第30話、趣味が無いコール、畑をしてみる


 またまたある日、俺は暇を持て余していた。


 朝からマナポーションの練習はしたし、昼飯の仕込みもした。


 ガッツは新しい大剣が届くまで休業中。イチカちゃんは何やら依頼を受けるでもなく独自に活動している様子。


 このように手持ち無沙汰な時に趣味でもあればいいのだが……。


 釣りをするにも海は二つ山向こう。近場ではあるが気軽には行けない。川もあるが魔物のいる領域。料理はいつもしているし、これに関してはモナがハマっているみたいだ。


 それにモナは可愛い下着やエッチな下着、更には様々なコスチュームを集める趣味もある。どこかに隠しているみたいで、穿いているところしか見たことはない。


「――うぃ〜っす」

「おはよぉ〜……」


 実家に戻っていたモナが眠たげな眼を擦りながら幼女の姿で、どこからともなく帰って来た。


 どこからともなくと言うか、トイレのドアを開けて中から室内に入って来た。


 だがこの前は棚の中から出て来たし、今回は一般的と言える。


「ん〜、いま何してたの? その人、お友達?」

「俺以外の何が見えているのっ!?」


 無論、ここには俺とポニーテールの可愛い幼女モナのみ。登場からいきなり俺を戦慄させる《嘘の魔女》様。


「え……? ……あっ! ……ごめんね? 何でもないから気にしないで?」

「何かあるよねぇ!? ていうか何かいるよねっ!!」


 俺の向かいの空席と俺を見比べ、モナは言ってはいけないことを言ってしまったとばかりに、ぎこちなく微笑んだ。


 猫は虚空を見つめる時があると言う。猫に見えるのなら、モナに見えない筈はない。


「この家ってもしかしてヤバい!? 引っ越すっ!?」

「大丈夫だよ。――はいっ!」


 モナは小さな指を振り、家中の家具を操って配置換えを行った。


 宙を行き交う家具を眺めて数秒。がらりと雰囲気の変わった我が家を目にする。


「……うん、ばいば〜い!!」

「出て行ったっ……!! 多分、出て行かれたっ……。家具の配置が気に入ってて滞在してたの……?」

「うん、舌打ちして出て行ったよ?」

「嫌なヤツぅぅ!? そんなヤツ退治しちまいなっ?」

「分かったぁ!」


 モナが小さな親指を地に向けて差すと、家の外が聖なる光に包まれ、何かの野太い絶叫が光の終息と共に消えて行った。


「ふん、勝手に同棲しやがって。あの世で達者でな」

「ふぅ……、良かったね。…………あっ、ちょっとごめんね? そこはわたしの席だから」


 ……モナが、新たな配置となった空席に語りかけた。


「まだいんの!? 全部倒してくんない!?」

「よしっ、任せてぇ!!」


 椅子から飛び降りたモナが、両手の人差し指をピンと伸ばし、


「それそれそれそれそれぇ!!」


 幾つもの白い光線を二つの指先から部屋中に発射した。


「そんなにいるのっ……!? 我が家は、ぎゅうぎゅうだったんだね……」

「それで? コールくんは何をしていたのかな」


 改めて二人きりになった我が家で、小さなモナの向かいの席に落ち着いて腰を下ろす。


「何かをしてたわけじゃなくて、むしろ何もすることなくてさ。何か趣味でもあればなぁ……つって考えてた」

「へぇ〜? コールくんでもまともな・・・・悩み事があるんだね」

「…………」


 両肘をテーブルに突き、頬杖の体勢で軽く小馬鹿にして来るモナ。魔法で浮かんでいるので、小さくなっても専用の椅子要らずである。


 その時、ふとオヤツ代わりにとテーブルに置いていたニンジンの野菜スティックに気付く。


 錬成魔法の中には肥料や虫が寄り付かなくなる液体などを作り出すものもある。


「……畑でもやってみるかな」


 自分達で食べられるし、お金の節約になるかもしれない。小さなものを試しに作ってみるのはどうだろうか。


「畑!? お野菜作るのっ? モナもやるよっ!」

「おっ、じゃあ一緒にやってみっか」


 予想外にモナが即座に賛同し、気乗りした様子で笑顔を見せた。


「うんっ! っ……!!」


 すると農具はどうしようかと考え始める俺を他所に、モナは床に飛び降りた。


「…………ふっ」


 抜けているところのあるモナが顔を出したようだ。今すぐにできるものだと思っているらしい。


 世間知らずの魔女様はこれだから。浅はかである。


 とてとてと何故かベッドの方へ走って行くその背を、お馬鹿だなと見送る。


 眺めているとモナは靴を脱ぎ捨ててベッドに跳び上がり、横の窓を開けて外に言い放った。


「畑を作るよっ! 君達は畑だろうっ?」

『畑だよ〜』


 なんか始まったので、瞬足で駆け付ける。


 “君達は畑だろうっ?”の半ば強制的に決め付ける声に応え、庭に喋る畑が生まれてしまった。畑と言うか、喋る農園が出現した。


 明らかに人の手が入った色彩豊かな野菜が列毎に水々しく実っている。


「いやいやいやいやっ、違うなぁ!?」

『畑だよ〜』

「あんたらに言ってんじゃねぇんだわっ!! あんたらが畑なのは見たら分かるんだよ!! 畑は黙ってろ!!」

『畑だよ〜』

「うるせぇ!! 収穫すんぞ、コラァ!!」


 野菜生活が長期に渡り確定した。



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