第113話、浅いピラフと深いピラフ

「うわっ、こいつらバカでぇ!」


 いち早く着いて馬車の中で焼きそばを食っていた俺だったが、次々とやって来る者達を見て馬鹿にする。


「な、何がだ……」

「偽物が作った浅いピラフで一日を始めんの? バカでぇ!」


 やって来たガッツ、イチカちゃん、マーナンの三人は漏れなくピラフを購入していた。


 聞けばガッツとマーナンは偽ガッツから、イチカちゃんは偽イチカさんから買ったらしい。


「知らない仲ではないのだから、買ってやればいいだろう……」

「損な生き方だねぇ……。俺なんてうまうま焼きそばを食ってるもんね。普通ピラフ食って、そこそこの出だしをご苦労さん。うつさないでね?」

「屋台飯一つで何故そこまで人を煽れるんだ、お前は!!」


 朝からとても気分が良い。リア様と焼きそばを食った思い出もあり、感慨深く舌鼓を打つ。


「不快っ、不快の一言だっ! ……ガッツよ、そのような無情なる悪魔など放って席に着くがいい」

「そうだな。相手にするだけ時間の無駄だ」

「ふむ、早速いただこう」


 朝から何故か機嫌の悪いマーナンとガッツが、着席するなりピラフを一口。


「…………」

「……はい、普通」

「うるさぁぁぁいっ、屋台飯にそこまでの水準を求めておらんわ! あっちを向け、一々粘着質なる助手よっ」


 少しの期待感が伺える表情で食べるも、若干だけ真顔気味になったマーナンは『普通だな……』という心情を分かり易く教えてくれた。


「ふわっ!? ふわわっ!!」

「どした、イチカちゃん。腹でも下したんか?」

「こ、これすっごく美味しいです……!!」


 隣で俺に鼻を鳴らしていたイチカちゃんが、偽イチカピラフを食べるなり感嘆を口にした。


「なぁにぃ!?」

「本当かっ!? くっ、偽イチカにすれば良かった!! いや、今からでも行けるか……?」


 イチカちゃんの反応に悔しげに顔を歪める二人だが、俺は少しも信じていない。


「うそうそ、そんなのウソ。苦し紛れの嘘に決まってんじゃん。やることが雑だねぇ、この小娘は」

「……じゃあ、一口食べるといいです。跳び上がること必至です」

「あ、くれんの? どれどれ……」


 箸では難しいが、何とか一口分だけ頂く。


「…………普通じゃん」

「えっ!? そうです!?」

「なんだよ、大袈裟だなぁ」

「あれれ、です……」


 俺はじとっとした目でイチカちゃんを見て言った。


「……何だ、驚かせおって。これ以上に我の初動を濁してくれるな、不愉快なる同乗者達よ」

「まっ、さっさと普通ピラフを食べてしまおう」


 朝食を再開する二人を前に、俺はお手洗いに行くことにした。


「ヤベ、ちょっとトイレ」

「そういうのは宿屋で済ませるものだ」

「ごめ〜ん。……イチカちゃん、この大地をもアホにしてしまいかねない二人から焼きそば守ってね」

「なにぃ!? 何と言った貴様!!」


 怒鳴り付けて来る二人を放って、馬車を降りた。 


「アリマ様、ごゆっくりと言える程に時間の余裕はありませんのでご注意を。もうじきに動き出すかと」

「うぃっす! 急ぎます!」


 御者さんに返礼して、駆け足で目的地へ向かい、


「ちょっとっ! 大至急、ピラフ一つぅ!!」

「えっ!? あ、ありがとうございます!」


 偽イチカからピラフを購入する。


「めちゃくちゃ美味いじゃんかっ、あんたのピラフ!! もっとおススメして来いよ!!」

「職人は言葉で飾らないのっ! 腕で魅せるのよ!」

「何で偽物なんかやってたんだよ! 有名店のシェフになれ!」


 両端から普通の域を出ない屋台職人が見てくるが、偽イチカはレベルが違う。


「できたわっ!!」

「ありがとっ!! ファーランドで店開けばっ?」


 熱々の出来立てピラフを木皿ごと購入して受け取り、また駆け出した。


 駿馬の如く馬車発着場まで疾走する。


「アリマ様、お帰りなさいませ」

「た、ただいま戻りました……」

「そこまで急かす意図はなかったのですが、申し訳ございません」

「いえっ、迷惑かけるわけにはいかないんでっ」


 御者さんが開いてくれた扉から、馬車へ乗り込む。


「うぃ〜、ただいまぁ」

「……あれっ? コールさんっ?」


 額に滲む汗を袖で拭って席に着き、小さなバッグの中からスプーンを探す。


「えっと、スプーンスプーン……」

「…………」

「あった! いぇ〜い。んじゃ、いただきま〜す」

「いただきま〜す、ではない貴様」


 既に食べ終えていたガッツとマーナンが、目を剥いてこちらを見ていた。


「うん? 焼きそば? どうせ食ったんでしょ? いいよ、許してあげる」

「ぬぅぅぅんっ!? 見透かされているぅぅ……」


 こいつらが俺の焼きそばを食うことだってお見通しだ。イチカちゃんを昨夜の復讐だとか言って上手く丸め込む光景なんて、鮮明に想像できる。


「な、なんだ、それは……。お前、トイレに行ったのではなかったのか……?」

「これ? すっごいんだから、偽イチカのピラフは。だから急いで買って来ちゃった」

「はっ? 美味かったのか!?」

「美味いのなんのって、美味いね。跳び上がるかと思ったね」

「お前っ、何で俺達に教えないんだ!! 俺達だって食ってみたいだろ!?」

「教えてあげたかったよ? でもお前ら、俺の焼きそばを食うような盗人じゃん」

「ぐぅぅぅぅぅぅっ!!」

「何か欲しいって言われても、ビンタくらいしかあげられないよぉ」


 朝飯を奪おうとしていた者達には構っていられないので、絶品ピラフを一口食べる。


「美味いっ!! ……イチカちゃん、さっきの一口返そうか?」

「い、いいです? 焼きそばを守れなかった不甲斐ない戦士ですけど…………じゃあ、頂くです」

「いいのいいの、どこまで行ってもノーマル焼きそばなんだもん。……モルガナさんとオーミも食べられるならどう?」


 イチカちゃんがいそいそとスプーンを取り出している間に、モナ達ともこの味を共有できないかと思って誘ってみた。


「おや、いいのかい?」

「勿論っす。幸せの共有、マーナンが言ってた旅の醍醐味じゃないっすか」

「ではお言葉に甘えて私達も少しいただこうか、オーミ君」


 先程までサンドイッチを食べていた二人だが、興味があるようで一口だけ食べてみるようだ。


「…………」

「オーミ君も驚いたようだね。これは確かに美味しいよ」


 二人も大満足のお味であった。イチカちゃんも目を瞑って余韻に浸っている。


「……すまん! だから一口くれ!」

「買ってくればぁ?」

「馬車が動き出しているだろうがっ! 景色を眺めているお前が言うなっ!」

「えぇ……でも流石に朝飯がこっからまた減るのは、どう?」


 三人に分けて、俺自身も食べ進めて半分になったピラフを見せる。


「…………」

「一回だけ死なない程度のお願いを聞いてくれる権利とかくれるならやるよ?」

「怖すぎる……それに昨日の偽物がやっていたものをやれと言われたら……」


 ガッツにしては珍しく勘がいい。


 なので俺は気にせずにピラフを堪能した。


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