第三章、《闇の魔女》様がやって来る編

第56話、人には人のオムライス


 《闇の魔女》様が訪問される日も刻一刻と迫り、慌ただしく心落ち着かない様子のファーランド。


 けれど俺にとっては大きな祭りのようなもの。マーナンのように用意するものもなければ、ガッツのように礼儀の練習をすることもない。


 今日も今日とて午前はポーションを作り、午後はマナポーション作製とマーナンの手伝い。


 夕方近くになり、あとは調味料のお店に寄って目当てのものを買って帰るのみ。


「すみません、ケチャップください」


 俺は毎日が祭りだ。自分の機嫌は自分で取る。毎日を楽しくするのは自分である。


 今日は、オムライス祭りだ。


 お店が作っているふわっふわとろっとろで、ソースも上品なやつではなく、ケチャップに塗れたご家庭のオムライス。


 どちらも大好きなのだが、お家オムライスも食べたい。中はチキンライスかバターライスで迷ってしまう。卵の火の通し加減もどうしようか。


 モナは実家に戻ると言っていた。もしかしたら、お弁当を持って帰るかもと。


 すなわち、オムライス加減も俺の自由自在。


 エドワードから貰った賞金もあるのでちょっといいワインも買って、祭りを最大限に楽しむ。


「…………あれ、モナいんじゃん」

「おかえりおかえりおかえりおかえりおかえりぃ〜!!」


 小さなモナが玄関を開けて帰宅した俺の周りを元気よく駆ける。


「うぃ〜、ただいまぁ。……弁当とか言ってたけど、晩飯あんの?」

「あるよ! リアが作り立てのやつをいつでも出せるよ!」

「おっ、いいねぇ。じゃ、俺もとっとと作っちゃおっかな」


 憐れ、モナ。俺のご家庭オムライスを見て羨ましがる様が目に浮かぶ。


 俺はかなり気合いを入れてオムライスを調理する。


「おや? ワインもあるならこちらの姿の方が適しているね」


 オムライスの形を整える段階で俺の荷物を漁っていたモナが、ちょっといいやつだから一人で飲もうと隠していたワインに目敏く気付いてしまう。


 学生時のモナへと変わり、俺が皿を持ってテーブルに着くと同時に魔法でワインを開けた。


 その頃には棚から浮遊して来た二つのグラスがテーブルに着地して、モナが手ずからボトルから注ぐ。


「オムライスかぁ……美味しそうにできたじゃないか」

「いつもこんなもんよ?」


 何やら疑る様子のモナに平然と返答し、グラスを掲げて乾杯する。まずはちょっといいワインを飲んで、味わいを確かめておく。


 美味い……、半分しか飲めないのか……。


 モナと言えど、あげたくねぇ……。


「うん、なかなかのワインだね。人間の価値観を学んだ今の私なら、庶民が手を出せる中では少し高いものだとすぐに分かったよ」

「だろ? ちょっといいやつだかんね」


 こんなこと言うんだもん……。モナは世界一のワインだって毎日飲めるもん。


 さて、自分の機嫌は自分で取るもの。俺はオムライスを食べよう。


「では私も食事にしよう。偶然にもリアがオムライスを作ってくれたからね」

「…………」


 ……モナが虚空より、ふわふわとろとろのオムライスをテーブルに出現させた。


 神々しいくらいに輝いている。卵の質からして違うだろう。料理の腕前も明らかにプロ級だ。加えて皮肉なことに、ケチャップ味。


 いや、いけない。人には人のオムライス。俺のも美味しいし、あちらも美味しい。分かっていることだろう、コール。


 ということで、俺はスプーンを手にとっととオムライスを解して一口。


「……美味いっ! 自分好みだからやっぱウメェわ」

「それは良かった。では私も…………う〜ん、やはりリアのオムライスは美味しいよ。ほっぺたが落ちてしまいそうだ」

「ふ〜ん、俺も味見していい?」


 たった一口でモナを唸らせるリア様の味付けが気になり、一口所望した。


「いいよ? 試してごらん」

「んじゃ、どんなもんすかね……」


 寄せられた皿からオムライスを一口掬い、口に運ぶ。


「こっちの方がウメぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 人には人のオムライスってなに? 俺好みってなに? 全然こっちの方が美味しいのだけど。主食これでいいもん。


 圧倒的格差が判明したテーブルに項垂れて、リア様のオムライスに完全敗北してしまう。


「……《闇の魔女》様はマジで何でもできんだね。魔法に政治に、おまけに料理まで」

「うん、リアは本当に何でもこなしてしまうよ? それに私とハートちゃんのことが大好きだ。いつも凄く甘やかしてくれる」

「……日頃の感謝は伝えなさいよ?」

「うっ……そうだね、そうするよ」


 やはり完璧らしい。


「あの子は根が優しいからね。つい頼り過ぎてしまう。だから人間と百年契約なんてものまで結んだんだ」

「百年契約って、そもそもなんなの?」


 王国と《闇の魔女》リア様が結ぶ百年契約。百年の間はリア様が王国を統治するということくらいしか知らない。


「簡単に説明すると、百年だけ守護する代わりに王国の物は何でもリアのものになる」

「…………」


 いまいちよく分からない。《闇の魔女》様ならば取り引きなどしなくとも王国を手中に収めるなど容易である。


 本格的に暗くなって来たので、モナはテーブルのキャンドルに火を付けて続けて告げた。


「優しいだろう? 嫌っている人間側に何かしらのメリットを持たせるなんて」

「王国にリア様にとって価値のあるもんなんか……ある? タナカとか魔将が入り浸ってる国よ?」


 ファーランドに至っては、領主と都市長が同じ日に魔将と結託する都市だ。


 それとなくグラスのワインを飲み干し、話しているモナより多く飲もうと試みる。


「私達に別荘を用意する為だね。王国は海に山に湖に、それなりに栄えていて自然が豊富だから」

「…………」


 ……見抜いていたのかモナもグラスを飲み干して、ボトルを手に注ごうとする俺へグラスを寄せて来た。


 仕方ないので注いでやる。


 ボトルを置き、二杯目のワインを飲もうと考えるも、手にする前にグラス同士が当たる耳障りのいい甲高い音を耳にする。


「…………」

「…………」


 微笑で咎めるモナが自分のグラスを俺のグラスに当てていた。


 明らかにモナの方が注がれたワインが少ないことに、無言で不満を訴えている。


「……《嘘の魔女》様がさ、そんな小さいこと言うの? モナ様ともあろうお人が庶民に毒されちゃいけないよ?」

「賞金が入ったというのにワインを独り占めにしようとした君に言われたくはないね」

「食ってるものにこんだけの差があるのに、更に平等を求めようとしてんの? それを人は横暴っつうんだよ。だったらそのオムライス半分寄越せ」

「これはリアが私の為に作ってくれたモナさん用オムライスだ。それに取り込まれる栄養はほとんど同じだろう? 分ける手間がかかるだけだよ」

「幸福度が違うっつうんだよ。こんなっ、猿が作ったオムライスとリア様のオムライスとじゃあ幸福度が違うっつうんだよっ!」


 騒がしい夕食であるが、ウチでは珍しい光景ではない。こんな言い争いはしょっちゅうです。


「人には人のオムライスなのだろう? コール君が言っていたことじゃないか」

「コール? あいつまだ生きてんの? あんな馬鹿が言ってたことなんて忘れてしまえ」



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