第31話、なんだか嫌な予感がし始める


「……勝手に行って来いよ」


 朝、ギルド【ファフタの方舟】に仕事をしに来た俺は、野蛮な輩に取り囲まれていた。


 一日の始まりがこれでは実に不愉快である。


「関係ないじゃん。俺は呼ばれてないじゃん」

「関係ならある。都市長は魔王を倒したパーティーを招集しているのだからな」


 賊の如き連携で俺を取り囲んだのは、ガッツ、イチカ、マーナンであった。ご覧の通り山賊や物の怪と変わらない、いつもの野蛮人共だ。


「お前さぁ、魔王を討伐しました顔の俺が付いて行って“お前、だれ? 呼んでないけど……何で来たの?”なんて言われてみ? その足で実家に帰るぞ?」

「心配するな。事前の確認は取れている。それだけ活躍したのなら是非来て欲しいのだそうだ」

「あんまり、活躍した記憶ないんだけどぉぉぉぉ……」


 ガッツに襟首を掴まれ、否応なく引き摺られる。


 何の用なのかは知らないが、おそらく《闇の魔女》様関連と予想した。モナに注意事項を言い渡されているだけあって、あまり関わる気にはなれないのだが……。


「何が起ころうとも、私がいれば安心です……」

「なんでイチカちゃんはすっかりソルジャーの顔になってんの? 最近、何してんの? 破壊工作?」


 小動物感は残しながらも、どこか勇ましくなったイチカちゃん。


「ふん、ぶつくさと貴様らしいが、そう手間でもないだろう」

「お前はおっさんじゃない形態でいられないのか。まだ朝一よ?」


 あと、明確な手間である。


 三人に連行されてファーランドを歩くこと二十分。手間である。


 都市長の立派な家までやって来た。ウチのギルドと同じくらいに大きく、都市長という責任ある仕事に相応しい。


「お待ちしておりました、ガッツ様ご一同」

「うむ、マーナン一行が招待に応じて参上仕った」


 門で出迎えてくれた執事さんにマーナンが挨拶代わりの無礼を働き、当惑気味に案内されて家の中へ。


 どうやら門の辺りを注意深く見ていてくれたようで、すぐに出て来てくれた。お辞儀も丁寧で初めて一流執事というものを目の当たりにする。


 どの道の一流もカッコいいものだ。俺も一流ポーション職人になった暁には、誰かから憧れてもらえるような魅力があるといいなと夢見てしまう。


 あと、久しぶりにまともな人を見た気がする。


「旦那様、マーナン様方がご到着されました」

「あぁ、来られたか。ありがとう、下がっていい」

「それでは、ごゆっくり」


 先に客室で今か今かと待っていた現役都市長“トシノ・オウサー”。眼鏡をした優男そのものの、人の良さそうな男性であった。


 彼は柔らかく親しみ深い笑みで対面の長椅子を指し示し、俺達に着席を促した。


「……もしかして俺の生活圏内だけか? 変人ばっかなの」

「随一の変人がよく言うです……」

「あぁん!?」


 小声で漏らした独り言をイチカちゃんに拾われ、あまつさえ喧嘩まで売られてしまった。


 ちなみに、絶対に勝てない。


 俺、ガッツ、マーナン、イチカちゃんの順で座り、都市長の話を聞く。


「よく来てくれたね、私が都市長のトシノだ」

「知っている。有名人だからな。だが俺達は気が気じゃない……そのぉ、分かってもらえるだろう?」

「あぁ……そうだと思う。《闇の魔女》様が来られる直前だからね……」


 申し訳なさそうなトシノは、早々に本題を促すガッツの期待に応えて返答した。


「ただ、関係がないとは言わないけど、今回君達を呼んだのはほとんど別件だ。君達ととあるパーティーとで競い合いでもしてみないかと、領主から手紙が届いた」

「競い合いって……そもそも俺等、別にパーティーじゃないっすよ?」

「そう聞いている。……しかしこれは、実質的に見れば領主からの命令だ」


 トシノは同情の心はあれども、拒否権はないのだと言う。


「君達は三日後、《希望剣》と魔物狩りで競ってもらう。勝ったパーティーには褒賞代わりに何か貰えるらしい。《希望剣》の場合は、A級への打診だね」

「……なるほどな。魔王を倒した我等より優れていることを見せ付け、《闇の魔女》様に目をかけるパーティーをA級にしてもらおうという魂胆か。確かにA級ともなれば領主も鼻が高いだろうが、愚かな……」

「私も流石に無茶だと思った。だが……」


 溜め息を一つ挟んだトシノは懐から手紙を取り出し、再度目を通してから告げた。


「…………うん、少なくともガッツ君、マーナン君、イチカさんの三名は強制的に参加だ」

「あっ、すんません。なら邪魔者は帰りま〜…………手を退けろ、カスども」


 全員で俺の太腿を押さえ付け、起立を阻止される。


「すまないが、コール君には参加してもらうことになっている」

「……都市長って殴ったらダメなの?」

「ダメだよ!? 都市長じゃなくてもダメだよ!?」


 冒険者ですらない俺を巻き込もうとする都市長に腸が煮え繰り返る。


 魔物狩りを仮にポイント制とした場合、強大な魔物を狩るか、もしくは多くを狩って数で勝負となる。いつもの依頼とは訳が違い、戦う術のない俺では無視できない危険度となるだろう。


「領主達は四体四での対決を望んでいるんだ。数で劣るパーティーに勝っても何か言われるだろうからね。それを回避したいんだろう」

「……ちょっと考える時間を頂けません? 流石に危ないっす。《希望剣》相手に勝負ってのも勝ち目なんてないし。なんなら当日、捻挫とかするんで。なんなら《希望剣》に毒を――――」


 突然に扉が開き、執事さんが当の本人達を連れてやって来た。


「旦那様、エドワード様方がお見えになりました」

「来たか……」


 肩で風を切り、勇み足を心配される勢いでこちらへやって来た《希望剣》。


 無論、モルガナの姿もそこにあった。早速自由気ままに碌な調度品もない部屋を何が楽しいのか見物している。


「どうも、都市長。お邪魔します」

「いいとも。ただ、穏便に頼むよ」

「重々承知しています。それで……このパーティーの代表は誰かな」


 俺は迷わず、ガッツを親指で差した。


「…………立ちたまえ」


 剣呑な空気を纏うエドワードが、自分の元へ来いと言う。


 かわいそ、ガッツ。おっかない顔をしたエドワードと直接話すことになるなんて。


「立ちたまえっ……」


 ふぃ〜、やるねぇ。ガッツはどうやら無礼なエドワードの行いに真っ向から反抗するらしい。


 見直したが、ちょっとやり過ぎなのではと足でも組んでみる。


「立ちたまえぇーっ!!」

「ぷっ……」


 めっちゃ怒ってる。やはり凄い根性だな、ガッツは。面白っ。


「こんのっ……!! この私を馬鹿にするなよっ!! 決して忘れはしないぞ、このような無礼は!!」


 激怒である。大激怒である。あ〜、すっきりした。エドワードってなんかいつでも偉そうだし、知らないとは言えモナに言いよるからちょっと気に入らなかったんだよ。


「おい、そろそろ立ってあげな…………えっ!?」


 ガッツを見て驚愕し、向こう側のマーナンとイチカちゃんを見て失神しかける。


 なんとこいつらは、代表は誰かと聞かれてからずっと俺を指差していたようなのだ。ポーション係なのに。


「俺に言ってたの!? お前等どういう了見で指差してんの!? 誰か教えてくれるとかそういうのないの!?」

「貴様に決まっているだろうがっ!! 鼻で笑ったな、貴様ぁぁ!!」

「すいやせんっ、すいやせん! リーダーの村人コール、いま行きやすんで……!!」


 後で覚えていろよ、という怒りの視線をぶつけてからお怒りのエドワード様の元へ席を立った。


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