第111話、偽マーナン、敗れる

 瞑想おじさんは名乗りを口にした。


「ワレはマッソン」

「誰だキサマぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 地で声が裏返っているのか、ふわふわとした平坦な声音で名乗りを上げた瞑想おじさん。


 雄叫びを上げるマーナンへと続けて無感情に問う。


「キサマもマッソンか?」

「違うわぁぁ!! マッソンのまま続けるつもりかぁ!?」

「本物のマッソンはワレだ」

「だからなんだぁぁぁぁ!!」


 瞬きの一つもせず、怒鳴り付けるマーナンへ打ち合わせに沿って進める。


「偽物よ、改心せよ」

「別人だっ!! 我も貴様も初めから別人だ!!」

「しないと言うのか、愚かな……」

「会話をしろぉぉぉぉ!!」


 あのマーナンが終始ツッコミを入れる様を、ただ呆然と見ているしかないガッツとイチカ。


「…………」

「っ……!? お、俺に、何か御用でしょうか……?」


 首だけ動かして、視線をガッツに固定した瞑想おじさん。


「お前は信じてくれる筈だ、マッツ」

「ガッツだぁぁぁ!!」


 反射的に叫んでいた。


「ワレがマッソンだと言ってくれ、マッツ」

「お前がマッソンだっ! それでいいからぁ、帰ってくれぇ」

「お前も違うと言うのか、マッツ……」

「アア嗚呼ぁぁあああァァっ!!」


 頭を抱えて絶叫するガッツを見下ろすこと二秒間。


 最後に瞑想おじさんは、首をぐるりと回してイチカを視認する。


「はぅ……!?」

「信じてくれ…………パターソン」

「もはや擦りもしてないですっ……!!」


 一言で崩れ落ちるイチカを変わらずの虚無の眼差しで見る瞑想おじさん。


 その時、口笛が鳴る。


「…………」


 その音を聴くなり瞑想おじさんは、来た倍の速度で…………建物の影から密かに覗いていたコールの元へ戻って行く。


「コール!! コールよっ、もういい!! お引き取り願うのだ!!」

「頼むっ、勘弁してくれぇぇ!! やるならせめて名前だけは正確なのを伝えろっ!!」

「そうだっ、やるならマーナンだけは名乗らせるのだ!!」


 二人の叫びが届いているのか不明ながら、コールは入念に瞑想おじさんに指示を出す。身振り手振りで、詳細を叩き込んでいる。


 明らかに、偽ガッツのアレを仕込む動作をしている。


「や、やらせるつもりなのか……?」


 するとコールは馴れ馴れしく背中を叩いて瞑想おじさんを送り出して来た。


 そして、


「――ワ〜レがマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソンマッソン」

「マッソンのままやらせるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 心底からのマーナンとガッツのツッコミが響き渡る。


「ワレがマッソンだ、認めるがいい」

「み、認めるっ、認めるぞ!! 我だけは貴様をマッソンと認める!! マッソンでもマーナンでもどちらでも名乗ってくれ!!」

「くぅぅ、これでもダメなのか」

「…………」


 絶望して膝から崩れ落ちたマーナン。


 それを目にしたガッツは、視線を向けた瞑想おじさんに全力で身構える。


「お前は認めてくれる筈だ、ザッツ」

「マッツはぁぁ!? せめてマッツにしてぇぇ!?」

「くぅぅ、お前もかザッツ」

「ぁ、ぁぁ……ぁぁ…………」


 呻き声を漏らしながら、脱力して倒れ伏したガッツ。


 最後に、瞑想おじさんは屈する間際のイチカへ目をやる。


「…………」

「…………」

「くぅぅ、お前も――」

「うわぁぁぁぁぁんっ!!」


 泣き出してしまったイチカを機に、もう一度口笛が鳴る。


 反応した瞑想おじさんがコールの元へ戻っていく。


 そして端的な指示を受けた瞑想おじさんはすぐに三人の元へ舞い戻り告げた。


「完敗だ、貴様こそマッソンだ」

「……感謝する……」

「ワレは改心する。またな」

「またな!? も、もう来ないでくれないかっ!! 我がコールの倍を払うっ!! 全員で貢ぐ故ぇぇぇ!!」


 マーナンの悲痛な叫びも無視して、瞑想おじさんはコールの元へ戻る。


 そして感謝のボーナスゴールドを渡し、名残惜しむように軽くハグして握手も交わし、二人は別れた。


 コールがハンカチで涙を拭いながら瞑想おじさんを見送っている。


 やがて姿が見えなくなると、コールも瀕死になった三人の元へ歩み始めた。


「うぃ〜っす、なんかあった?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る