第64話、学園長、遅刻する


 女が二重顎になって挟むフーエルステッキから、光線が照射された。


 光線は減速空間にあるカボチャをくり抜いて作った飾り物を照らす。


 するとすぐに、カボチャがもう一つ現れた。


「えぇっ!? 本当に増えちゃったよ!?」


 更にステッキから出る光線を当て続ければ、二つ、三つと加速度的に増加する速度も増していく。


「下がるのだっ、コール!!」

「下がるです……!!」


 既に逃げ始めていた二人に言われるがままに後退し、再度モニュメント裏に隠れる。


 あっという間に減速空間を埋め尽くすカボチャが、ついに溢れ出て来てしまう。しかし勢いは増すばかり。


 辺りには騒ぎを聞きつけた生徒や教授達がやって来てはいるが、カボチャの波により近づくことができないようだ。


「おいおいおいおいっ!! 農家さんが職を失っちゃうよぉ!?」

「ヤバいですっ!! そろそろ〈減速〉が解けてしまいますっ!!」

「何っ!? おのれ、あいつだけは逃がさないようにしないとっ……!」


 姿を見失わないようにカボチャの密集地帯を注視する。


 だが減速空間が解除された瞬間、中に生まれたカボチャ達は花火を思わせる勢いで飛散してしまう。


「うおわっ、危ねぇ!!」

「ぬぅぅぅぅ!! 〈暗黒に沈めブラックネス〉っ!!」


 カボチャの弾丸にカボチャの雨霰が辺りを一瞬にして騒乱状態に陥れる。


 俺達はマーナンの暗黒魔法によりカボチャを蹴って粉砕するも、視界の確保は難しい。


「きゃあーっ!? カボチャの祟りよぉ!!」

「よく聞きなさいっ! 先生はもう先に逃げるから学生達も独自に避難しなさいっ! それだけっ!」


 耳を疑う叫びが聞こえるもファーランドならば有り得る。


 さして驚きもせず、走り去る盗人を微かに目にする。どうすることも出来ず、無念に思いながらもカボチャの嵐に巻き込まれ、敗北を余儀なくされた。


 こうして、ファーランド魔法学園は謎の盗人により禁忌の杖であるフーエルステッキをまんまと盗まれたのであった。


 それから俺達は教員に事情を説明し、また君達かなどと言われたものだから大声で威嚇した。素直に謝られたので引き続き協力することとなるも、


「遅くね? 舐めてね? 事件も俺等も」


 学園長が施設に到着したのは、それから一時間も後のことであった。


 施設の中でただ待つ俺達の身にもなって欲しい。


「……頼むから先程のように突然叫び出すなんて真似は控えてくれよ? 相手は学園長なのだからな?」

「うぃっす」


 教員に釘を刺されてしまった。


 歩いて来た学園長は長い白髪に長い髭。無論、モナとハート様のような神秘性は皆無。ただのジジイのくすんだ白髪だ。


 高級そうな魔法使いのローブを身に、厳かな雰囲気で…………俺達の前を通り過ぎた。


「あの、学園長、この子達から事情を聞いてはいかがでしょう……」

「待ちなさい。まずは現場をこの目にせねば。儂はいくつもの封をしておいたのだから、おそらくは偽物を持っていっているに違いない」


 カボチャがこれだけ散乱しているのに? 今し方、歩きずらそうに避けながらやって来ていたじゃないか。きちんと報告とかされているのか……?


 すると学園長は部下を連れて地下への入り口から階段を降り、下へ潜っていった。


『…………えっ!? マジ!? ホントに持っていかれてんじゃん!! え〜っ、マジぃぃ……? 何をやっとるんじゃ、ここの連中はぁ』

『学園長の結界も見事に破られていますな』

『なんだよ、おい。儂とやんのか!? おいこれどうすんだよ!! これじゃあお前、《闇の魔女》様に叱られちゃうじゃん!!』

『研究用に王国から借り受けたものですからなぁ……。まっ、学園長は間違いなくクビですな。後は私が引き継ぐことになるでしょう』

『ふざけんなっ!! こんだけいいご身分をそうそう手放せるものかっ!! そうだっ、お前! お前のミスな、コレ!』

『は、はぁ!? 爺ぃ、ふざけんなよ!! やるならやってやんぞ!!』

『おっ? やるか? おっ? 儂とやるってか?』


 醜い言い争いが地下から反響して聴こえて来る。


 けれど大きな騒ぎをする音が収まり、暫くして二人が上がって来た。


「ふむ、確かに本物のフーエルステッキが盗まれておった。かなりの腕利きによる犯行じゃ」

「…………」


 髪の毛も髭もボサボサにして、掴み合いの喧嘩による余韻を完全に残しても厳かに告げられる学園長。


「学園長、こちらの生徒達が真っ先に異変に気付き、泥棒の足止めをしていた者達です」

「ふむ、それは勇敢な振る舞いじゃ」


 学園長はやっと俺達に感嘆の眼差しを向け、激励と感謝を口にする。


「…………えっ、またおたく等なの?」

「おおおおおおおおおおおおおおおおいっ!!」

「なになになにっ……? なんなんじゃ、一体……。……怖い怖い、ひょっとして若者特有のアレぇ? 若さ故の破壊衝動……?」


 おふざけの過ぎる学園長による言動の数々により、鬱憤が破裂して威嚇してしまった。


「本当に偶然、気が付いたんです。犯人は女性で、二十代……後半くらいじゃなかったかなぁ。体型はスリムでした。あと、背丈は俺くらいっす」

「急に冷静になるのが特に怖い……」


 捜査協力は都市に住む者の義務である。早急な犯人逮捕の為に情報を提供した。


「……こほん、ご苦労。ではもう少しここで待って――」

「うぃ〜っす、じゃあお疲れ様でした。失礼しま〜す」

「おおぅっ!? 待ってみんか……! 何か怒っとるのかの……?」


 お腹がぺこぺこだ。三人を連れて遅めの昼食に向かった。



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