第32話、バトル決定


「な、なんでっしゃろ……? 勝負の件でしたら、我々が敵う筈もないんで棄権したいんすけどぉ……」

「ふーっ、ふーっ」


 鼻息荒く赤い顔をして俺を睨むエドワード。


「ん〜、早く本題に入ってもらえないかな」

「あっ、すまない……。モルガナが珍しくついて来てくれたのだから急がなければなっ」


 鶴の一声で場が引き締まり、エドワードの湧き上がる怒りも霧散させてしまった。


「……感情的になったことは認める。何やら誤解があったようだ」


 エドワードがやっと本題を話すらしい。


 するとモナが誰にも見られないよう、こちらへウィンクした。助けてくれたようだ。


「私は公平な勝負がしたい。いくら魔王を倒したと言ったものの、私達と君達とのレベル差は明らかだ。……聞いているのか?」

「う、うぃっす!」

「ならいいが……妙に機嫌が良さそうだな。まぁいい……そこでだ」


 モナへ感謝を伝えようと人知れずエドワード越しに視線を向けると、投げキッスをくれた。


 ……でへへ。


「格下と言えども、認めよう。君達もきちんとした冒険者パーティーだ」

「へへっ、仕方ねぇやつだぜ」

「……そんなに照れるほど褒めたつもりはないが、続けるぞ?」


 次にモナは悪戯顔になり、……近くにあった壺で何故かトシノの背後に控える執事をぶん殴ろうとするジェスチャーを始めた。


「狩場として私達は“獣の森”を貰うことに…………そんなに首を振るとは、不満か? ふむ、いいだろう。ならば我等は“幽鬼の沼地”を頂く」


 すると案の定、無理に重いものを持ったものだから自分の額を打ってしまう。


 蹲っている……心配だ。


「……そのような顔をして、敵の心配か? 心配無用。私もエドワードもオーミもモルガナも、何度も幽鬼の沼には足を踏み入れている。なぁ、エドワード」

「あぁ、君達と違って私達には物足りないくらいだよ。そして、ここからが重要だ。参加費と、君達が勝利した場合の賞金だ。他ならぬ私が用意した……聞いて驚くなよ?」


 立ち上がったモナはすっかり気分を悪くしており、拗ねた面持ちのまま俺にここへ来て慰めろと視線で訴えかけて来た。


「参加費は三百万ゴールド、勝利した暁には五百万ゴールドだっ!!」

「無理だってぇ……」

「無理いぃ!?」


 こいつがどうなってもいいのかと指を差し、何故か執事さんを人質にしている。相変わらずモナは無茶苦茶である。


「対戦を受けるだけで三百万……勝ったら五百万……だぞ?」

「…………」


 静かに首を振り、モナの我が儘を諌める。


「……ち、ちょっと考えさせてくれ。何か特典などを考えてみよう……」

「そこまでっ!」

「ちょっ!? ちょっと待ってくれ!! 分かったっ、いま何かを考えようっ!」


 ついに声を出して、今にも執事さんを喰らわんとする禍々しい魔神を呼び出したモナを叱る。


「す、凄い交渉術です……」

「助手にしてはやるではないか。強気な姿勢、絶妙な飴と鞭。我が教えた通りだな」


 ふんっと鼻を鳴らしたモナはすたすたとこちらへ歩んで来た。


 そして《希望剣》メンバーの後ろにまでやってくると饒舌に語り始める。


「ならばこうしよう。賞金に加えて、君達が勝利した場合には難しい依頼時に《希望剣》のメンバーを同行させられる権利をあげよう」

「モルガナ!? それは無茶だっ!!」

「こちらが勝った場合には、君達が《希望剣》に入ることとする。どうだろう。魔王討伐メンバーが加入となればこちらも箔が付く」


 話を聞いていなかったから付いていけないが、顎に指先を当てて考える素振りをしてみる。


「ガッツ君、マーナン君はうちでも噂になっている。イチカさん、だったかな。君もソロでの実績は耳にしているよ」


 魔法使いとしてファーランド随一と名高いモルガナに褒め称えられ、三人が平静を装いつつも内心ですっかり照れている。


「で……」

「…………」


 モナは俺に向かい合い……。


「えっと……君は誰なのかな。ここには魔王を討伐したパーティーが来ている筈なのだけどぉ…………呼ばれていないのに、何で来たの?」

「帰る。実家に帰る……」


 一番言われたくなかった文言をぶつけられ、濡れる瞳を袖で押さえながら出口へ向かう。


「まぁ、待つがいい。酷く憐れなる助手よ」

「手を退けろ、帰りの馬車を予約しなくちゃ。おっかさんへの手紙も書かなきゃ」

「その勝負、受けて立とうではないか」

「うぃ……?」


 このような事には最も興味がなさそうなマーナンが、何故か勝負を受けてしまう。


 付き合いの短いイチカちゃんは何も疑問に思っていない様子だが、金などに執着しない性格なのにとガッツも訝しげな目線を俺に向けていた。


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