第18話、正体判明


「――――う、うぅ……」


 背後に放置していたファストが呻き声と共に目を覚ます。


「起きたみたいだな。俺が見張っているから、お前達は早く食事を済ませるんだ」


 どれだけ早食いなのか既に串を食い終えたガッツが立ち上がる。


「ぅ…………っ、あ、あなたはっ!! ……くっ、私は負けたのですか。素晴らしい加速でした……」

「加速……?」


 歩み寄るガッツを見上げ、次に縛られている自分に気付き現状を認識するファスト。片腕がないのにこの元気とは流石は吸血鬼。


「あぁ……私の肉まで……」

「え? ごめん、もう食べちゃった」

「……か、構いません。私は敗戦の将……煮るなり焼くなり好きになさい」


 潔し、ファスト。


 と言っても連れ帰ってドナガンさんに預けるだけだが。


「よし、じゃあ後片付けしたらファーランドにこいつを連れ帰ろうぜ」

「イヤだぁぁぁああぁぁあああ!!」


 何故か急にファストが悪足掻きを口にする。


 僅か一秒の間に何が彼を変えたのだろうか。


「…………え? 嘘……えっ、嘘でしょ?」

「どうした、コール。今更このファストに情でも移ったとでも言うんじゃないだろうな」

「いやそれはない。ねぇわ、それは。今すぐこの串を焼いて、そいつの傷口に押し付けられるもん」


 改めて観察するとファストは足掻くというよりも、怯えている。


 ということは……。


「……まだいんのか? その腕を捥いだヤバい奴が、ファーランドに?」

「何……?」


 横たわるファストに近付いて改めて訊ねる。


「全く騒ぎとかなかったけど、まだその腕を持っていった強い奴はファーランドにいるのかって訊いてんでしょ、コールさんが」

「…………言えない。私からは何も言えません。たとえ死ぬとしても何も言いません。加速と命、これよりも大切なものがあるのです」

「さっきからその加速ってなにっ? 加速と命ってなに!? なんでその二つが並べられてんのっ?」


 しかしそれ以降、ファストは完全に沈黙してしまう。


 口を開かず、頬をぺちぺちと叩こうものなら血を吸おうとする始末。


 なので枝をたくさん咥えさせて紐で固定。


「いたっ、いひゃい、口の中が切れひぇますっ!!」


 仕方ないのでファストを連れてファーランドに戻ることにする。


 ガッツが軽々と運び、夕暮れ時に俺達はファーランドへと辿り着く。


「早いとこギルドに報告しないと。まだ危険な奴が街にいますよぉ〜っつって」

「無駄だがな」

「無駄でもだろ? 住民とか避難させるかもしんないじゃん」


 やっと帰って来たギルド【ファフタの方舟】。


 するとファストの様子がおかしくなる。おかしい人が更におかしくなる。


「っ……!? ここはいかんっ、ここはいけまひぇんっ!! 立ちさって!! はやくぅぅ!!」


 ガッツの肩に担がれたまま芋虫のように唸り、小声で抗議を始めた。


「何がだ、この野郎。うちのギルドの何が気に入らねぇんだよ。変人ばっかだけど、そこそこいいギルドなんだぞ?」

「……コールさんも変人です」

「なっはっはっは!! イチカちゃんもだけどな!!」


 俺の笑い声が響くギルド前で、――その異変は発生した。


「――ぐぁああああああアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ファストが紫の炎を纏って燃え上がった。


「熱ぅっ!! あつっ、熱ぅ……!!」

「い、いきなりなんですかぁ!?」


 肩に火を立ち昇らせたガッツが反射的にファストを放り投げる。


「この炎は……」

「おいおい、燃えてんじゃん……」


 あまり見たいものではない。敵とは言え、人が火達磨になるところなど。


「ぐぁぁああ!? な、ナゼですかっ――」


 そして業火に焼かれるファストは、本日最大にして驚愕の真実を叫ぶ。


「――魔王さまぁああああああああああああああ!!」


 え……?


「魔王っ!? 今、魔王と言わなかったかぁ!?」

「我もそう聞き取ってしまったが、そ、そんなことあるわけがっ……」


 魔王。ファストは確かにそう叫んで業火に焼かれて灰となった。


 魔族界において、数多くの勢力がある中でも最も有名にして絶大なる魔の王。


 魔王は生物的にも人間よりも遥かに強大であり、その魔法は都市をも一撃で滅するとまで謳われる。


 しかも魔族域の王。このような何の変哲もない平和な人族の街にいていい存在ではない。


「ファストめ、私のことを喋らなければ死なずに済んだものを……」


 その低い声音は、ギルド【ファフタの方舟】内から生まれた。


「タナカさん!? えぇっ!?」

「た、タナカさんが、魔王なのか……!?」


 カウンターを飛び越えて歩み出て来たのは、受け付け勤務三ヶ月のタナカさんであった。


 丸メガネに、冴えない顔付き、頭頂部の毛根達は戦いに破れ荒野となっており、いかにも人の良さそうな中背のおじさんだ。

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