第8話、友達その二、マーナン


 薬草屋へ寄ろう。


 うちのギルドでは現在、俺が作れるポーション作製に必要な二種の材料しか仕入れていない。薬草屋で材料を先んじて買ってから、マーナンの元へ向かう。


 本日から俺が挑むのは、マナポーションと呼ばれる魔力を回復する為のポーションだ。


 魔法の発動に必要な根本的要素である魔力。


 回復させると言っても魔力をそのまま飲ませるわけではない。魔力は一纏めに魔力ではなく、個人差がある。


 森羅万象に宿るマナと呼ばれる魔力の前段階を液体に溶かし、それを摂取することで体内で魔力へと変換してもらおうというのが、マナポーションだ。


「…………」


 やって来たのは、森小屋のような小さな一軒家。どんぐりみたいな形をしていて、これでもかと森感を出して来ている。


「――うぃ〜っす、客が来たぜ」

「……なんだい、あんたかい。相も変わらず……かぁ〜っ、よくもそんなにシケた面ができるもんだねぇ」


 小さい婆さんが凝りもせず、不必要に愛想悪く出迎えた。


 家の形とほぼ同形をしているこの老婆が、ここ名も無き薬草屋の店主こと“ハブ”婆さんである。


「言うねぇ。あんたなんか、ちょっと目を細めたら小太りのミイラじゃねぇか」

「なんだってぇ……?」

「……目を開いても小太りのミイラじゃねぇかっ!!」

「知らないよぉ!! 店で大声を出すんじゃないよ!!」


 いつもの罵り合い、もとい挨拶もそこそこに必要な材料を品定めしていく。


「人間界に溶け込んで悪さすんなよ」

「…………」


 手近にあった純薬草を手で三枚ほど摘み、壁沿いに並べられた籠の中でも“魔間草”の籠に放る。この草、なんとマナそのものを溜め込んでいやがるのだ。動植物は魔力としてしか宿せないというのにだ。


「……なぁ、異物が混入してるから安くしてくんね?」

「異物が入り込んでんのはあんたの頭だよ」


 仕方ないので、ちょっとお高めの魔間草を購入する。


「なんで魔間草ってこんなに高いんだよ。あんた、この草が嫌いなのか?」

「あたしが好き嫌いで薬草の値段を上げるように見えるのかい!?」


 見える。何なら夜な夜な森の中へ入って嫌いな薬草を根絶するまで手掴みで食っていてもおかしくない。


「ふん、魔間草が最近は不作ってだけだね」

「普通じゃねぇか……」

「普通だよ!? あたしが普通を口にしたらいけないのかいっ?」


 ハブ婆さんにはいつも尖った物言いをしていて貰いたい。


「あと、魔草と…………やるねぇ、婆さん」


 俺が言い終わる前から、マナポーションに必要な材料をザルへ乗せていくハブ婆さん。


「……多めかい? マナポーションを練習するんだろぉ?」

「分かってるねぇ。ちょっと気合い入ってるからそうしてくれる?」

「生意気だねぇ、あんたがもうマナポーションだなんて。あたしの頃は“ポーション七年、マナポーション二年”って言ってね、ポーションを七年間きちんと修めてから、やっとマナポーションを触らせてもらえるって時代だったんだよ」


 不満を垂れつつも魔間草と魔草を手先の感覚だけで八割と二割の分量で二つのザルに乗せている。


 あと、魔間草の入ったポーションは酔うことがある。取り込まれたマナが急激に体内を駆け巡り、船酔いにも似た症状が起こる。


 そうしたマナ酔いを解消するのが、枯異かれい草である。これもハブ婆さんが適量を選んでくれた。普通にカレーの匂いがする。


「ありがとよ。……これで足りるよな」

「…………」


 会計のテーブルに出したコインが少し多かったみたいで、婆さんは無言で必要分だけを手元に引き寄せた。


「本の出費を惜しむんじゃないよ。最近は安く手に入るんだからね」

「今から学園で買うよ。ハーブル先生のやつ」

「分かってるならいいんだよ」


 材料は揃った。持参した三つの布袋にそれぞれ詰め込み、準備完了。


 ハブ婆さんの薬草屋を後にした俺は大通りへ戻り、学園へと歩む。


「……制服、着てくるんだったな」


 近くなるに連れて、制服姿の魔法使い見習い達が目に付くようになる。


 錬成魔法のみ選択の週一であっても制服は購入できる。授業は基本的に装い自由だが、催しなどは制服がなければ参加できないものもあるので俺も買っておいたのだ。


 程なくして学園は見えて来た。


 魔法ごとに形状異なる校舎が並び立ち、幾つもの文化が入り混じった夢の世界のようなファーランド魔法学園。


 いつも通う錬成魔法科には目をくれず、今日は闇魔法科へと足を運ぶ。


「…………」


 だが……人間が立ち入っていい場所なのだろうか。


 巨大な塔型の闇魔法科校舎を見上げ、どうしようもなく疑問に思ってしまう。


 だってお化けらしき方が何人も塔の周りを飛び回っているのだもの。この紫の霧に覆われた塔の周囲だけ薄暗いのだもの。


 やはり不気味である。


「――何をしている」


 背後からかけられる厳めしい声音に、咄嗟に振り向いた。


 立っていたのは…………白衣を着た黒髪の精悍な中年男性。長い髪を後ろで一纏めにして三冊の本を抱えている。


「……マーナンかよ。驚かすなって」

「貴様が勝手に驚いただけだろう。我のせいにするな」

「この塔で声をかける時は前からじゃないとダメなの。マジの幽霊が飛んでるんだからさぁ」


 マーナン・ナイナター。闇魔法を専攻する学生・・で、こう見えてとても優秀な魔法使いだ。


 ただマーナンは扱える魔法に対して魔力量がそこまで多くなく、関連する特殊体質もあって俺に協力を仰いでいた。


 魔法を使うとその分だけ、普段の見た目よりも老けていってしまうのだ。


「お前……もうかなり魔法使ってんじゃん。まさかここでマナポーションを作れってことなんか? えぇコラァ」

「分かっているではないか、凡夫の癖に中々に理解が早い。これだから貴様は助手として手放せない」

「助手じゃねぇ――」

「既に魔法を使い過ぎて、いい歳になって来た。具体的にいうと腹が出て来た」

「それはお前が肥満――」

「我の実験室に来い。器具は揃っている。それとも貴様自身のものを持って来たのか? まぁいい、どちらにせよ早急に作業に取り掛かれ。以上」


 この偉そうな生物が、マーナンである。


 マーナンの持つ前世の記憶が魔王であったらしく、魔法の知識に優れている。


 こいつはその魔王に憧れているらしく、幼少期から寝ていない時間のほとんどで魔法を使いまくり、実験に明け暮れる日々。


 すると彼は、なんと魔王のような性格になってしまった。いや、拗れてしまった。


 これで本当に優秀なのだから困りものだ。


「まぁ、待てよ。先にマナポーションの本を買いに行かないとな。授業で習ったけど、なんか抜け落ちてたら危ない」

「不要だ、矮小なる友よ」

「矮小って必要だった? それこそ不要じゃね? なぁ、なぁって」

「…………ぶふっ」

「自分のワードセンスに笑っちゃってんだけど……」


 そんな愉快な一面もあるマーナンだが、一つ咳払いをしてお茶に濁してから抱えていた本の中から薄い一冊を差し出して来た。


「これだろう? 外に出る用事のついでに購入しておいた」

「お前、たまに聖人になるのなんでなの……? ありがとよ」


 マナポーション攻略本を受け取り、代金を支払ってから塔の中へと踏み入った。

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