第59話、ガッツ、過去最高の危機に見舞われる
ポーション作成用に用意された桶の水で手を洗って貰い、お盆にあったお手拭きで顔を拭いて差し上げる。
普段から姉等に甘やかされているからなのか、されるがままのハート様だ。
「でもおにぎりに豚汁ってマジで美味いっすよね」
「……美味しい……」
ギルド【ファフタの方舟】の豚汁は具材豊富な大盤振る舞いで、どんぶりに入れられて出てくる。なので辛うじて難を逃れた豚汁を頂こうと思う。
……心躍る景色だ。
具沢山で豚肉の出汁も味噌汁に溶け込んでいて、これはもう汁物の傑作と言える。
「…………くぁ〜っ」
「…………」
飲めば味噌風味の旨さが広がって口の中は喜び、熱い汁が喉元を通り胃に収まった後も余韻が続く。
「んで、このね、具材は何が一番好きっすか?」
「…………これ、とこれ……」
「豚肉と里芋。さっきの塩おむすびといい、なんかちょっと渋いっすな」
大根にごぼうに
そんなわけで、大根を一口。大根を噛み締めると、その瞬間に大根自体の味と混じる染みた出汁が溢れ出す。
「おお、相変わらず美味い。……この汁の染みたホクホク具材を無秩序に食い散らかしてやる。意外とかき込むのも美味しかったりするし、それもやってやる」
食べる具材の順番とかをあまり考えなくていいのも豚汁の長所だ。
「…………」
「……ん? なんすか? あげませんよ?」
不安になって大好きな大根と蒟蒻の数を確認していた俺を、ちょびちょびと豚汁を飲むハート様が物珍しげに見上げていた。
だがハート様の返答よりも先に扉が僅かに開く気配を察した。
「おっ? ……めちゃくちゃ持って来たな」
再び注文されないようにだろう。
謎の手が三十個のおにぎりを乗せた大皿を、そっと差し入れて戻っていった。
「いや、ありがとうだけどさ……少し考えりゃ分かると思うんだけど、水とかいるんじゃね? 水分を豚汁でどんだけ補えると思ってる?」
具材で埋まる豚汁に水分という重荷を背負わせるガッツ達に苦言を呈してから、大きな皿を持ってハート様のデスクへ持っていく。
「こらこらこらこらこらっ!!」
持っていくまでもなく、俺が運ぶ間にもおにぎりを食べ尽くし始めるハート様。慌てて大皿を持ち上げて阻止する。
「…………」
「……お行儀が悪いし、何より俺も食べたいし、塩おむすびの列だけ狙い過ぎだし、俺も塩おむすびが一番好きだし、まだ朝飯食ってねぇし……」
伝わったのか伝わっていないのか、変わらない無表情で見上げるハート様だが、デスクへ俺が歩き出すとその後を付いて来る。
「んじゃ、俺も三つくらい確保しとこかな」
「…………」
ハート様が梅のおにぎりだけを三つ、大皿の俺の方へ置いた。わざわざ俺側にあった鮭らしきおにぎりを回収してから……。
そして俺へと視線を向けて、感謝の返答を待ってウキウキと跳ねている。
「……いやいや、ありがとうは言えませんよ? 梅、嫌いじゃん。同じの三つ渡されたら分かりますって。嫌いなやつを押し付けてるじゃないっすか。凄い…………ウッキウキで感謝の言葉を待ってましたけど」
「…………」
「膨れちゃったよ……。目論みバレて膨れちゃったよ。苦手を押し付けた上で恩まで売ろうとしてたよ、この人」
どこかの魔女とそっくりである。図星を突かれたものだから、頬を膨らませて拗ねてしまった。
「じゃあ、こうしましょ。塩おむすびを一つください。俺って梅も好きなんで、それ四つで充分す」
「…………」
好物の塩おむすびをじっと見つめて悩み始める。一個だってあげたくないのにという感情がひしひしと伝わってくる。
ハート様は悩んで悩んで、悩み続けて…………目を閉じた。悩みのあまり寝入ってしまった。
「答えが出ないから寝ちゃったんだけど……。……仕方ねぇなぁ、勝手に食うわけにもいかねぇし、諦めるか」
「っ…………」
俺が諦めを口にした瞬間、ハート様がおにぎりを爆速で食べ始める。
「うわっ、やられた!! この人けっこう策士だよっ!」
愛くるしい顔で眠たげな表情は変えずに、両手のおにぎりを絶え間なく平らげている。
今回はまんまとしてやられてしまったらしい。
まぁ、いい。俺はいつでも食べられるし、塩おむすびはハート様に譲ってあげよう。
俺は俺で、梅おにぎりと豚汁に集中だ。
ちょっと……申し訳ないけど、おにぎりの米と豚汁を味わいたいから、三角の端を齧って梅に辿り着かない食べ方をさせて貰う。
「…………」
……口を刺激するあの酸っぱさ。食堂のおばちゃん、焦って作ったな。角に梅が寄ってしまっていた。
しかしこれはラッキー。先に梅おにぎりを堪能して、完全なおにぎりとして豚汁と食べられる。改めて天辺にはみ出た梅部分を食い、安定の味に納得。
「あむっ……」
それから純粋おむすびを食べ、満を辞して豚汁を飲む。
「……いやもう、化け物コンビ」
相乗効果が過ぎて口の中が病み付き状態だ。
ゆっくり味わうとかそんな余裕もなく、どんぶりを傾けて箸で具材も掻き込んで一心不乱に食い進める。おにぎりも挟みつつ、大根の数だけ気にして食べ続ける。
「……ん〜っ、背後に穴が空いているとは思えん幸福感」
そろそろ次のおにぎりに手を伸ばそうかと考えた頃に、気付かれないよう静かに扉が開く気配を感じた。錬成室の主は欺けやしない。
「水を持ってくるだけでどんだけかかってんの? 裏で俺の悪口でも言ってたんだろ、どうせ。ねぇ、ハート様…………あれ!?」
右隣に目を向けるが、そこに少女の姿はない。慌てて辺りを見回し、彼女を発見した。
「…………」
「っ……!?」
丁度、水のジョッキを差し入れたガッツの腕をガシッと掴み取っている場面を目撃してしまう。
戦慄の瞬間であった。
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