第112話、お弁当を買って出発しよう

 マーナンの心の隙間も埋めて、何一つの憂いもなく宿屋へ帰還した。


「うぃ、うぃ、うぃ〜!」


 スキップでウキウキとしながら、宿屋に踏み入る。


「…………」

「…………」

「…………」


 続いてグールの足取りでやって来た三人が、俺が開けている扉から宿屋に入る。


 入り終えると扉を閉め、三人の身体を調べて部屋の鍵を入手。


 階段を駆け上がり、俺達の部屋がある三階に先回りして、隣り合う三部屋を開けておく。


「…………」

「…………」

「…………」


 鍵を三人のポケットへ戻して、各々が部屋に入ったのを確認してから扉を閉めてミッションコンプリート。


 これにて、旅行一日目が何事もなく終わった。つつがないとも、抜け目ないとも言える。


 俺も自室へと向かう。


「…………おっと、先に来てたの?」

「無論だとも。至極当然の成り行きとして、この蚕が使うような小さいベッドで抱き合って眠るよ?」


 もう既にキャミソール姿のモナは俺の部屋のベッドに入り、就寝態勢を整えて待っていた。


 魔法で俺の身体を綺麗にしながら一瞬で寝巻きに着せ替え、すぐにベッドに入れと急かしてくる。


「さぁ、イチャイチャらぶらぶと私を抱き締めるんだ。今すぐ、朝日が昇るその時まで、私に君の全ての愛を捧げるんだ」

「うぃ〜、いつも全力で捧げてんじゃ〜ん。朝日が昇ってからもずっとあげるってば」

「い、いい心構えだねっ。その調子で精進したまえ……!」


 珍しく照れてしまって咄嗟に平静を取り繕い、腰に手を当ててご自慢の胸を張った。


 ……相変わらずその胸元は立派である。そして可愛い……。


 あまりにチョロいので、隠し切れないニヤニヤとデレデレを抱えてベッドに上がり、モナを抱き締める。


「俺達との旅行は不都合とかない? そっちの実家の話とかもしましょ」


 うわっ……相変わらずドン引きするくらいに柔らかい。抱き心地が雲のよう。


 ……機嫌が良いようなので、密かにお触りさせてもらう。


「う〜んっ……それもいいけど少し帰りが遅かったみたいだね。そのお話もしようか」

「ん? 俺の方は大して特別なことはなかったよ? ガッツ達の偽物に挨拶したり、服を買っただけだもん」

「やれやれ何を言うかと思えば、モナさんは誤魔化せやしないとも。君はきっと食事の時みたいに周囲を混沌とさせたに違いない。……詳しく聞こうじゃないか」


 宿屋の小さなベッドで、二人して抱き合って会話する。


 何この尻……すんごい触り心地なんだけど。むずむず反応するエロエロ具合も流石は《嘘の魔女》様だ。


「うむうむ……ふ〜ん、存外にいいものじゃないか。君がいるなら小さなベッドもいいものだ」

「そう? 俺は今のベッドに慣れちゃってちゃんと寝れるか心配」


 しかし自覚がなく疲れていた俺は、話していたと思って目を開けると朝になっていたのであった。


 ……あ〜あ、絶対に怒ってるよ。今夜が山だな。


「ふわぁ〜…………うし二日目、いってみよう!」


 朝食をどうするか、昨日に話した感じでは適当に屋台のものを各々で買うという流れであった。


 俺はチェックアウトを済ませて、馬車の発着場方面へ足を向けた。三馬鹿の面倒は見ない。昨日、世話してばっかりだったから。


 遅れそうになってもホテルに頼んであるから大丈夫。


「…………あれっ? あれれ!? ガッツじゃん!!」

「ひぇ!? ち、違うっすよ!!」

「いや、ガッツじゃん! 何やってんの? 俺は屋台で朝飯を買おうと思ってさ」


 朝早くから偽ガッツが、何やらピラフ的な屋台をやっていた。


「り、旅費のためのバイトっす。ガッツさんの真似する前まではこうやって転々としてたんす。昨日、あの後に募集の張り紙見て、応募したら即採用されちゃって……」

「へぇ、良かったじゃん。…………じゃ!」

「買ってくれないのっ!?」


 普通に通り過ぎる。そして隣の同じようなピラフを眺める。


「そっち買うならこっちで良くないっすか!? 顔見知りっすよ!?」


 バイト歴一日にも満たない奴のピラフは信用できない。俺は旅の中で口に入れるものを妥協したくない。そこに仮初の幼馴染であった者への情などない。


「実力で勝負しましょう! 知人とか関係なく正々堂々とね! ウルフみたいになってはダメよ!」

「あんたはそろそろ俺の顔を覚えよ?」


 偽イチカもまた何やらピラフ的な屋台でアルバイトをしていた。


 偽物達が隣り合って鎬を削っていた。


 ここで瞑想おじさんが居てくれたなら全員が揃ったのだが、その気配はない。残念だ……。


 だって隣は平凡な焼きそばの…………。


「あっ! 焼きそばおじさんじゃんか!!」

「えっ……おおっ、あんたか! 学園ではありがとうなぁ! まさかあの後にあんなことになるとはよぉ。俺も何だか嬉しくなっちまったよ」

「うぃっす、うぃっす! じゃ迷うことはないな。焼きそば一つぅ!」

「おっしゃ、まいど! 大盛りにしといてやるぜぇ!」


 偽物共の浅いピラフよりも、美味い焼きそばで一日を始めることにした。


 味はファーランド魔法学園のお祭りで確認済み。俺の二日目スタートは成功と言って良いだろう。


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