第62話、負の感情を制御せし者
見慣れたおっさんがいるので、足を止めてみた。
「……私もあんな感じだったです?」
「そうですよ。人の振り見て我が振りを直しましょう」
「はいです……」
やんわりとヤクモに諭されるイチカちゃんが再び、男子生徒に囲まれるおっさんを見る。
「引き当てた勇者には理性がなく、我が囮をするしかない。無論、擦りでもすれば肉片と散るだろう」
「っ…………こ、怖くはなかったんですかっ?」
その場の緊迫感を表情で物語るマーナンは、その質問を鼻で笑って続けた。
「恐怖などという感情を我は持ち合わせていない。そもそも真の闇魔法使いたる者、負の感情は完全に御さなければならないのだ。どのような突発的な問題が起ころうとも己がコントロール下から離してはならないと知るがいい」
「な、なんという精神力……!! 魔王討伐は偶然ではないという証明だっ!!」
「それが顕著に現れたのが、不死戦艦へとガッツを誘導した時であった」
これが魔王討伐の立役者のすることである。
男子生徒達の背後に立ち、マーナンの視界に入る。
「不死戦艦へ誘導っ!?」
「予兆を確認後、即座に我は駆けた。仲間を背に、託された思いを胸に、山脈の如き不死戦艦へと立ち向かぁぁ〜ったぁよぉ〜…………」
冷静沈着そのものに語っていたマーナンが、腕組みして真顔で佇む俺に気付いた。
汗が噴き出し、目を疑うマーナンへ呼び出しをかける。
「来い、カス野郎」
「う、うむ、よかろう……」
せめてもの慈悲でイチカちゃんと同じく訂正はせずに、マーナンだけを連行する。
「お、おいっ、貴様っ!! 都市の救世主になんという無礼なっ! マーナンさんに失礼だろう!!」
「いやっ、あの、この者は別に、あれだから……!」
無礼に怒り心頭に発する生徒達だが、俺だって言いたいことだらけだ。
マーナンが止めているみたいなので、振り返ることなく歩いていく。
「待てっ! ガッツさんと協力し、あまつさえ不死戦艦に立ち向かったマーナンさんに謝れっ!!」
「それアレなやつだから!! 我が上手いこと収めておくから! 今日のところは下がるのだっ、才能秘めし若き学生達よっ!」
お前も学生だろうに、教授面である。
ズンズンと突き進む俺は、学園の新しくできた芝生エリアの端に二人を正座させて話をすることにした。
「お前ら、なにっ!? 俺のいないところであんなことやってんの!? 恥ずかしくねぇの!?」
「二人とも、コールさんでなければその場で恥をかいていたところですよ。猛省が必要かと」
事情を知っているヤクモは自分のことでないながらも、少し憤慨の様子だ。
「いいんだよ、手柄なんかさぁ。誰が知らなくてもいいんだよ。でもさぁ、お前らの中には残ってて欲しかったね! 俺の影を抹消して自分を置き換えるなんて真似はして欲しくなかったね!!」
久しぶりに真っ当な説教を説いている気がする。間違っている気がしないもの。
「コールよ、一つだけ言わせてもらう」
「何だよ……」
非の打ち所のない説教を受けても何故かマーナンはそれでも胸を張って主張を求めた。
発言を許可するとマーナンはやけに熱の込もった口調で告げた。
「我だってあんな感じの偉業が欲しいのだっ。危険を顧みずに立ち向かう感じのやつが欲しいのだっ……!!」
「もう直球じゃん……。……いいよ、今度からお前がやれよ。俺はもう二度とごめんだから」
「できんっ……!! 怖いっ……!!」
こいつ程に愉快な人間が、この世にいるということが未だに信じられない。
険しい表情で堂々と『怖いからできないっ……!! けど偉業だけは欲しいっ!』と言ってのける。しっかりと恐怖している。こいつが負の感情を制御する日は遠そうだ。
「我とイチカとやらは、不死戦艦が恐ろしくてちょっと遅めに歩いていたくらいなのだぞっ……!」
「そうなんっ!? さっさと駆けつけろよっ!」
驚愕の事実がこの日になって明るみに出て来た。
「ったく……もう言ったけど、イチカちゃんもよ?」
「はいです……。あの日はあまりお手柄がなかったもので、つい……」
「ボスウルフがいなかったら俺等も都市も終わってたじゃん。イチカちゃんのお陰で助かってんじゃん」
「ボスウルフなんて雑魚です……」
「あいつ実はかなり強い魔物だかんね? パンチとかヤバかったからね?」
意気消沈するイチカちゃんは自分の功績を理解していないようであった。
「はぁ……気ぃ付けなさいよ。今この学園では、お前ら二人が猛進勇者ガッツの囮をしてたことになってっからね? 二人で仲良くガッツから逃げてたことになってるからね?」
口煩い説教は終了と立ち上がるよう手を振り、昼飯でも誘うことにした。
「折角だし暇ならみんなで飯食いに行こうぜ。まだ食べてないっしょ?」
「うむ、では昼餉に参るか。供をするのだ」
やはり瞬時にいつものマーナンへと戻ってしまったが、引き摺られるのも気持ちが悪い。
イチカちゃんもだが、どうせ反省しないのも分かっている。
昼食は美味しいものでも食べて気分を入れ替えよう。
「……あん? なんだ、アレ……」
「どうした、慈悲深き友よ」
「いや、アレ…………なんだ? 何してんだ?」
ふと目に付いた。本当に偶然、たまたま目を向けた先にあっただけだ。
名称は覚えていないが、魔道具などを保管する建物の屋上に人影があったのだ。
「なんか怪しくね? 杖、かな……棒切れ抱えてあからさまにキョロキョロしてるけど」
これでもかと周囲を見回しながら、杖を抱える女性らしき人影。
というか、泥棒。
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