第60話、魔女とポーション
開いた扉の下の方から差し込まれた腕を、中腰で掴み止めてしまったハート様。
言うまでもなくガッツと言えど少し握り込まれるだけで、仮に〈勇者の魂〉でどの勇者を引こうとも腕は千切れとんでしまう。
「ハート様!? それ、アホだけど見逃してやっちゃあくれませんかっ? すんごいアホだけど害はないっす!」
「っ……、っ……!」
不死戦艦を単独で壊滅させたガッツの腕が異常なほどに震えている。手汗もかいて、絶体絶命の状況に慄いていた。
「…………」
何を思うのか感情の伺えないハート様はその高速振動する腕をただ凝視している。
魔女らしく恐れ慄く様を楽しんでいるのだろうか。
「…………」
「っ……!! ッ――――」
するとふとした瞬間に手を離して解放され、ガッツの腕は扉の向こうへ慌てて引っ込んだ。
「ふぃ〜、あざっす」
ガッツが命乞いなどの会話をしなかったからなのか、理由は不明ながら窮地は脱したようだ。
今日のところは俺も殺される気配はないし、ハート様はモナと同じく気分屋なのかもしれない。
「ん? おっと……?」
「…………」
今度は先程のように俺と手を繋いで来る。小さくか弱い少女の手に柔らかく握られる。
これがかの《力の魔女》の手だとは、感触だけでは決して分からないだろう。
既に桶で手を洗った後らしく、少しだけひんやりしている。
「…………」
ハート様は繋いだ手を興味深そうにじっと……見てから何を思ったのか、ゆらゆらと揺らし始めた。
「……うぃ〜、楽しそうじゃないっすか」
俺も同調して手を揺らしてみた。腕を引っこ抜かれかねないが、握られた時点でどうなるか分からないのだから直感で生きよう。今日はきっと許されているに違いない。
「……楽しい……」
「おっ、良かったじゃないですか。おにぎり食って豚汁飲んで、おまけに楽しいなんて相当ツイてますね、ハート様」
ほんのり照れているように見受けられるハート様が、ぼそりと口にした『楽しい』という発言に俺の口元も綻ぶ。
楽しいを表現するゆらゆらだったようだ。
「うぃ〜、じゃ、さっさと食ってポーション作りましょうかね」
食事の後はハート様に手伝いをしてもらいながらポーション作製した。
「マジ、ポーションに関しては任せてください。ポーション以外は鼻垂れ小僧なんすけど、ポーションだけは毎日作ってるんで」
「…………」
「はい、よろしい」
隣り合って椅子に座り、大人しく話を聞いて首肯する魔女様。
「魔法は俺がやるんで…………、この棒でぐりぐりしちゃってください」
「…………」
「うん、あの……俺じゃなくてね?」
薬草をすり潰す用のすりこぎ棒を渡すと、迷いなく俺の頬をぐりぐりし始めた。
「対人用の棒を渡すわけなくないっすか? だってここは錬成室。知能と技巧がものをいうお部屋なんだから。現に棒を俺に使ったって豚みたいな呻き声しか生まれなかったでしょ?」
「…………」
「そう。
まさかこれ? みたいな顔をして草をひっ掴むハート様。
「……違う違う違う違うっ!」
完全に理解したとばかりに、薬草を俺の頬に押し当てて親指でぐりぐりし始めた。もはや棒は意味を成していない。
「…………冗談」
「あ、あらま、可愛い冗談だこと」
「やってみた……」
「うぃ〜、ナイストライ。どんどん挑戦していきましょ」
イチャイチャしてね? モナの妹とイチャイチャしている気がして来た。
俺のどこが気に入られたのか分からないが、どうやら波長が合うように思える。
改めてやり方を伝えると、棒が握力で破裂した点以外はスムーズに作業してもらえた。
「……また来る……」
昼前になると、ペットが待っているから帰ると仰られた。
「うぃ〜っす。今度は壁を壊さないように来てくださいね」
「分かった」
可愛く分かったと言いながら、ジャンプして天井を突き破って帰宅された。
確かに壁は壊れていない。とんちの効いた魔女様であった。
「……もうここ立派な屋外だね。いやぁ、タナカを瞬殺する魔女様だもんな。すっげぇの……」
「帰られたか……」
最早、関係者以外立ち入り禁止なんてルールなどない。何故ならここは屋外だから。
天井から空を見上げる俺へと歩み寄るガッツは一人であった。
「……あいつらは?」
「辞めたぞ。新しく入った者達のほとんどは今の間に辞めて帰っていった」
「鮮烈だったもんな。……じゃあ、ポーションはいつもの分くらいでいいな。仕事終わってんじゃん」
何故か、いつものメンバーに戻ったと言うガッツは嬉しげだ。
「天井から……塞いでいこっか」
「そうしよう。マスターが起きれば復元魔法で直してくれる筈だから、とりあえずは何かで覆っておけばいいだろう」
今日も死にかけた者同士、仲良く生きています。
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