第28話、復讐の魔将


 《希望剣》が漲る闘志を胸に足早に領主の館から去って行く。


「行け、この領主の戦士達よ……」


 リオウは持ち逃げされたカップの代わりに、書斎に残されていた自作の花瓶で紅茶を飲みながら窓から彼らを見送る。何故かリオウの作品達は手つかずであった。


「これらの値打ちが分からんとは、やれやれとんだ不勉強者どもだ……」


 歪な花瓶を眺め、紅茶を一口……。


「……あつっ!? このガラクタめがぁぁぁ!!」


 飲みにくい花瓶を窓から投げ捨て、振り返って言う。


「手配はした。決して生きては帰すなよ?」

「…………」

 

 リオウがその巨体を見上げる。


 鎧姿の分厚い身体であった。野性を感じさせると共に紛うこと無き武人。


 しかしその面は、――獅子。


 その名は、魔将セカド……。武勇に優れる復讐の戦士である。


「……目の前で次々と奇行を見せられて、大丈夫かなと心配になっていたがよくやった」


 領主と手を結ぶことになって以来、奇声を上げながら屋敷激走や雨の中を『雨天決行っ!! 雨天決行っ!!』と叫びながら駆け回るリオウに怯えていたが、敵討ちの場は整った。


「タナカ様の仇……必ずや、このセカドが……」


 獅子の瞳が、まだ見ぬ卑劣な怨敵へ向けられる。



 ♢♢♢



 カレーライスをご存知だろうか。


 知らない人もいるのだろうな、可哀想に。この……どう作っても結構美味しくできてしまう摩訶不思議な料理を知らないなんて。


 学園の食堂は、控えめに言っても安っぽい。


 パスタなどの麺類も具や工夫はなく、料理に華を持たせる筈の肉もぺらぺら、魚は面倒なのか扱っておらず、簡単に調理できるものしかない。


 そんな中でも光る、このカレーライス。こいつだけは面構えが違う。


「……ご飯多めね。あと上からバシャーってかけるんじゃなくて、片側に流し込む感じで。スプーンに乗っけるルーとライスの割合は俺が決めるから。その塩梅だけは俺に決めさせて?」

「細かいぞ、コール。料理人を信じて静かに待つのだ。…………あぁっ、その赤い漬物は入れるなと言っただろうっ!!」


 昼過ぎだからなのか人の少ない食堂で、カウンター越しにマーナンと揃って調理人のおばちゃんに指示を飛ばす。


「お前、アレの美味さ知らねぇの……?」

「余計な味わいは不要。口内を複雑にする第三勢力なり」

「カレーがそもそも色んなスパイスと具材の組み合わせじゃん。群雄割拠じゃん。ライスなんていう大国も混ざってんのに……」

「我が介入を認めるのはカツのみ」


 スプーンを手に、差し出されたカレーライスの皿から漬物を俺の皿に移すマーナン。


 そして備え付けの漬物ボックスから…………らっきょうを五つ皿に盛り始めるマーナン。


「……介入、してるけど。しれっと混ぜられたけど。かなり濃いめの第三勢力が。お前さ、面白いくらいにちぐはぐだな」

「これは最早カレーライスの一部だろうがっ、貴様ぁぁ……!!」

「怒り過ぎ怒り過ぎ」


 適当なテーブルを見つけ、カレーライスを手に向かい合って座る。


 このカレーライス、食べ方にも個人差が出てしまう。


「……………………何を見ている」

「最初にルーとライスを全部混ぜちゃう派がカツをどう処理するのかを見てる」


 らっきょうだけは保護しながらカツを退けて全体を混ぜ合わせてしまうパワー型のマーナン。


 混ぜ合わせる作業が完成する頃には、黄色がかった茶色のルーに浸って米達が泳ぎ気味の状態に仕上がる。おじやかリゾットみたい。


 マーナンは満足したのか、『いただこう』と例の如く偉そうにいただきますを告げ、まず……カツを一齧りするテクニカルプレイを見せる。


「ライスからじゃないんか。あれだけ混ぜたのに……」

「…………」


 カツをスプーンに乗せる作業に苦戦しながらも何とか半分だけ齧る。


 目を閉じて味わうマーナンは完全にカツを食べ終えて、それからルーに浸るライスを口へ。


「ふむ…………」


 こちらもじっくりと味わってから飲み込み、らっきょうを一つ口に含む。ぽりぽりと音を鳴らして食感と酸味を存分に堪能しながら咀嚼したマーナンは……。


「…………」


 ……これこれ、これが美味いんだよ、とでも言いたげなニヤけ顔を俺に向けて来た。


 普段ならコップの水をスプーンで掬って、それをぶつけてやるところだが…………今回については気持ちが理解できる。


 理解はできるが、こいつの顔を見ても有益な時間を過ごせる筈もないので自分のカレーライスに集中する。


「それじゃ、いただきま〜す。……俺はねぇ、いつも真ん中から食べるんだよ……」


 右手のライスが小山になり、左手のルーが海のよう。その中間に既に半ば混じっているポイントが存在する。


 これを俺は“D・B”と呼んでいる。正式には“デリシャスビーチ”だ。


 この波打ち際をまず初めに一口。ちょっと混ざっていない場合はきちんと混ぜてからデリシャスビーチを頂く。


「……まぁ、美味いよな」

「うむ。このようにどろっどろに数少ない具材が溶け込んでしまっても、カレーならば得意げな顔付きができる。安っぽいカレーライスにも独自の魅力がある。手の出し易い値段、更に――」


 甘めのカレーであった。


 辛みを抑え、誰でも手軽に食べられる安心のカレーライス。


 ここから俺の本来の食べ方が始まる。まず、白米を一口分だけスプーンで掬う。


 それから、お好みの量のルーをちょいちょいと掬い上げ、すぐに口へ運ぶ。


「…………」


 間違いない。白米本来の食感と甘みを感じつつも、やがて口の中で濃厚なルーと次第に混ざり合っていく。この味わいが癖になる。辛いカレーでもこれが美味い。


 マーナン式はD・Bのみでも食べられるのだから混ぜなくてもいいのではと思えてしまう。もしくは食べ分けが面倒という理由も考えられるか。


 しかし食し方も好みもそれぞれ。その料理のマナー範囲内ならば俺はいいと思う。


「……てかお前さ、《闇の魔女》様に会うんだろ?」

「みたいだな。故に御目通りまでに魔法を磨かなければならないのだ」

「服とか買ったんか?」

「既に注文済みだ。魔法使い専門店で奮発してなぁ」


 この張り切りよう。


 闇の極地である《闇の魔女》様だからだろう。マーナンの目が滾るまでにギラギラとしている。


 最初の流儀はどこへやら。次々に口に含む手を止めて、不敵な笑みを浮かべている。


「庶民の俺は遠くから眺めてっから、お行儀良くすんだぞ。我じゃなくて、私な。言ってみろ、今から」

「我を誰だと――」

「もうできてねぇじゃん……。……魔法じゃなくて本番までに、こっちの練習しようぜ」


 マーナンの口調は後程の課題として、二人してカレーライスをガツガツと食した。


 ご馳走様でした。


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