第110話、偽マーナン(人造)
前を歩くコールとガッツが立て続けに出会った偽物について語る。
「偽物って今のところ必ず死にかけてんね」
「一人は意図的にだがな。と言うか、この町は俺達の偽物が跋扈していないか? 服を買おうとしただけで二人に出会ったぞ」
偶然ではあるだろう。しかしただの宿場町に四人中二人の偽物がいるのは多過ぎる。
「イチカちゃんに至ってはファンが名乗ってたかんね。偽物はダメだけど、ガッツよりもちょっと格上だよな」
「俺のは誇張し過ぎているだけの男だったからな。大剣すら持っていなかったぞ。せめて、もっと寄って来いよ……」
話題を独り占めにしているファーランドの英雄達ではあれども、ここまでとは考えも及ばなかった。
「ふふっ、私にファンがいるですっ」
「…………ふんっ」
笑みの抑えられないイチカが、跳ねる歩みで喜びを表していた。
ここで問題が起きていた。
ニマニマとコール達の後を行くイチカに嫉妬する者がいた。
その者は、“何故に我の偽物がいない。人気が……いや、たまたまだ。たまたまに決まっている。闇魔法使いがそんな……では何故だ。何故ファンも偽物も現れんのだ”と、心中で鬱積するものを抱えていた。
「…………」
「…………」
その心の声が手に取るように分かる友二人。
あとは宿屋に帰るだけ。偽物と会える可能性は限りなく低い。
「……しゃあねぇなぁ、お前らそこの角で待ってろ」
「は……?」
それだけ三人に言い付けると、コールはポケットに手を入れた気楽な歩みのまま建物の裏路地へと入り込んでいく。
「……コールはどこへ行こうと言うのだ、こんな時間に」
「一人だと危ないですよ? 酔った冒険者とかチンピラがそこら中にいます。喧嘩っ早いです」
夜は平均してどこの都市も治安が悪い。何をするか予測も付かない危ない者も多い。
「……ちょっと付いて行ってみるか」
「うむ、それが良かろう。暴漢など現れようものなら、奴では太刀打ちできん」
三人は忍び足でコールを追い、暗闇に踏み入った。
すぐにコールの姿を捉える。
コールは裏通りにいる酔っ払いやチンピラ、明らかに関わってはいけない半裸で瞑想するスキンヘッドのおじさんを、キョロキョロと見回していた。
「ま、まさか、マーナンの偽物を頼む気か……? というか、そうだろうな」
「何っ!? 何故そのような悲しい現場を我は見なければならんのだっ!?」
限りなく純度の低い偽マーナンが誕生する瞬間を、否応無しに見ることとなったマーナン達。
「あ、コールさんが早々と人選を決めたみたいですっ!」
コールは一度だけ見渡したのみで、即決していた。
迷いなく歩み行く先は、…………瞑想するおじさんであった。
「何でだっ!? 一番ヤバいのは明らかだろっ! あいつの度胸は行き過ぎているぞ!」
「め、目がイッている者の目ではないか……」
説明を聞いているのかいないのか、ぎょろりと見開いた目でじっとコールを見上げている。
次の瞬間には何が起きても不思議ではない。今にも奇声を発して襲い掛かりそうである。
その様を見るだけでガッツ達は竦み上がっていた。
しかし、
『っ……っっ……!!』
あろうことかコールはファイティングポーズを構え、おじさんに向かって寸止めパンチを幾度も繰り出す。
「イヤァァァァァっ……!?」
「止めろっ、何をしているっ!」
戦慄するのはガッツやマーナン達だけではない。
固唾を飲んで見守っていたチンピラや酔っ払い、周囲の裏社会らしきゴロツキ達まで、狼狽を露わに走り去っていった。
『っ……! っ……!』
更におじさんの背を両手で何度も叩き、手の跡を付け始めた。
そして何やら説明を始め、おじさんは怒っているのか更に血走った目でコールを見上げている。
「怖いですっ! 怖いですっ! 見ていられないです……!!」
「あっ、ゴールドを渡したぞっ!」
交渉が成立したのか、コールがゴールドを瞑想おじさんに手渡した。
「も、戻るですっ……!」
「行くぞ、付いて参れっ! 悟られるべからず!」
慌ててコールに指示された曲がり角へ来た道を引き返す三人。
何も知らない振りを通して、マーナンの偽物を務めるあのおじさんを待たなければならない。苦行であった。
「……………………き、来たぁぁ」
「怖いですっ、こわすぎますっ……」
瞑想していたおじさんが、半裸のまま路地から三人の元へ歩み寄る。
痩せ型で手脚のやけに長い瞑想おじさん。
「な、なぜ我がこんな目に……」
その歩き方も独特。じ〜っと三人を視線で捉えたまま、やけに腰を揺らして歩んでいる。
そして三人の前へやって来たおじさんは、打ち合わせした内容を口にした。
「――ワレは、マッソン」
「誰だキサマぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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