第115話、二日目のお昼だよ

 お昼である。


 いよいよ気温も低くなり、肌を刺す寒気を感じる。いつ雪が降ってもおかしくない地域に入って来た。遠くの山を見れば、どこもかしこも白い化粧で着飾っている。


 公爵の迎えが来るという街まであと少しとなってしまった。


 馬車列でやって来た休憩所で、お昼を食べながらこの後の展開を憂慮する。


「……あぁ、迫って来たよ。面倒な事にならなきゃいいけどさ」

「憐れなり、報いと知り受け入れよ」

「言っとくぞ? 俺は貴族にだってやるぞ……? いつ辞めさせられるか分からんけど、一応まだ《闇の魔女》様の騎士だぞ。得意の無礼を振り撒いてお前等を道連れにしたら、死ぬのはお前等だけだかんな……?」

「や、止めるのだっ、狡猾なる地獄の使者よっ!! 我は闇に生きる同族ぞ!」


 自分だけは助けてくれと恥ずかしげもなく声高々に叫んでいる。


 本当にやるとでも思っているのか、要らぬ気苦労をするマーナン。取り越し苦労に決まっている。それは最終手段だ。


「なんかでもだんだん頭に来たな。昔ガッツに習ったパンチと、マーナンと同じ学園で習う魔法と、イチカちゃんのボスウルフ戦での動きを参考にして暴れてやろっかな」

「無理に巻き込まないでくださいっ!」


 キャンプ場で御者さんが作ってくれたスープを飲んでいたイチカちゃんが、急に危機意識を感じて叫んだ。


「……このカボチャのスープ、レシピ欲しいんだけど。めちゃくちゃ美味い」

「同感だな。俺もこれを飲む為にまた旅行してもいいくらいだ」

「帰りも昼飯が楽しみだわぁ……」


 肉が大好きなガッツをも唸らせるカボチャスープを作る御者さんが、俺達の視線に気付いて軽く会釈している。チキンステーキらしきメイン料理を焼く作業の傍らでも礼儀正しい彼に、軽く頭を下げて応えてから思う。


 前都市長の執事は内面が腐り切っていたが、こちらは本物である。


 帰りも予約してあるし、この人が担当してくれるらしいので今から楽しみで仕方ない。


「まだ暫しの時を要するか。では、我は魔法を――」

「後にしなさい、食事中や。ここの食卓は俺が支配してんだから、俺の食卓ルールが適用されてんだよ。どうしても行きたいトイレとか、体調不良とか以外で立とうとする者は葬る」


 御者さんがもう仕上げに入ろうかという段階で、席を外そうとするマーナンに忠告しておいた。


 けれどマーナンは蔑む目で俺を見下ろし、同席する四名へ向けて語り出す。


「貴様等……今のを聞いたか? 呆れた暴論ではないか。空いた時間をどう興じるかなど、我等の自由であろう。これは何人であっても歪めてはならぬ鉄の掟である。トレーニングに励むもよし、景色を楽しむもよし、散策するもよし、旅に束縛などと片腹痛いわっ。これに賛同する者は我に続け…………立ち上がれ、革命の戦士達よぉぉぉっ!!」

「…………」


 ……革命戦士はウチにはいないようで安心した。


「…………」


 マーナンが無言で席に座った。


「……オーミは何か好きな料理とかある? リクエストして、用意できそうならしてくれるからさ」


 このような時、マーナンを黙らせるならば好物の蕎麦そば辺りを与えれば簡単なのにと思っていて、ふと昨日から気になっていたことを訊ねてみた。


「…………」

「オーミ君は天麩羅てんぷらが大好物らしい。天丼でもいいし、とにかく天麩羅に目がないと言っているよ」


 天麩羅、か。おそらく可能だろう。


 俺も大好きなので異論はないし、苦手そうなメンバーも見回した限りはいないようなので御者さんに頼んでおこう。


「天麩羅は楽しみだな。ちょっと頑張ろうって気になって来たわ」

「オーミよ、焼き肉と言うがいい。寒空の下、屋外で天麩羅など冷え切ってしまうであろう。焼き肉であれば格別」

「ふぅぅぅぅ…………」


 脱力してしまう。


 コンコンとウッドテーブルを指で小突き、俺達の目の前でオーミへ好物を偽れというお馬鹿さんが顔を出した。


「マーナン……、どうしてそうお前は自分のことばかり考えて発言するんだ。俺達との旅路など苦労ばかり。コールはせめてオーミに好物を食べてもらおうと思ってのことだったろう?」

「失敬な物言いは慎むがいい。我は全体を見ている。我はいつでも貴様等を見守っているのだ。この寒さと置かれた環境を考慮していないコールとは物の見方が違うのだ。風邪を引かないよう、慈愛の精神で貴様等に提案しているに過ぎん」

「提案……? オーミの好物を正面切って変更させようとしていたじゃないか……」


 苦々しく告げるガッツにも、マーナンはどこ吹く風で胸を張る始末。


 仕方ない。ここは俺が妥協点を探っていこう。


「……寒いのがダメなの?」

「うむ、真っ当な論理である」

「なら大丈夫だよ。だって天麩羅を揚げる時には油があるじゃん」

「何ぃぃっ!? なんだとぉ!? その油で我に何をするつもりだキサマぁぁ!!」


 席を立つなと言ってあるのに、目を見開いて飛び上がってしまう。


「どうせお前はさ、いざ焼き肉を食ってる最中にだって“寒風で焼いた肉が冷えているではないか……”とかシレ〜っと言い出すんだから……。……そん時にお説教くらいたいの?」

「我が……この我がそのような場の雰囲気を悪くする発言をすると思っているのかっ?」

「たった今しただろ、この鳥頭野郎」


 雑に顎で座れと命じ、チキンを持って来ている御者さんを待つ。


「お前はその場にいるだけで空気を若干だけ澱ませてんの。自覚しなさい」

「しかと受け取ったぞ、今の言っ!! 溢れたミルクは元に戻せぬように――」

「わぁ、美味しそう! 今、席に着いていない奴の分はみんなで分けようぜ!」


 マーナンがお淑やかに着席した。


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