第57話、《闇の魔女》リア
「仕方がないね、コール君は。そちらのオムライスだって充分に美味しいのに」
「あっ、上から言われてる気がする。そんな気がしている!!」
「被害妄想だよ」
オムライスの皿にスプーンを静かに置き、モナはおもむろに立ち上がる。
その時には既に《嘘の魔女》本来の姿を取っており、気配が一段とミステリアスなものとなっていた。
「少し席を外すよ」
♢♢♢
デューブック王国、首都ウェスティア。
荘厳に聳え立つ王城では、魔王のみならず魔将、そしてあの不死戦艦までもが討伐されたこともあり、夜からも緊急会議が開かれていた。
「……A級に上げるだけで済む話ではなくなってしまったわね」
白い円卓に唯一座り、報告書を読む《闇の魔女》リアが独りごちに口にした。
幼さ残る強気そうな愛らしい顔立ちと姉に似た女性的な身体付き。幻想的な長い白髪をツインテールに結び、純白のドレス姿に見惚れる出席者に構わず思考に没頭している。
(……魔王はハートが殺しかけたものを倒したと言うから納得できたのだけれど……)
同日に魔将二人と、伝説の不死戦艦……。S級冒険者パーティー並みの快挙である。しかも、それが魔王を討伐した冒険者達。
本人達の経歴や能力を調査したが、不可能とは言えないまでもとても達成できる能力値とは思えなかった。
「…………」
「発言を許可するわ。言いたいことがあるのなら言ってみなさい」
壁沿いに並ぶ者達の中にいた国王の内面を見抜き、リアが発言を促した。
「はっ、国王のコックォです」
「……あなたが国王だったかしら。私の記憶ではもっと痩せていたと思うのだけれど、代替わりでもしたの?」
「い、いえ、二十年前は痩せていましたけど……」
「そう、久しぶりね。元気にしていたの?」
「き、昨日もお会いさせていただきましたけど……」
小太りの国王にそれ以上は構わず、視線を資料に戻して無言で話を促した。
「その、ガッツという冒険者とマーナンという学生は国に取り込むのがよろしいのではないでしょうか」
「具体的にどうやって? 取り込んだ後はどうするのかしら」
コックォは鼻高々に理由や方法を話し始めるも、あまりにも聞く価値がないのでリアは魔法で彼の声を耳に届かなくした。
自分がいる間はこの王国は無事だろう。しかし百年契約が終わった後には破滅へ突き進むことになるかもしれない。
さして興味もないが、漠然とそのような考えが過った。
(本当にこの三人の功績であるのなら……ガッツはA級に、マーナンはB級に。このイチカという少女も含めて、金銭以外にも何か与える必要があるわね)
貴族の位などが主ではある。けれどそれを望む者ばかりではない。
最近は反魔女派の活動も活発化している。無駄な努力である上に、リアも含めて魔女達は構うつもりもない。
ないが、ファーランド近辺にも反魔女派が潜んでいるという情報もある。自分がファーランドに赴けばどうなるのだろう。
(……ふふっ、ファーランドは呪いでもかけられているのかしら)
また巻き起こる騒動の気配に心中で嘲笑し、人間の不幸を嬉々として笑う。
「――忙しいところすまないね」
「っ……お姉様っ?」
リアでさえ気が付かない内に、《嘘の魔女》モナが背後から彼女の肩に手を置く。
突如として現れた絶世の美女。
「《嘘の魔女》さまっ!?」
「なんとっ……!! あの《嘘の魔女》様がまさに目の前にっ!!」
「お、おでっ、お出迎えの準備をっ!! 早くっ!!」
「有り難や有り難や有り難や有り難や」
「…………」
驚愕し、感動に打ち震え、慌てふためき、崇め、失神するなど様々な反応を見せる人間達を、リアは臭いものに蓋をするように暗闇で隠してしまう。
「ごめんなさい、醜いものを見せてしまって」
「気にしていないよ。急に押しかけたのは私の方なのだからね」
まるで恋人に出会ったかのように身を寄せるリアに、モナは柔らかな笑みを浮かべる。
「お姉様とハートならいつでも来ていいのよ? それで私に何か用なのかしら。お姉様が人間の前に出てくることなんて滅多にないから驚いたわ」
常に優雅で気品溢れるリアだが、見上げるモナにはベタベタと甘えて離れない。
「うん、少しね……」
「何かしら、私にも話しにくいことなの?」
珍しく言い淀むモナに、リアは貴重な姿を見たと密かに歓喜する。
「その、先ほどのオムライスが凄く美味しかったのだけど、残りとかはないのかなと思ってね」
「…………」
照れる姉が可愛過ぎて、しかも嬉しいことを言うものだからリアの意識が飛びそうになる。
「今すぐに作るわ」
♢♢♢
顔を赤くして帰宅して来たモナは美少女の姿で、片手にはホカホカのオムライスを乗せた皿があった。
「ふぅ、やれやれ。リア相手とは言え、凄く恥ずかしい思いをしてわざわざ作ってもらったよ」
「おおっ!! マジ!? 全然食うよっ? 寄越しな?」
「…………」
出来立てを頂こうと、半分まで食べていた猿オムライスから神オムライスへと手を伸ばす。
だが揶揄う微笑のモナはオムライスを遠ざけながら対面の席へ歩いていく。
「君はこっち、私は新しいのを食べる。忙しい中で作らせてしまったのだから当然だろう?」
さっきまで自分が食べていた皿を差し出して、ほかほかのオムライスを食べ始めてしまう。
「……モナと俺の食いかけじゃん。まぁ、いいけどさ……あんがと」
「その感謝の言葉が一言目に出ていれば、違う結果になっていただろうね」
「俺、言ってなかった? 俺は素直に“ありがとう”できる子よ?」
モナは俺の目の前に数秒前の景色を映し出した。薄明るい魔力によりそのままの過去世界を作り出す。
『おおっ!! マジ!? 全然食うよっ? 寄越しな?』
口が悪い男が映っていた。
「寄越しなとか言ってるわぁ……。最低だな、こいつ」
「気を付けるんだね」
「うぃっす……」
また一つ反省して二つのオムライスで腹を満たし、上機嫌を取り戻した。
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