第61話、見栄を張りたい者達


 次の日は隣のギルド【マドロナ】のポーション係であるヤクモと、学園の授業終わりに出会ったのである話をしていた。


「食べる、ポーションですか……?」

「なんか良くね? 小腹も膨れて回復もできるじゃん」


 ガッツが依頼中に腹が減ったとよく言うので、閃いたのが食べるポーション。


「……聞いたことはあります」

「えっ、もうあんの? こんな天才が他にもいるの?」

「はい、ですが傷などを回復する効果はなくなるようです。体力を回復して栄養も補えるということで、合戦などの機に食べる陣中食として活用されたのだそうです」

「なんだぁ、あるのかぁ。しかも怪我を回復できないんじゃあなぁ」


 落胆するも先人達の知恵を聞き、また一つ勉強になった。


 二人して錬成科の校舎を出て、一風変わった学園の雰囲気を目の当たりにする。


「……ファーランド史上一番盛り上がってんじゃね?」

「あり得るでしょうね。何故なら、魔女様が直々に訪れるなどそうあることではないからです。しかも大人気の《闇の魔女》様ですからね。まだまだ盛り上がることと思います」


 それだけ魔王討伐というのは快挙なのだろう。


 一度だけ観光で行った首都ウェスティアのパレードを彷彿とさせる賑わいと飾り付けだ。無論こちらは、あちらよりも小規模ながら都市を上げて学園を盛り立てている。


「だってこんなところに芝生なんて無かったもん。緑の丘みたいな感じで踏ん反り返ってるけど、ここ先週まで紙飛行機測定場とかいう謎のスペースだったからね?」

「酔った学園長と教授が作ってそのままになっていたらしいです」

「うちの教師陣に職権を持たせていいのかな。スイカの種とかで充分よ、あいつらはもう」


 少し離れた場所で、ローキックバトルを繰り広げる錬金魔法科と風魔法科の教授達へと冷めた目を向けながら言う。


「……この後はどうすんの? ギルド?」

「いえ、既にギルドで作製すべきポーションもハイポーションも作り終えています。なのでどこかでお昼を頂いてから、友人と薬草屋のハブさんのお手伝いに向かうつもりでした」

「優秀過ぎん……? ハイポーションなんかそんなポンポン作れるもんじゃないっすよ? 魔力だけでも俺の三倍以上なのに、作業速度も正確さも……こんなイカれた都市には勿体無い逸材じゃん」


 魔王に次いで領主と都市長に狙われた俺は、ファーランドの評価を著しく下げていた。眼鏡に付いた指紋よりも嫌いだ。


「コールさんは……どう、されるのですか?」

「俺? 俺はギルドで仕事しようと思ってたけど、学園を見て回ろっかなって。俺の知るファーランド魔法学園じゃないから、ちょっとだけ興味が出て来た。当日は人が多くてゆっくり見て回れないだろうし」


 遠慮がちに問うて来たヤクモにそう答えるもその実、遥か向こうに姿の見える知人に関心があるだけであった。


「私も、お供してよろしいでしょうか……?」

「いいに決まってんじゃん。一緒に見て回ろっか」

「……はいっ!」


 可愛げがある。どこまでも純真無垢で真面目、優等生と来ている。


 黙っていても寄って来てしまうどこかのアホ二人とはまるで真逆じゃないか。不快感が全くないもの。それどころか爽快感すら感じてしまっている。


 ということなので、ヤクモと共に気になっていた者に歩み寄っていく。


 途中、火魔法科の塔近くで炎の小鳥を呼び出して的を射抜く生徒達を目撃する。何かの試験みたいで、教授が一人一人採点している様子だ。


「……火魔法ってカッコいいわぁ」

「コールさんは〈着火〉が使えるので、火魔法を扱える最低限の素質は持っている筈です。受講されてみてはどうでしょう。思わぬ才能が開花することになるかもしれませんよ?」

「う〜ん、そうねぇ……」


 以前、モナに質問したことがある。


 “えっ、俺って火魔法の天才じゃね? 一発でできたんだけど!”と、そうしたら“うん? それはそうだろうね。君の〈着火〉は私が無理矢理に使えるようにしているだけだもん”……。


 という所詮は仮初の素養である。


「……いや、やっぱり俺はポーション一筋だな。誰かを陰ながら助ける方が性に合ってるわ」

「コールさん……」


 コールという凡人が自惚れた過去を思い出し、恥ずかしくなって後頭部を掻きながら答えた。


 ヤクモの微笑ましいとでも言いたげな笑みが唯一の癒しだ。


「私も同感です。コールさんの持つ底抜けの優しさと森林を思わせる大らかさは、あなただけの宝物でしょう。他の誰も持ち得ないあなただけの個性です」

「それ、どこのコールさん……?」


 俺の知るコールとはかけ離れたコール像に辛抱堪らず訊ねた。


「あ、あなたのことですっ……! ご自覚くださいっ!」

「褒めてくれてありがと。でも今から醜いコールさんを見せることになりそうだよ。静かにしててみ?」

「…………?」


 それなりに歩いて来た。校舎を三つくらいは通過した。


 はい、では耳を澄ませてみましょう。


「先輩っ、あの伝説の不死戦艦まで倒したって本当ですかっ!?」

「あっ、それも知りたいですっ! あと付与魔法で魔将をやっつけた話もお願いします! 先輩は付与魔法科の英雄です!」


 女生徒達が口々にそのおどおどとする女魔法使いを取り囲み、関心深く囃し立てている。


「そ、そんな大層なことはしてないです……。……ただ、魔法だけではなくてガッツさんとマーナンさんに指示していただけです」

「司令塔ってことですかっ!?」

「そう言ってもいいです」


 はい、イチカ司令塔ご苦労様。


「魔将セカドが現れた時、素早さを目にした私はすぐに魔法を駆使する選択肢を消したです」

「っ…………」

「そこでガッツさんの切り札を切ろうと判断したのです。全滅すら有り得るデメリットが大いにありますけど、それは私が責任を持って対処するしかないです」


 息を呑む後輩達を前に、気弱なイチカちゃんはいない。湯水の如く饒舌に語っている。


「こ、怖く、なかったんですか……? そんな魔将を前に、リスクが……あまりにも……」

「確かに怖かったですけど…………、やらなければ勝機は見えて来ないのです」

「っ…………なんという度胸なのでしょう」


 風格を漂わせて、渋顔を見せて後輩に戦場を語る。


「魔将フォスの時がまさにそれです。フォスは魔将の中でも特に強かったです。なので私はガッツさんに切り札を使ってもらい、暴走するガッツさんの前に躍り出て――」

「…………」

「で、て…………」


 身振りまで加わったイチカちゃんの真横に立ち、俺も解説を間近で聞かせてもらう。


「あわわわわわ……」

「君、凄いね。何が凄いって………凄いよね」


 顔を見合わせて事態を飲み込まれずにいる付与魔法科の生徒達だが、俺は顎で指し示して同行を命じた。


 居心地のいいものでもないので、ヤクモに目線を送り先んじて一緒に歩み始める。


「ラジャーです……」

「い、イチカ先輩っ、行ってしまうんですか? もっとお話を聞かせてくださいっ!」

「す、すみません……。ちょっとこの人とお約束があるのです……、ではまた」


 背後でそんな会話がされるのを聞き、その後にとてとてと駆けてくる腹黒魔法使いの気配を感じる。


「分かるよ? 後輩の前でいい格好したいもんな。イチカちゃんの気持ちも分かるよ」

「な、何かお飲み物でもいります……? すぐに持って来るですよっ?」

「でもバカタレがぁとも思うよ?」

「すみませんですっ!!」


 腰を直角に曲げて堂に入った謝罪を見せるイチカちゃん。


「……俺は細々とポーション職人するつもりだし、手柄には拘らないけどさ。俺がやったことで他人が得するのは許さねぇぜ?」

「ちょっと魔が差しちゃったです……」


 まだ言いたいことはあるが、顔を上げたイチカちゃんは反省している面持ちであった為に矛を収めた。


 収めた矢先であった。


「強大なるフォスを前にして浮き足立つコールに我は迷わず叫んだ。……狼狽えるなっ! ガッツにアレを使わせるのだっ!!」

「凄いっす! マーナンさん!!」


 収める寸前であった矛が火を噴きそうだ。

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