第29話、魔女の取り扱い


 次の日の俺は、完全に休日であった。


 ガッツの依頼を手伝うなどの予定で埋まることもなく、ギルドでポーションを作る作業もなく、学園での授業もない。


「うぃ〜…………」


 少し遅めに起床するも、やる事がある訳でもなくだらだらと天井を眺める。


 飽きた頃合いでベッドの右側にあるカーテンを寝転んだまま開き、窓から眩しい朝日を取り入れる。


「んっ、んん〜っ……コールくん、朝日は永遠に不要かもしれない……」

「それ一日中、漏れなく真っ暗になるんじゃね?」


 隣で眩しさに苦悶して身動ぎする神々しさ爆発のモナに配慮し、カーテンを閉じる。


 これが平時であれば心を鬼にしてモナを少しだけ寝かし、起こしながら朝食の支度や身支度を整えるのだ。


 だが今日は貴重な休日。モナの言う通りにしよう。


 その間に俺はちょっと手の込んだ朝食でも作ってみるか。最近はモナが作ってくれていたし、ありがとうの気持ちも込めて。


「…………」


 再び寝息を立て始めたモナにタオルケットを被せて、ベッドから降りる。


 エロい腋とか黒いキャミソールからスケスケの胸元や臍が猛烈に誘惑して来たが、気持ちよく寝ているところを邪魔する野暮な真似はしない。


 ……それにしても、我が家に不釣り合いに大きなベッドだ。寝床だけは持参させて欲しいと言うので許可したら、モナはこの皇帝サイズの物を持って来てしまった。


 お陰で我が家の四分の一はこいつが支配している。


「うぃ〜……」


 数歩歩いた先にある台所に立ち水の魔石で貯めた桶を使い、顔を洗って歯磨きして着替えて、本格的に調理へ移行する。


 常に冷気を放ち続ける氷の魔石で作られた特製籠の中を覗く。


 と言っても、卵三つとトマトにアサリ、あと豚肉と緑野菜にチーズがある。一応パンもあるが、卵を使いたいのとスパゲッティーもあるからオムレツとアサリのパスタでいいかもしれない。


 昼食も兼ねているからメニュー的に丁度良いだろう。


 まさかドナガンさんと《アテナ》達が潮干狩りして山程持ち帰った貝が早速出番となるとは。


「昨日に砂抜きしといて良かったぁ」


 念の為に塩水に浸けて砂抜きしておいたものを、中身があるか確認しつつ水で擦り洗う。


 その間にフライパンにオリーブオイル、薄切りにしたガーリックを入れ、魔石焜炉を中熱。沸々して来たら弱熱に変え、ガーリックの匂いをオイルに移して種を抜いた乾燥唐辛子も入れる。


 後はアサリ入れて、水と白ワインをテキトーに入れて蓋をして、アサリは殻が開いたら取り出して身を別に熱ぅっ!? ……別にし熱っ!? べ、別にして、一旦フライパンは退ける。


 魔石焜炉に鍋を置き、塩を入れて沸騰させたお湯にパスタ。茹で上がり直前のスパゲッティーを早めにフライパンにぶち込んで焜炉で熱し、オイル&出汁と混ぜて麺に吸わせてからアサリの身を戻して細かく切ったパセリを振るだけ。完成。…………迷ったけど、ちょっといいオリーブオイルも少しだけかけてみる。


 俺もまだ簡単なものしか作れないがこんなものだろう。これにオムレツを作って、テーブルにセットしてからモナを起こしに向かう。


「う〜い、なんだかんだで遅めの朝飯できたでぇ〜。アサリスパゲッティとオムレツやでぇ」

「…………」

「う、うぃ……?」


 いつ起きたのかモナはベッドに座り、どことなく危険な雰囲気の微笑を浮かべている。


「どした……? 眠りこけてた間に何がモナを変えたんや?」

「私は今日、二人の休日ということである計画を立てていたんだ」

「計画?」


 ごくりと生唾を飲み込む。薄暗いベッドの上で脚を抱えるモナは股の辺りの紫色をした下着も丸見え、肩も露出しており、陰りのある表情も艶やかで誘っているように見えてしまう。


「朝からコール君と濃いめにイチャイチャしながら一緒に朝食を作ろうと計画していたんだ」

「あら……!!」


 それはいい計画だ。濃いめということはお触りが許可される。


「……い、言えば良かったんじゃ。昨日の夜とかに言っとけば準備したのに……」


 何故もっと早くに教えてくれなかったのだろう。昨夜に知っていればワクワクしながら眠りに就けたはず。夢見もさぞ良かったと思う。


「君は全く……ムードだよ、コール君」

「今後の参考までに聞かせてもらえちゃう……?」


 心底から呆れたとばかりに失望するモナに危機感を覚え、堪らず答えを求める。


「……まぁ、いいだろう。私は今朝、君に腋を見せただろう?」

「わざとだったの!?」

「君は私の腋に対して物凄く熱心になる時期があるから、そろそろかなと思って見せたんだ。私の計画ではあそこで少し控えめに襲われる予定だった。だと言うのに君と来たら……呆れて言葉もないね。優しくタオルケットなんて掛けてくれるものだから、いつの間にかスヤスヤと二度寝してしまっていたよ」


 肩を竦めるモナ様。不機嫌真っ盛りである。


「優しさ爆発させたのに……。あと見損なうな、しっかり興奮してっから」

「ほぅ……? 少しは期待に応えられたじゃないか。だが結果が伴わなければほぼ意味をなさない。私は口の中も身体も魔法で清潔にして備えていた。その流れで“朝から仕方ないね、コール君は。けれど折角の休日なのだから、朝ご飯を作りながらイチャイチャしようよ”、と持って行く手筈だったんだ」


 計画を台無しにされたモナはベッドから降りて、俺の真横を通り過ぎる。その瞬間、微笑のモナが冷たい眼差しを向けて言い放つ。


「……反省したまえよ、鈍感坊や」

「まだ俺には難しいかもっすけど……」

「君ができるようにならなければならないのだから、君が会得するしかない。いつどこで、気分屋モナさんが始動してもいいようにね」


 魔法で普段着に着替えて席に着き、早速フォークでパスタを食べ始める。


「…………」


 思いの外に美味しかったのか、不機嫌顔のまま素直になれずに固まっている。


「……ふむ、やるじゃないか。このパスタは認めよう」

「あんがと。これにトマトを入れても美味いらしい。夜にでも作るか、一緒に」

「……………………それもいいかもしれないね」


 案外チョロいモナが、不機嫌顔のままパスタに夢中になる。


 それから思い出したように突然に、モナは無視できない情報を一軒家で語り始めた。


「……いいフォローのご褒美に一つ助言をしておこう。近々あの子が来るらしいからね」

「あぁ、《闇の魔女》様だろ?」

「うん、その通り」


 フォークで巻き取ったパスタを口に運び、口の中のものがなくなってからモナは魔女二人の取り扱いについて話した。


「おそらく関わることはないだろうけれど、リアに対しては歩み寄ろうとしてはいけない。踏み込もうとしてはいけない。私の影響であの子も人間嫌いだからね」

「……マジ? なんか凄い人間に友好的な魔女みたいに聞くのは嘘なの?」

「嘘だね、全くの出鱈目だ。確かに私やハートちゃんよりかは人間の感覚的に常識的で理知的ではあるけれど、リアもいつその力を振るうか分からない。そして軽くでも振るわれたなら、複数国家規模での超災害となる」


 平然と世間の嘘を暴き、その社会的な嘘が当たり前であるかのように一口大に分けたオムレツを食べる。それから彼女は三女である《力の魔女》について口にした。


「ハートちゃんとは会話をしてはいけないよ? 話しかけてもダメ。質問に答えてもダメ。言葉のやり取りが行われたなら、ほぼ殺されるから」

「おせぇよっ!! 姉妹の危険度無理解!? 何度となく死にかけてたんじゃん!! がっつり会話しちまったじゃんか!!」


 驚愕の助言を頂戴してしまう。


「あの子は人間の区別が付かない。そして例に漏れず人間嫌いだ。声をかける人型はとりあえず排除するものと認識してしまう」

「ら、ラッキーボーイサンキュー……」


 助かって数日置いて、また生きた心地がしなくなった。


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