナポーションが好ましいのだそう。
うちのギルド内だと、魔力が足りなくなって困るのは数名だが一日に三本程度は置いておいた方がいいのではないだろうか。後で受け付けのタナカさんに提案してみるか。
ハイマナポーションを作製するかは熟練度の関係で当面は様子見である。
何はともあれ、静かになったところでマナポーションを作ってみよう。
「て言っても、魔法を唱える時の魔力量が難しいだけみたいだな」
「じ、助手よっ、助けるのだ!!」
いきなり呼びかけられるものだから、すぐに案山子が生えて来る『カカシウッド』で遊んでいたマーナンの方へ視線を流す。
「っ…………」
漆黒に染まる地面から生える十数本もの闇色の手により、マーナンが常闇へと引き摺り込まれそうになっていた。
先程の強力さを目にしたのであれば、人間であるマーナンが僅かなりとも抗える筈もないことは想像に難くない。
ちなみに、助けない。
「さて、魔間草が八に――」
「コールっ、貴様ッ!! この薄情者めがっ!! これは間違いなく貴様の生き恥となるだろうっ、永遠に悔いるがいい!!」
「俺は使うなって言ったよな。それってアレだろ? “闇に嫌われる”ってやつだろ? そりゃそうだろ、意味もなく呼び出されては案山子を壊せなんて正気じゃないこと言われて、しかもどんどん老けていく摩訶不思議なおっさんが呼んでんだぞ? あっちからしたら、ちょっとしたホラーだって」
闇魔法は他の属性魔法と違い、意思を持つと言われている。人格と呼ぶ程の明確なものではないが時に術者の予想と異なる動きを見せる。
「すみませんね、マーナンが。そいつ、しばいちゃっていいんで」
椅子から立ち上がった俺はお詫びに魔間草をいくつか闇の手達に手渡し、手を振って送り出されてデスクへ戻る。
「っ…………我を甘く見るなっ!! 〈
氷魔法を駆使して無理矢理に拘束を抜け出し、近くにあったテーブルを飛び越え、倒して障壁とし、迫る闇の手を避け、打ち払い…………呼び出した闇魔法と喧嘩を始めるマーナン。
「おのれ主人に逆らいおってっ、この出来損ない共がぁ!!」
新たな礎とか言っていたのに、今は出来損ない。闇魔法に同情してしまう。
テーブル越しに魔法の撃ち合いが繰り広げられるも、騒ぎを背後にマナポーションを作製する。
魔間草はポーションの純薬草と違って多めに八割。そして魔草は二割。
フラスコの水は既に温めてあるので、葉をすり潰していく。
ポーションと同じ、もしくはそれより潰さないらしいから、大まかにやったらフラスコへ投入。
「――〈作製・マナポーション〉」
赤く淡い光がフラスコを照らし、反応したフラスコ内が眩く輝く。
すると薄い紫色の液体へと変化していた。
まるでマナそのものの神秘性を表しているかのような美しい澄んだ紫色。これがマナポーションの特徴だ。
それでは、小さな取り皿を用意してと。
「どれどれ、味見味見」
「…………」
「ん〜〜…………ちょっと濃い目だけど、何故かコーンスープみたいな味がするな」
「…………」
「悪くない。悪くないけど、効果値は低いかも。次はもう少しすり潰してみるか」
「…………」
そこでフラスコを手に取って、
「ほれ、飲むかい? 俺の初マナポーション」
「…………」
目を血走らせて息も絶え絶えに俺を見下ろしていたマーナンへ差し出してみる。
白髪だらけで十歳は歳を取っていたが、どうやら闇魔法に捧げた魔力が尽きて消滅したようだ。つまり、ギリギリマーナンの勝利。
「ちぇいっ……!! っ…………」
俺の手から奪い取ってごくごくと喉を鳴らして、一気に飲み干してしまう。
「ぷはっ……はぁ……はぁ……、次を作るのだ。奴等にリベンジするぞ……」
「何の意味があるの、それ。騎士が剣を買って店主の前で叩き割るようなもんだよ? 俺はかつて、これほど無意味な喧嘩を仕掛ける奴を見たことねぇよ」
「躾だ。我は闇を極める者。闇の王となる者。闇に乞うのではなく、闇を捩じ伏せ、闇を従えるのだ」
「……まぁ、好きにしな。なんかお前が買った分もあるから材料は尽きないだろうしな」
フラスコを三つ同時に熱し始める。横着はせず、別々のすり鉢とすりこぎ棒も用意しておく。
「うし、……俺はマナポーション作ってるだけでいいんだろ?」
「――戦なりっ」
「……会話だけはしよ? 心配になるから」
白衣を脱ぎ捨て、魔法使いのローブを羽織るマーナンにそっと苦言を送っておいた。
「ッ――――!!」
マーナンが冒険者活動をして稼いだお金で買った『ミトの杖』をしかと掴み取り、俺の合図を待っている。
三本のマナポーションが完成した瞬間から開戦するらしい。
完全に不意打ちである。しかも用意周到である。マーナンに有利に過ぎる。なんで俺はこいつ側なのだろう。
「闇魔法さんが負けそうになったら、あいつ殴ろ」
「ぬっ、今のは合図か!?」
「違うから、黙ってろ、悔い改めろ、マーナンであることを」
と暴言を吐いている間に完成してしまった。
「できちゃったよぉ〜」
「行くぞっ!! 〈
「あっ…………」
杖を左手に握り締めて魔法を行使して効果を何倍にも上昇させ、マーナンの右手からは先程とは比べ物にならない量の黒い生きた液体が溢れ出す。
こいつ、なんでわざわざ杖で敵を強くして呼び出してんの?
やるわけないよな、と思いつつ黙っていたら本当にやってしまった。ガッツ並みの知能である。
「……なんじゃあこりゃああああああああああっ!!」
俺が見たマーナン史上、最も驚いた顔をしていた。
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