第116話、この復讐心が二話後に火を吹く

「美味しいっ! 美味いっす!」


 御者さんが調理してくれたチキンステーキを食らう。


 フォークとナイフでパリッパリに焼かれた皮面を切り、更に柔らかい鶏肉を難なく切り分けて口に放り込む。


「……う〜ん、じゅ〜しぃ! 皮も香ばしくて、何より身が旨味炸裂じゃん」

「炸裂ですけど、炸裂だからこそ問題です。ガッツさんの分をもっと分けるべきですっ。ガッツさんだけ何度も炸裂するのは不公平です!」


 御者さんがガッツを思って三枚程余分に焼いているのを、イチカちゃんがウルフの目で狙っている。


「イチカとやら、その言もっともである。何故に大食らいという訳の分からん理由故に、この美味を我等の四倍も味わえるのだ。足りぬと言うならそこらの木の根っこでも食っていろ」

「ふぐふぐふぐふぐ……!!」


 口いっぱいでチキンを食らうガッツが、イチカちゃんやマーナンを鋭利な視線で牽制し始めた。


 俺は付け合わせのヤングコーンを食べながら、それを傍観する。


「コールさんも何か言ってです!」

「コールよ、奴のチキン独占を阻止せよ」


 二人して大人しく食事している俺に矛先を変えて来た。


「……あんた等さぁ、俺に何もすんなって言ってたじゃん。だから今回は黙〜って飯を食ってたのに、結局は巻き込むんかい?」

「そうだぞ。自分の皿にある物を食え、用意されたチキンのみを黙々と食え。他人の皿を狙うな、ウルフ共めっ!」

「……いやいや、ガッツもガッツよ? あと三枚もあるのに一欠片だってくれてやるもんかって構えじゃん……。ど、どの面で言った……?」

「ぐっ!? ……それはっ……そうなのだが……」


 俺が味方をしていると勘違いしたガッツへと、思っていたことをお伝えしてみた。


「俺は、こいつらが食べ終えた後にまだ言うようなら、少しくらいは分けてあげればいいんじゃないかなって目で見てたよ? 確かに五月蝿うるさかったけど、マーナンだって乾物をくれてるわけだからさ」

「せ、正論だ……無念……」


 項垂れてしまったガッツの心中は察して余りあるが、二人も育ち盛りなのだから少し分けてもらおう。ちなみに、俺ならば何を言われようが絶対に分けない。


「……ほらよ、貰うんだったらちゃんとガッツに感謝は言えよ」

「何という交渉術っ! ものの数秒であのガッツからチキンを奪い取ったではないかぁ! ふははははぁ! このように良い方向にこそ、その悪辣さを発揮すべきであるっ……!」

「調子に乗らないの。あとさ、五十ゴールドあげるから食事中の声量で喋ってくんない?」


 何かある度に一騒ぎしなければ気が済まないらしい。イチカちゃんはこの前まで最低限の付き合いしかなかったのに、馬鹿騒ぎ男児共にすっかり溶け込んでしまっている。


「コールさんを味方にすると、こ〜んなにも楽々と欲しいものが手に入るですっ! あっという間に独裁者が去りました……う〜ん!」


 フォークでライスを口に運び、ご満悦なイチカちゃん。俺が味方だと思っているらしい。可哀想に……。


「ちぃぃ……、コールの時は納得できていたのに、こいつらの反応を見ると先に食ってしまいたくなるっ……!」

「…………」


 オーミがスッと自分のチキンをガッツへ差し出した。


「あ、あぁ、そうじゃないんだ。足りないとかではなくて、単にこいつ等をぶっ飛ばしたいだけなんだ。誤解させてすまない。むしろオーミも欲しければ分けるから、遠慮せずに言ってくれ」

「…………」


 頷いて自身の食事に戻るオーミ。


 このチーム内で初めて本当の“思い遣り”というものを見たかもしれない。


「君はガッツ君から分けて貰わないのかい?」

「ん? 俺?」


 脚で『反省の色が見えないぞ』とちょっかいを出しながら、モルガナの落ち着いた表情でモナが話しかけて来た。美しく洗練された所作で食べるものだから、俺達とは別の料理を食べているようである。


「俺は早く食って、御者さんと秘密の作業があるんで」

「っ……!? また、ケンカした私達におしおきですっ!?」

「違うよ……。気楽なあんた等と違って俺は色々と用意しなきゃならないの」


 ジューシーチキンを切り分け、ひたすらに食べ進める。ライスももりもりと口に運び、切り分けたチキンをガツガツと食らっていく。


「うめぇ……! はぁ……俺に時間があるなら、さっきの言い争いを利用してこっそりこいつ等のチキンを奪うんだけどなぁ」


 三方向からぎょっとした眼差しが向けられる。けれど俺に時間はない。


 お腹の感じを見るにあと一枚くらいは食べられそうだが、備えあれば憂いなしである。


「よっしゃ! 絶品でした、ご馳走様です! じゃあ御者さん、例の作業お願いしやっす!」

「かしこまりました」


 微笑ましく見守っていた御者さんへ、頭を下げてお願いした。


 御者さんも別に昼飯を食べなければならないので、早く終わらせなければ。


 ……と言って俺が目を離した僅かな隙に、この三人が大人しくしているわけがなかった。



 ………


 ……


 …



 御者さんにキャンプ場のログハウスで手紙・・を書いてもらい、意気揚々と外に出る。


「では、私はお昼をいただきたいと思います」

「わざわざすんませんした。ゆっくりしてください」

「ありがとうございます。それではまた後ほど」

「うぃっす!」


 御者さんはログハウス内で昼食を摂るようだ。中へ戻っていく。


 俺は一緒に食べるものだと考えていたのだが、会社の方針として別々に食べる決まりらしい。


「……一緒に食べたら楽しそうなのになぁ」


 だがこれは完全な我が儘である。


 ただでさえ俺達は騒がしく、何をするにも問題ばかり起きてしまうのだから、可能だとしても同席はさせられないか。


 ぼんやりとそのような思考をしながら、モナ達がいるウッドテーブルまで歩み寄る。


「……で、あいつらは何してんの?」

「見ての通り、喧嘩だ」


 さして興味も無さそうにテーブルへ背を預け、前方で睨み合う二人を観戦するガッツ。


「へぇ、今回はお前はノータッチ?」

「俺だって散々言われてさっきまで参加しようとしていたけどな」


 テーブルにはチキンが残り一つ。


 もうこれだけで経緯が分かる。イチカちゃんもマーナンも、この一枚を丸々食いたいというだけの話だろう。


「……イチカとやらっ!! 頭が高いわっ、即刻平伏せよっ!!」

「嫌です。あとあと、敬語でお願いします。私は学園を卒業してきちんと・・・・世間様に認められた魔法使いです」

「我が認められていないのに勝手に名乗ってるみたいに言うなっ!!」

「事実です。マーナンさんはこれから“あ、闇魔法を学ばせてもらっているだけの我ですぅ”と自己紹介しなければならないです」

「コールを真似するなぁぁぁぁぁ!!」


 イチカちゃんが明らかに俺を意識し始めてしまったようだ。自分で言うのも何ではあるが、かなりの悪影響である。


「……お前は、あれか。何で二つも食ったんだって責められたわけだ。……あむっ」

「そうだ。二人してっ、“こちらに判断を仰げ”やら“無神経”やら“これは貸しだからな”などと、やたらと言われたぞ……」

「ふ〜ん、お礼言えって言っておいたのに、凄いね」


 一つを残していただけでもガッツにしては譲っていると思うのだが、あの二人の強欲さはそれを許さなかったみたいだ。


「…………」


 オーミが目を疑うとばかりに俺を見ている。


「おや、魔法まで使うようだね。どちらが勝つのだろうか」

「コール、言っておくが俺もモルガナもオーミも止めるつもりはないからな。というか、二人に危ない真似はさせられないから俺から介入しないように言ってある」


 ガッツにしては珍しく頭を働かせていた。少し、ほんの少しだけ成長を感じる。


「いいじゃん。やればできるじゃん。喧嘩にも参加してないし、ガッツだってできるんじゃん。……あむっ」

「……さっき、オーミに気を遣わせてしまったからな。あれがなかったら、おそらく俺も頭に血が昇って言い返していただろう。売り言葉に買い言葉でな」

「何にしてもだよ。昨日に喧嘩しまくってたガッツとは思えない成長だわ」


 闇の手と付与魔法が飛び交い始め、本格的に喧嘩の様相を呈する。


「…………」

「ふぃ〜……あ、そこの水とか取ってもらえたりしちゃう?」

「…………」

「ありがとう」


 目をパチパチとするオーミに、俺のコップを取ってもらう。


 そしてゴクゴクと水を飲み干してから、立ち上がる。


「……お〜い、そろそろ片付けすんでぇ!!」


 自分達でできる範囲の後片付けを、御者さんが来るまでに終わらせておこう。


「むっ、帰っていたのか、コール……」

「……命拾いしたですね、学生さん」

「ぬけぬけとよくも言えたものだ。我が加減しなければ既に決着は付いているのだぞ」


 未だに火花を散らして歩み寄って来る二人。


「で、コール、チキンの問題はどうす、るぅぅぅぅぅ!?」

「っ……!? な、無いです!! 私のチキンが無いです!!」


 お皿と食器しかないテーブルを振り返ったガッツに続き、駆け寄ったイチカちゃんも声を上げた。


「え……? イチカちゃんのチキン? ノンノンノン、ここにあったのは誰のものでもない野良のチキンだよ?」

「戯けたことを言うなっ! 我とこやつとで争っていたであろうに!! 貴様っ、食ったんだな!?」

「いただきましたよ? ガッツはこのチキンを手放し、あなた達は所有権を決める喧嘩をしてたんでしょ? だったらこのチキンはまだ誰のものでもなかったわけだ。それが目の前にあったら? 食べるでしょ」

「そ、その暴論が我に通ずると思うてかっ!!」


 食器を片付ける俺を二人で挟み、物凄い目付きで睨んで来る。


「ダメなの? あらそう、でも食べちゃったし…………じゃ、片付けよっか」

「そうしよう。……いつまでも喧嘩をしているからだ。お前達が食っていいものなら、コールだって食っていい筈だしな。初めコールはお前達に食わせようとしていたのに……今回の文句は無しだ」


 ガッツも率先してお片付けを始め、ライスの皿を重ねていく。


「ぐすん……すみませんでした……」

「気に入らぬっ!!」

「っ……!?」


 素直に反省するイチカちゃんに比べ、やはりこの男は動じずに復讐心に燃える。


 スープの皿を回収していたオーミに渡しながらも、俺を睨み付けて来る。


「これまで幾たびの争いを経て来たが、アレは誰が何と言おうと我のチキンであっ――」

「あっ、お前、ヤングコーン残してんじゃん」

「ちょっと触るなっ! それはチキンの前菜に取っておいたやつだっ! ……あむっ」

「お前は何でコーンが嫌いなのに、ヤングコーンは好きなの? まぁ、全然違うけどさ。そういや、コーンスープも好きだもんな」


 何をするにも面倒な男である。

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