第7話、《嘘》と姉妹達




「コールさん、もし良かったらまた技術交換会をしませんか?」

「う〜い、いつでもいいよ。またやろうな」

「……はい、本当にありがとうございました」


 ヤクモを【マドロナ】へ送り、マーナンに呼び出された学園へ向かう。


「うぃっす、またな」


 お辞儀する礼儀正しいヤクモに小さく手を上げ、踵を返す。


「――時が流れているなんて《嘘》だよ」


 時が止まる。


 世界のどこにも音はなく、動きもなく、変化もなく、争いなどもなく、唯一の完全なる平和が生まれる。


 《時の魔女》しか行使できない筈の世界規模での時間への干渉も、《嘘》にかかれば造作もない。


「お、お……?」

「見〜ちゃった、見〜ちゃった」


 いきなりのことで驚きから振り返るとすぐ目の前に、不機嫌な微笑を浮かべるモナがいた。


「お〜い、《嘘》を使ったら他の魔女様に気付かれるんじゃね?」

「ふむふむ……、これは女の顔をしているね。つまり浮気だ。他の女の気配だ。複数ヒロインだ」


 無理矢理にヤクモの上半身を上げさせ、マドラーでヤクモの顎を支えて見定め、結果として愛想笑いを女の顔と言い放った。


「んなわけねぇじゃん。だって俺は彼女いるって普段から言ってるもん」

「人の物を欲しがる女は多いものさ。それにしても、ヤクモ君がギルドを出てまだ三十分ばかりだろう? 何をしたらこの真面目な生娘をこうまで誑し込むことができるのだろうね。不思議〜。このモナさんを驚かせるとは君も中々やるようになったじゃないか。褒めてあげる」

「不機嫌過ぎて口数が多い多い」


 マドラーを《嘘》でその存在すら消失させ、俺の首に両腕を巻き付けて向かい合い、妖しげな微笑で責め立てる。


「これは私と君との恋愛物語だ。街中にある平凡な物語や戦闘ものでもない。あえて言うなら私と君との恋愛バトルだよ」

「凄ぇな、マジで嫉妬してるみたい」

「私は《嘘の魔女》だからね」


 顎を人差し指で撫で、挑発的に言う。


「誰にでも優しいのは構わない。ただ最後には、こう……ガツンと突き離してやるんだ」

「わざわざ優しくした後に!? タチの悪い暴行魔になれと!?」


 一度離れて風を切るパンチの仕草と共に無茶を口にし、俺の身体を指でなぞりながら周りを歩く。


「君はこの先、凄い人物になるかもしれない。大金持ち、大物冒険者、伝説的なポーション職人、貴族……多種多様な女を並べて『ぐへへ、今夜はどいつにしてやろうか』などと言ってもさも当然とされる地位に上り詰めるかもしれない」


 俺は弟次第では酪農家を継ごうかとも思っているのだが。


「そうしたらお城で結婚式を開こうじゃないか」

「どんな話の持って行き方っ!?」


 一転して機嫌良さげに言われた。


 充分に揶揄って満足したのか再び首に腕を回して密着した。


 モナ自慢の胸が容赦なく押し付けられるも、妖しい紫の眼光が俺を捉えて離さない。


「……嘘を言っていないことは分かっているさ。私を誰だと思っているんだい? けれど君は抜けていて無防備な時もあるから…………夜までの辛抱だから、いい子にしているんだよ? そうしたら、この《嘘の魔女》を好きにしていいからね?」

「はい好きっ! ……あ、あれどして?」


 唇が触れそうなほど間近にあるモナの顔と、身体に当たる柔らかな感触。そして甘美な囁きに負けて抱き締めようとしたら、するりと抜け出されてしまい腕が空振る。


「夜までの辛抱だと言っただろう? 私は世界一お高い女なんだよ」


 後ろ手を組んで、ギルド内へ入って行ってしまう。


「……うぃ〜っ、そっちも夜まで達者でな」

「うん、君も大いに気を付けてね」


 互いに背を向けて歩き出し、『夜まで』と勇ましく心に誓いギルドを後にする。


 そして、時は動き出した。


「…………えっ? 私は、いつの間に顔を上げて……」


 背後でヤクモが驚く声が上がるも、振り返ること叶わない。


 このまま、ガッツよりも面倒な悪友の元まで一直線である。



 ♢♢♢



 モルガナは興味を失っている。


 こうなれば誰にも、おそらくは王に命令されても動かないのだろう。


「……仕方ない」


 モルガナを置いて向かう。エドワードは決断した。


 領主からの依頼で、しかも引き受けてしまった以上は向かわなければならない。


 モルガナ抜きというのはパーティー結成以来初となる。とても危険ではあるが、他の人員を探すのが最善だろう。


 優秀な魔法使いを他パーティーから助っ人として貸り受けよう。


「ふむ、私はとても満たされた。大満足だ。だから行ってあげてもいい」

「何っ、本当かっ!?」

「うん、でもやっぱり日帰りだ。そして夕方には帰って来る。これが完全無欠の絶対条件だね」

「そんな無茶なっ!?」

「無茶ではない。充分に可能だ」


 テーブルのモルガナは言葉通りに打って変わって楽しげで、動きたくて仕方ない子供のようでもある。


 しかし言っていることは非現実的で、無茶苦茶である。


「今は昼前だがっ、往復で五時間はかかる!! 捜索にも時間がかかるだろうし、早くても深夜が限界だろう!!」

「この私ができると言っているんだ。ならできるさ。これは嘘じゃない」


 両手で頬杖を突き、モルガナは威厳を漂わせて言う。


「《希望剣》モルガナ、発進します」



 ♢♢♢



 デューブック王国、首都ウェスティア。


 豊かな国土に加え、冒険者の質も高く、治安の良い君主制国家であった。


 背の高い建物が整然と建ち並び、格式高い王都の街並みは世界に誇れるものである。


 一際豪奢な王宮には素晴らしい庭園があり、赤に白にと鮮やかな花で埋め尽くされていた。


 中心にはテラスが建築されており、優雅にも王族はそこでお茶会を開く。


 しかしこの日は給仕を務める老執事を除き、たった一人の貸切状態。


「…………お姉様?」

「何か、ございましたか?」


 《闇の魔女》リアが、唐突に西の方角を見た。


 ほんの少し小柄で、幼さ残る顔立ちと強気な目付きをしていると言った違いはあれども、姉妹と一目で分かるだろう。


 白いツインテールにした純白の長髪に、姉同様に豊かな胸がドレスから覗いており、酷似している面も多い。


「……今、お姉様が《嘘》を使用して世界を停止させていたのよ」

「せ、世界をっ!? 停止っ!?」

「耳障りだから騒がないでもらえる? ……最近は無かったのだけれど、何があったのかしら……」


 他の察知できた者は動かないだろう。魔女であろうと、人間であろうとこの解釈は変わらない。


 誰もが《嘘の魔女》を恐れている。究極にして恐怖の魔女なのだから。


 しかし例外はいる。身内である。


「……気になるわね」


 長女のモナに対して、リアは次女。


 先日に帰宅した時には何事も無さそうであったのだがと、リアは遠方にいるであろう姉を思う。


「……反魔女派の例の組織は動いているのかしら」

「は、はい、動きが活発なものもいるようです……」

「それを終わらせたら、少しの間はあなた達に任せるわ。それくらいはやって頂戴」

「えっ……? ま、任せる、ですと……?」


 お嬢様気質を漂わせるリアがそっと立ち上がる。


 デューブック王国と百年契約を結ぶ《闇の魔女》が、久しぶりに羽を伸ばそうとしていた。



 ♢♢♢



 真なるグレイトボルケーノドラゴン。


 北国に棲まう絶大な力を持つ火山龍である。龍王とも呼ばれ、その息吹に伴って放出される灼炎の劫火は大国を一夜にして焦土とする。


 五百年前を境に人類からは目撃例のない幻のドラゴンとして、神とも崇められていた。


『…………』


 真紅の巨軀が身動ぎし、長い首がゆっくりと持ち上がる。鱗も灼熱を放ち、近くに溶岩流のある火口にあっても涼しげにしている。


『…………』


 縦長の黄金の目が、南方に向けられた。


 そちらにあるのは疑うべくもなく唯一の“大いなる者”。


 瞳に宿るは己以外に強者は認めないとばかりの傲慢な炎。真なるグレイトボルケーノドラゴンは目を細め、かの存在を思う。


『…………いたっ!?』


 突然に、真なるグレイトボルケーノドラゴンが激痛を訴えた。


 首を曲げて背後を見れば予想通りに、白髪の短い小さな影がせっせと食事の支度をしていた。


「…………」

『痛ぁ…………あの、ハート様。毎回毎回、鱗を引き剥がして肉を焼くのは止めてもらえませんか?』

「…………?」


 鱗を力づくで剥がされた尻尾の先端を抱え込み、《力の魔女》ハートへ苦言を呈するも彼女は小首を傾げるばかり。


 魔女の三姉妹。長女モナ、次女のリア、そして三女ハート。


 無口で無表情で、何を考えているのかを長い付き合いである真なるグレイトボルケーノドラゴンでさえ掴み切れない。


「…………」


 当の本人はどこからか千切って来た他のドラゴンの尾を手刀で斬り飛ばし、何らかの香辛料をわざわざ高い位置から振りかけている。


 突き出た骨の先端を持ち、それを鱗の上で回転させながらじっくり火を通していく。


『……お料理はリア様しかできないと以前に聞かせていただきましたが、立派に焼いているではないですか』

「…………これが、料理?」

『お料理だと思いますが……』

「…………」


 今一度、自分の昼食に目をやる。


 最近のモナは出かけがちだが、それでも朝食と夕食は一緒に摂ることが多い。更に頼めば昼食も出て来るも姉達は忙しい為、こうして適当に食べたい物を狩って焼いて食べるだけ。


「…………」


 リアの美味しい料理を脳裏に浮かべ、これを料理と呼ぶ哀れな乗り物ペットに目をやる。


『…………』

「…………へっ」

『鼻で笑ったっ!? もういいですっ! 私はあちらに行っていますかラァっ!?』


 無表情のまま鼻で嘲笑われ、激怒して去ろうとする真なるグレイトボルケーノドラゴンの尻尾先を掴み、難なく引き摺り戻してしまう。


 倒れ込む巨軀が火山を揺らし、引き摺られる勢い余って劫火の息吹がドラゴンの口から漏れる。


「……一匹だと、危ない……」

『わ、私に勝てる者など、世界にも滅多にいませんよ……』


 空を焼く龍炎に構わず、過保護な《力の魔女》へと嘆息混じりに言う真紅のドラゴン。


「食べたら飛ぶ」

『あぁ、だと思って大体の位置を割り出しておきました』

「……ご苦労さま」

『いえいえ、早く食べちゃってください』

「…………ん」



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