第63話、禁忌の杖フーエルステッキ


「……どこですか? ……あっ、アレですね。確かに……どこからどう見ても職員には見えません。狼藉者でしょうね」

「犯罪の香りです……」


 俺の指差す方を確認した者はやはり盗人という認識を抱く。


 するとピチピチの装いをした女性が抱えている杖を目にしたマーナンが、小さく呟いた。


「あれは…………もしや“フーエルステッキ”か?」

「フーエルステッキっ!? 大事です!!」


 何やら有名な棒切れらしい。マーナンの呟きにイチカちゃんが真っ先に驚愕を表した。


「フーエルステッキって何。ヤバいの?」

「めちゃくちゃヤバ〜い。簡単に言うと、魔法も現象も物質も何でも増やしてしまう。もっと簡単に言うと、我の〈闇黒の月ブラックムーン〉を魔力消費なく百個でも二百個でも千個でも増やせてしまう。金貨も宝石も同様。果てはない」

「物凄いヤベェじゃんかっ!! それが盗まれようとしてんの!?」

「うむ。あれは世の摂理に逆らう禁忌の杖である為、厳重に厳重を重ねて保管してあった筈なのだがな」

「だがな、じゃねぇ! 行くぞ!」


 見つけてしまったのなら無視するわけにもいかない。マーナンの背を押して駆け出した。


 それだけ強固に封じてあったフーエルステッキを持ち出したということは、かなりの腕を持つ盗人ということになる。


「もう事件は懲り懲りなのに、許さねぇからなっ」

「フーエルステッキは流石に持ち逃げされるわけにはいかん。そうも言っていられないだろう」


 道中にどこかの魔法科の教授がいればいいのだが、今に限ってその影は見当たらない。


「コールさんっ、私は教員にこのことを知らせて参りますっ!」

「うわっ、まともな人ってこんなに頼れるもんなの!? あんがと、頼むわっ!!」

「お任せをっ!」


 誰よりも先に自分のすべき役目を名乗り出てくれたヤクモを見送りながらも、保管庫らしき建物へ走る。


 遠くにあるように思えていた施設だったが、走れば殊の外に早く辿り着けた。


 盗人は未だに何やら脱出手段を迷っている様子で屋上にいる。


「あいつ…………帰りのこと考えてなかったの? そんなことある?」

「もしくは何か予想外なことがあったのかもです……」


 屋上でウロウロする盗人を下から眺める。


 するとやがて…………盗人の女が見上げるこちらに気付いた。


「あっ、気付いた…………お〜い、さっさと降りて来い。腹減ってんだから。あと単純に俺の生活圏内で悪いことすんな。他所でやれ」

「っ……、っ……!!」

「シッ、シッ、じゃねぇよ。そんなんもうなんか、初恋とか思い出して止めてみよ? なっ?」


 手を振って立た去れと求める盗人猛々しい盗人に、交渉人コールが挑む。


「…………」

「あんたにだってあっただろ? 甘酸っぱいあの青春の日々。未熟でも輝いていた僕たち私たち」

「…………っ」


 涙を拭いながら首肯し、在りし日の懐かしい思い出に浸る盗人。


 友達と馬鹿したあの日。初恋に胸を躍らせたあの時。悔しくて歯を食いしばったあの帰り道。


「みんな同じなの。あの頃のお前さんはどこに行ったのよ」

「…………」

「社会に出てさぁ、変わっちまうんだよな。みんな薄汚れていくんだよ。人の悪意とかに塗れて歪んじまうんだよ。でもさぁ、綺麗だった頃の私を思い返してごらん?」


 俯く盗人が想起するように目を閉じる。


「うぅっ……」

「ふむ……」


 溢れる涙もそのままに俺の話に耳を傾けるイチカちゃんと、顎を撫でながらフーエルステッキから目が離れずにいる人の心を持たないマーナン。


「今のあんたの姿を望んでるかい? 思い描いた自分になれているかい? 過去に帰れるとしたらさ、あの頃のお前さんに面と向かって会えるかい?」

「…………」

「まぁ、結構前そうだから思い出すの難しそうだけど、頑張って――」


 俺の目の前に火球が撃ち込まれる。まるで隕石を思わせる迫力であった。


「うおおおおおおっ!? 盗人の癖に強いじゃんかっ!! 退避ぃぃーっ!!」

「コールっ、この貴様ぁ!! 何故いつも一言多いのだ!!」

「つ、つい口が滑っちゃったの。普段はあんな失礼なこと言わないのに何でだろ……。お腹が減ってるからかも……」


 近くの奇妙なモニュメントの裏に三人で慌てて隠れる。


「…………ヤベ、何か怒りで踏ん切りが付いたみたい」

「あっ、躊躇っていた理由に納得です……!」

「え、なになに、どうして?」

「見ていれば分かるです」


 盗人が逃げない理由に察しが付いたイチカちゃん。視線を戻せば盗人は見るも大きな布を両足首と手に結び、風に乗ってムササビの要領で飛び立とうとしている。


 そう言えば、ステッキはどうするつもりなのだろう。


「………………っ!!」


 女は暫くステッキを見つめるも、顎と首元にステッキを押し込んだ。


 盗人の顎は二重顎のようになり、女性なら気にしてしまう人もいるのではと思える状態となる。


「……盗人が見た目なんか気にすんじゃねぇよ。自らの行いの方を恥じろって」

「論破なり」

「おうよ。やられっぱなしのコールさんじゃねぇもんよ」


 とマーナンと二人で言っている間に、盗人が華麗に飛び立った。


 世間を騒がせる大泥棒さながらの跳躍から、背にある風呂敷を手足を用いて広げる。


 風に乗った盗人は…………そう言えば今日って風があんまり吹いていないな。


「悲惨ですぅ……」

「…………」


 そのまま真下にふわふわと落ちていく盗人。


 俺は痒くなった鼻の頭を掻きながら半分くらいまで見守ると、隣へあるお願いをした。


「……イチカちゃん、そろそろ〈減速スロウ〉いってみよっか」

「あっ、そうでした……! ―――〈減速スロウ〉っ!!」


 緩やかに落下する間際に、イチカちゃんのパワフルな〈減速〉が炸裂した。


「っ――――!?」


 なんの苦もなく、盗人が減速空間に囚われてしまう。


 あっさりと無力化できてしまったので、散歩気分で歩み寄る。


「…………ぷっ! この人、散々気にしてた二重顎が長引く羽目になってんじゃん!」

「ふはははははははははははははぁ!!」

「笑い過ぎ笑い過ぎ…………ぷふっ!! なぁーっはっはっはっはっは!!」


 禁忌の杖を持ち逃げしようとした盗人を、マーナンと揃って大爆笑する。


「あ、悪魔です……。悪魔が二人いるです……」

「…………」


 ゆっくりゆっくりと女が激憤に塗れていくのが仮面越しにも伝わってくるが、別にどうでもいいので笑いで世界を温かくする。


 しかし次の瞬間、事態が急変することとなる。


 女の二重顎が持つステッキから、光線が照射された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る