第58話、再来


 オムライス祭りの次の日。


 俺はモナに見送られていつも通りに家を出た。


 それは何故か。


 出勤しなければならないからだ。


 どんよりと沈む鉛色の空からは、今にも小雨がぱらぱらと降って来そうだが、出勤しなければならないのだ。


 賞金が出ようとも、蓄えにしたらもう無いも同然。働かなければ学費も払えない。


 ガッツとマーナンはもしや貴族になるのではとも言われているし、羨ましい限りである。討伐した魔王に加えて魔将、不死戦艦の報酬も貰えることだろう。それはもう大金だろう。


「俺もなんか金儲けのグッズでも作ってみっか……」


 以前にモナと旅行の話もしていたし、そもそもいつ飽きられるか分からない。行動は早い方がいいだろう。


 だが冒険者に同行することはあっても、キャンプしたりして本格的に大物を狙うなどはもちろん未経験。冒険者にとって何が必要かなど皆目見当も付かない。


「……まずは午前の業務を終わらせよ」


 最近はガッツの影響でギルドメンバーが増え、その中には近隣都市の若者も多い為、ポーションがかなり必要となっている。


 中堅以上の冒険者達がついでに採取して来ていた純薬草と魔草だったが、今では必ずお願いするくらいだ。


「あ、あの、ガッツさん! 私達も同行させてくださいっ!」

「足手纏いにはならないっす!! 喧嘩も負け知らずっす!!」


 ギルドに入るなり、ガッツが後輩の女の子達に囲まれていた。


「い、いやっ、俺は固定のメンバーがいるのだ……! そいつら以外との冒険は今のところ考えていないっ」


 見ない振りをしてさっさと受け付けに行く。見たくないものは視界に入れないに限る。


「おはようございます、シンシアさん。鍵、いいっすか?」


 受け付け嬢がもう一人増えているらしいが、俺はまだ会ったことがない。


 なので忙しさから一息吐いていたシンシアさんに錬成室の鍵をお願いした。


「おはよう御座います、コールさん。ちょっと待ってくださいね」

「忙しそうっすね。なんならポーション飲んでいいですからね」

「う~ん、朝だけは忙しいですね。お昼からはそうでもないんですけど……」


 鍵を受け取り、世間話もそこそこに二階へ上がる。


「さてと、仕事しますかね」

「お前は薄情にも程があるな……」


 野生の勘なのか俺に気付き、謎に同行したガッツが嘆息混じりに言う。


「え〜? ひょっとしてこのポーション係がそうなんですか?」

「なんか弱そう……」


 さっきの生意気な小娘等を連れたまま来てしまった。


 俺は錬成室に荷物を置き、ガッツも含めて四人を部屋の外に押し出す。


「馬鹿野郎っ!! ここに関係者以外立ち入り禁止って書いてあんだろっ!!」


 扉を叩きながら心を鬼にして新人達を怒鳴り付ける。


「……どこにも書いてないぞ?」

「今、俺が決めたんだよ。誰一人入ってくんなよ、この野郎」

「お、おい、俺はいいだろう?」

「関係者以外はダメだっつってんの」

「誰がどう見ても関係者だろう……」

「厳密に言えば俺以外の生命体は全て入って来んなってこと」


 新人達のポーションを大量に作らないといけない。暫くは喋りながら相手にしながらのポーション作製は禁じるべきだ。


「マーナンのアホにも言っとけ。入って来たら殺す……」

「ふむ、仮にどうなったら入れるようになる」

「……例外を認めていないんだから、俺の決意をへし折る程の例外が現れればてめぇ等の侵入も認めてやらぁ」


 それだけ言い捨て、扉を閉めて仕事に向かう。


 デスクへ移動し、早速シンシアさんが運んでくれた薬草の状態を確認。しかしあれだけ忙しいのなら次からは自分で持って上がることにしよう。これまでが頼り過ぎていた。


 今になって思うと、三ヶ月はこれを魔王タナカがやっていたんだな。不思議な心持ちだ。


「…………」


 フラスコを準備して、……しまった。いつもガッツに水を持って来て貰うから、また下に戻らなければならない。これも頼り過ぎだった。


 先に水を――


「――来た」

「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 背後の壁を突き破り、例外中の例外である《力の魔女》ハート様が現れた。


「は、ハート様……?」

「…………」


 白髪のショートカットに無表情で眠たげな面持ち。小柄な愛くるしいその少女。


 紛れもなく、《力の魔女》ハート様であった。


「どうしたっ、コール!!」

「いったい何が…………」


 例外が突入して来たからなのか扉を開け放ち、ガッツ達がやって来た。


「…………あっ、立ち入り禁止だった。失礼しましたぁ」


 そして最強ハート様を見るなり去って行ってしまった……。


 新人達などは顔面蒼白で、死神の鎌で二、三回斬り付けられた後のような面持ちであった。


「…………」

「ちょっと待って!?」


 ぼんやりとガッツ達が開閉した扉を見つめていたハート様だったが、明らかにとりあえず殺しておこうとばかりに歩み始めたので手を取って止める。


 モナはハート様が人間の見分けが付かないと言っていた。つまりギルドメンバーは言うまでもなく、そこら中の人間が標的となってしまうということだ。


「…………?」

「あ、死んだ……」


 小さな手から感じられる温かな感触が、俺に確実な死の到来を予見させた。


「…………」


 繋いだ手をじっと眺め、次に俺の顔をじっと見つめる。そろそろパンチが飛んで来て身体が消滅することだろう。《嘘》で生き返らせてもらえることを祈るばかりだ。


「…………今、何してた?」

「へ……? ……い、今っすか? あのぉ……自分はポーション職人なんで、ポーションを作ろうとしてました……」

「…………」


 独特の間を空けて会話をするハート様。マイペースである。


 会話をする……? 会話をしたら殺されるのではなかっただろうか。


「…………見たい」

「あ〜、作ってるとこ見ます?」

「…………」


 無言でこくりと縦に頷かれる。


 何故か手を繋いだままの会話も成立てしおり、一先ずは殺される事態は回避できたようだ。


「じゃあ…………あっ、そっか。ハート様、水が必要なんで俺はちょっと水を取って来ますわぁ」

「水ならある」

「えっ……?」


 ハート様が扉の方を指差すので俺も見てみると、ガッツの手らしきものが桶を扉から差し入れるのを目にする。


 下のメンバー達から、出て来ないでくれと暗に示されていた。


 おそらくは俺と親しいガッツが運搬役を背負わされたのだろう。


「……ハート様」

「……何?」

「おにぎりって言ってみてくれません?」

「おにぎり」


 すると暫くして、扉が開き……。


「うぃ〜、急いでて朝飯食えなかったからラッキー」

「…………?」


 謎の手により、おにぎりと豚汁らしきものがお盆に乗せられて差し入れられた。海苔で巻かれ、上に具材が少し乗っており何のおにぎりなのか分かるようにしてある。


「ハート様、お腹減ってません?」

「……減ってる」


 お腹を見つめてから返答された。空腹を実感したようだ。


「一緒に食べましょっか。……気が効くねぇ、ガッツ。豚汁二つあんじゃん」

「…………」


 俺がお盆を取りに行く際に離した手を少しの間だけ眺め、やがてコクリと小さく頷いた。手を繋ぐという行為が珍しい経験で新鮮だったのだろう。


 散らかったデスクを雑に押し退け、お盆を置く。


「ハート様の椅子、これでいいっすか?」

「…………」

「うぃっす、それじゃ食いましょ…………ってオォウっ!?」


 引いた椅子にハート様を座らせて、俺が視線をデスクに戻した時には既に六個あったおにぎりが…………消えていた。


「…………ほっ」

「いや、豚汁飲んでほっ……じゃないっすよ。どんなスピードっすか。そこの穴から投げ捨てるとかしないとそんな速度で消えませんって」


 しかしハート様の口元に付いたご飯粒や具材が、しっかりと食べたことを証明していた。


 更に再び扉を眺めて、ぽつりと一言。


「…………おにぎり」

「味を占めちゃったよ……」

「一つは塩だけ」

「それもう本格的に注文っすよ? 錬成室が個室のお店みたいになっちゃった。ていうか今度は俺にも食べさせてくれません?」


 ハート様は大食いであった。そして早い。


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