第114話、コール新法成立ならず


「……コールよ、決まり事を作ろうではないか」

「ん、どんな?」


 朝食も終えてほのぼのと外を眺めていた俺に、マーナンが真剣な面持ちで提案して来た。


 ちなみに、モナと視線が合わない。完全に拗ねている。おもろ。


「ガッツとイチカとやらも聞くが良い。貴様等も関係していることだ」

「なんです……?」


 怪訝な眼差しとなったガッツと少しの警戒心を感じさせるイチカちゃん。マーナンから自分に飛び火しないか憂慮しているようだ。


「昨日にファーランドを出発、そして今に至るまで丸一日だ……」

「そうだね。いやぁ、濃厚な一日だったわ」

「正確には、昼餉から今に至るまでだ。いや、これまでもそうだ。我等は……この非道な輩に、痛め付けられ過ぎではないか?」

「うぃ?」


 脚を組んで呑気に聞いていた俺に、マーナンの鋭い視線が向けられた。


「……よく言ってくれた、マーナンの言う通りだ。ちょっと酷いぞ、お前は」

「確かに……昨日もぎったんぎったんにされたです」


 被害者同盟が結成されてしまう。


 本腰を入れて前のめりになる三人に、肩を竦めて正面から受けて立つ。


「何が? 俺が何をしたの? ポーションしか作れない村人の俺が、ギリギリ冒険者のお前らに何ができるっつーの?」

「もうその言い訳は通用せんぞっ? 現に何度もボロボロにされているのだからな。昨日だってお前、晩飯一つで泣かされ、殺人未遂で肝を冷やし、最後がアレだ……」


 最後のアレでやけに声を震わせるガッツだが、言っていることに納得できない。


「お前が勝手に泣いて、勝手にヒヤヒヤしたんじゃん。それに偽マーナンだって、友達への旅のプレゼントよ? 楽しい思い出になったじゃん」

「じゃあ何だ、お前は叩きのめしている自覚はないのかっ?」

「ないよ。だって俺は愛の伝道師、ピースフルに導く天使だもん」

「ダメだ、この悪魔」


 諦めたのか、背もたれにもたれかかり脱力した。どうやらガッツを言い負かしてやったようだ。


「やっぱり無理です……。コールさんには逆らえないんです……」

「悪徳貴族みたいに言うの止めてくれる? 天使って言ってんの」


 旅行をしているのに、勝手に絶望するイチカちゃんに物申す。


 だがマーナンだけは決して投げ出さずに、饒舌に語り出した。俺を指で執拗に差して、まるで罪人であるかのように。


「この輩に言っても無駄であることは、百も承知であろう。普段から会話一つで我等を苦悩に陥れる輩なるぞ。ただ先程の朝食の件を終えて確信したことがある」

「なんだ……? 何か分かったのか?」

「コールは我等を痛め付ける過程を、理解して行っている」

「……うん?」

「昨日の夕餉までの仕込み、夕餉での我等の誘導、あのぅ……最後のアレ、今朝の虚偽報告からの絶品ピラフ。……どれも分かっていてやっている」


 何を言い出したのだろうか。関心を失ったのでマーナンの干し肉を鞄から貰い、貪りながら風景を楽しむ。


「つまり、止めようと思えば止められる。控えようと意識すれば控えられる筈なのだ」

「っ、意地悪を回数制にするですっ?」

「そのとぉ〜りだ、イチカとやら。ふはははははぁ!!」

「それいいですっ! そうするです!」


 盛大に轟くマーナンの高笑い。イチカちゃんも座席で飛び跳ねている。


「おおっ、賛成だな。一日に一回にしよう!」

「いや、昨日最後のアレ……レベルが来たなら毎日はキツいっ! 三日に一回にしようではないかっ……!」

「そ、そうしよう! やっと予期できぬコールの攻撃から解放される時が来たのか! 何かやるとしても三日に一回でなければならない! 決まりだ!!」


 三者三様に喜ぶ被害者の会に、俺は誠心誠意の言葉を送る。


「――無理っ!!」


 しんと静まる車内。たった二文字で水を差してしまった。


「な、なんで……?」

「ん〜……確かに“愛”と呼んではいるけど、お前等で遊んでいることは認める」

「言ったなっ、とうとう……。認めたのを聞いたからなっ!」

「そして俺自身の些細な楽しみでさえ、お前等の苦痛よりも優先していることも認める」

「いっ、言ったな……言ってしまったなっ……」


 これを俺は愛と呼んでいるのだが、三人は腑に落ちないらしい。


「例えばさ、この干し肉だってマーナンがやらないとか言ってもガッツと喧嘩させてでも手に入れるし、ガッツの干し肉もまた然り」

「何でそんなことをするんだ? それが理解できないのだ、俺達は……。苦楽を共にし、大業を何度も成し遂げた仲間だろう? 親友だろう?」

「だってあんた等どうこうよりも、干し肉を食べたいって思っちゃうんだもん」

「つ、つまり……?」

「多分、思い付いたらやっちゃう。苦しめてごめんっ! このごめんだって、謝る気ゼロ!」


 三人が、景色を眺めて黄昏始めた。

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