第17話、運命を分つドラゴンバーベキュー


 サンコー山脈の標高高くに、その一団は到達していた。


 岩肌を登り、乗り換えた馬を急がせて辿り着いたレッドドラゴンの巣穴。空気は澄んでおり、青空は壮大に広がり、見渡す限りの絶景。


 日帰りには惜しい環境下にあっても油断はできない。


「おや、本当にやられているじゃないか」

「どういう意味だい?」


 山頂付近の少し窪んだ箇所に巣穴を作っていたレッドドラゴンは身体中に切り傷を作って絶命していた。


 レッドドラゴンに比べて比較的小さな飛竜の群れがその死体の肉に群がっている。


 窪みの淵からそれを眺める《希望剣》一行はモルガナを中心にして思考を巡らせる。


「領主は私達をファーランドから避難させたいものだとばかり思っていたのだけどね。というよりも実際のところはそうだろう。自分も今朝方すぐに旅行に行ったそうじゃないか。う~ん、とても人間らしい醜悪な性格が伺える」

「……領主様は何故そのようなっ」

「…………」


 立てた人差し指を口元に当てたモルガナによりクラウザーの疑問は制されてしまう。


「問題はそこではないよ。どうせそちらはどうにもできない」


 戯けた様子で肩を竦め、モルガナはいつも通りに無関心に言う。


 まるで人間とは別種、それも遥かに次元の高い位置から見下ろすように虫を見る目で人を見る。


 彼女のそれはレッドドラゴンでさえも同じであった。


「中級のドラゴン。あれを倒せる者は少なくない。私達でも何とか倒せるだろうね。しかし傷から考えて倒したのは一人」


 飛竜に貪られるドラゴンを見下ろし、近付く飛竜に指先から雷を走らせて退治しながら続ける。


「このドラゴンを一人で倒すとなると話は変わる。しかも現場から察するに無傷でだ」

「……何者なんだ」

「ん〜……」


 夥しい傷口とモルガナ・・・・が知り得る情報を鑑みて、エドワードの疑問に答えた。


「……とにかく速さにこだわっている人物。切り傷を作ったのは爪のようだから、武器を必要としない種族。そしてレッドドラゴンを圧倒する程の実力がある者だ」


 モルガナは眉間に人差し指を当てて思考を加速させる。


「……見えた。嘘で塗り変えない限り、真実はいつも一つだ」


 開眼したモルガナには、謎に包まれていたレッドドラゴン殺害事件の唯一の真実が見えていた。


「…………」

「…………っ」


 息を呑んで、モルガナから発せられるその正体を待つ。


「……よしっ、では急いで戻ろうじゃないか」

「教えてくれないのかい!? 君の中で犯人が判明したのだろう!?」


 馬を反転させて帰路に就こうとするモルガナを慌てて追う《希望剣》メンバー。


「可及的速やかかつ、お土産を買える都市を二つ経由して帰らなければならないのだけど、聞きたいというならば答えてあげる」

「…………」

「オーミ君も気付いたようだね。犯人は――――」



 ♢♢♢



「――は? こいつ、ドラゴンの肉なんて持ってやがる。生意気な」


 ファストの持ち物検査をしていると荷物がやけに少ないので辺りを捜索すれば、この通り。


 大きな鞄がありました。


 しかもかなり上等なもので、高価そうに艶やかな革張りである。


 開けば明らかなドラゴンの肉が敷き詰められていた。


 そして隅の方には火起こしや焼く為の鉄の串なども、ちゃっかり用意していると来た。


「戦闘がいつ起こるのかなど誰にも察せぬ。そしてドラゴンの肉は魔法の威力が上がるもの。熟成が好ましく日持ちもするが今すぐ優先して我が体内に取り込むべきだろうな」

「食いたいって素直に言え。他の奴より多めに食わせろって素直に言ってみろ。言えるならな……言えるんだろうなぁ、お前さんは。カツサンド食ったのにまだ食えんの?」

「魔法使いはエネルギーの消費が激しく、すぐに腹が減るのだ」

「嘘吐くな。忘れてるだろうけど、俺だって風味だけは魔法使いだからな」


 というよりも森の中を歩いて、腹に隙間ができているのは俺も同じだ。


「…………」

「……コール、俺とイチカがまだ昼飯を食べていないことは報告しておくぞ」


 イチカちゃんとガッツに至っては目を血走らせて貴重かつ高級なドラゴン肉を凝視している。


 お腹の音がそれこそドラゴンの唸り声のようだ。


「じゃ、食っちまおっか」


 突然にバーベキューが始まった。


「うぃ〜〜……」


 大きめな一口サイズに切った肉を五つくらい鉄の串に刺し、焚き火で焼く作業を繰り返す。


 枝で作った串置きを使い、ころころと回して四つ同時にじっくりと焼いていく。


 赤々とした肉が香ばしい匂いを漂わせながら茶色へ変化していく。表面の油が焼かれて弾け、ぱちぱちと音を立てている。


 ハーブなどで味付け無しでのドラゴンの肉は少しクセがあるが非常に旨味も強い。


 しっかり目に焼けばかなり美味しく頂ける。


「…………まだかっ、愚鈍なる助手よ」

「うぃ? ん〜、そろそろだな」


 第一陣はガッツとイチカちゃんへ渡して第二陣は俺とマーナンで食べる。


「はぐっ、はぐっ……!!」

「あむっ、むぐむぐむぐむぐむぐむぐ」


 焼き立て熱々のドラゴン肉を豪快に食い千切ってかっ喰らうガッツと、小さく噛み切って高速で咀嚼するリスのようなイチカ。


 どちらも一心不乱に口一杯で肉を味わっている。


「……ほらよ」

「ふん、安心しろ」

「何が? 不安の化身がなに言っちゃってんの?」

「我はこのような食い意地の張った食し方はしない。とてもではないが見ていられないな。なんと品のないことか」


 肉の串を両手に持ち、早速マーナンが一口肉を食らう。


「ふははっ!! ウマぁぁ、あっ…………」


 平時通りに叫びそうになるも、俺の視線に気付いたマーナンは澄まし顔で持ち堪えた。


「香り……食感……そして味……真の捕食者とはこのように食材を真剣に感じながら食すのだ。偏見なく寛容に」

「お前、ポーションをカツサンドにかけられる前から失望しただの抜かしてだろ。黙って食え、そしてそろそろ学びを得ろ」


 ソムリエ気分で肉を食べるマーナンはもう放っておく。


「おい、ガッツ。もう一本食べる? 俺は昼飯を食ってるから」

「んむっ? ……すまん、助かる」


 あっという間に食べ切る勢いのガッツに自分の一本を渡し、頭を下げるガッツに軽く手を挙げて応えた。


 ただ食べ切れないだけなのに律儀な奴である。


「……おぉ、初めて食べるけど美味いな」


 普段食べるチキンやポークなどよりかは牛に近いかもしれない。


 噛む度に肉汁が溢れて頬が落ちそうになり、身体に生命力が溢れるのを感じる。ドラゴンの恩恵だろう。


 吹き付ける午後の風も気持ちがいい。


 このような贅沢なものを、自然豊かな屋外で仲間達と食べる。とても楽しい時間を過ごせるじゃないか。


「いいもんだな、またみんなでこういうキャンプでも――」

「ちぃ、虫が飛んでいるっ。なんと煩わしい。きちんとした屋内ならばどれだけ落ち着いて食えたことか。やはり猿ではないのだから人間は屋内で生きるべきだな」

「お前はなんだ? 生きている限りは俺の邪魔をするつもりなのか? あぁん!?」

「な、何を怒っているのだ、コールよ」

「火に近寄んなさい、そしたら虫だって寄って来ないから」


 苛立ちを込めて睨め上げ、募った不満をマーナンにぶつけてやった。


 穏やかな気分に水を差された俺は串焼き肉で機嫌を取り戻すべく、男らしくかぶり付く。


 だがそのマーナンが提案したこの食事が、後の命運を分けることとなる。

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