第65話、遠足前日は眠れないタイプ


 明日には《闇の魔女》様のファーランド来訪を控えたこの日、俺は午前中にポーション作製も終えて食堂でポーション片手に一息吐いていた。


「お疲れ様っ、コールちゃん」

「あっ、ういっす。ドナガンさんはこれから依頼っすか?」


 我がギルドの良心であり、メンバー唯一の常識人でもあり、ガッツと同レベルに優れた冒険者であるドナガンさん。


 俺はこの人以上に頼れる人間を知らない。


 不死戦艦が現れたあの日、マーナンも世話になっていたようだ。


「ん〜ん? あたしは明日、王国の兵士さん達と連携して都市の警備をすることになっているから、今日はもう上ろうと思ってるの」

「あ〜、なんかギルドメンバーは学園外の見回りとかやるらしいっすね」

「コールちゃんは明日はどうするのかしら。あなたはどの事件に置いても立派な立役者なんだから、あたしとしては堂々とお祭りを楽しんでもらいたいのだけど?」

「嬉しいことを言ってくれますわ。そんな言葉をかけてくれんの、ドナガンさんだけだもん」


 ギルドメンバーが優しくないとは思わないが、ドナガンさんは図抜けて気が利く。誰に対しても分け隔てなく接するし、あのマーナンにさえ優しい正にこの人こそ聖人君子だ。


「まぁでも、いつも通りに午前中はポーション作製かなぁ。明日はみんな依頼しないみたいだから、明後日の分を午前の内に作って、午後からガッツ達の晴れ舞台を観に行こうかなって。そしたら明後日は休みになるでしょ?」

「完璧なプランね。楽しめそうで安心したわ」


 それだけ告げるとドナガンさんはウィンクと同時に手を振って帰宅していった。


「……ドナガンさんも楽しめるといいんだけどな。優秀な冒険者は役目を与えられるから大変だぁ」

「お〜い、コール」

「んあ?」


 今日はモナからエッチな下着を穿く宣言が朝に飛び出していた為、再び邪な思考に没頭しようとしていたのだが、何やらガッツが歩み寄ってくるではないか。


「お前、何してんの? 明日に備えて休めよ。大人しくさぁ」

「ふむ……明日いよいよ《闇の魔女》様に会うと思うと落ち着かなくてな。依頼でも行こうじゃないか。いや、行く。でなければ眠れない」


 大剣を背負っているものだから、そうだと思っていたがやはり冒険者でもない俺をまたしても連れて行くつもりのようだ。


「まっ、明後日は休みになりそうだから付き合ってやるか。なるべく近場で済むやつな」

「ほぅ、お前にしては聞き分けがいいではないか。よし来た」


 気合い十分のガッツと共に受け付けに座るシンシアさんの元へ向かう。


「すみません、シンシアさん。なんか近場でガッツができそうな依頼ってあります?」

「依頼、行かれるんですか? あるにはありますけど……」


 やはりシンシアさんもガッツが依頼に行くことに消極的な反応を見せている。


「体力が有り余ってるみたいなんで、一丁お願いしていいですか?」

「なるほど、分かりました。では少々お待ちください」


 ……多分、気のせい。本当におそらく気のせいなのだが、何か最近シンシアさんの俺達を見る目が冷たい気がする。


 絶対に違うのだが、何となくそんな経験がある人もいるだろう。


 何がそうさせるのだろうか。機嫌が悪いのを無意識に俺が察しているからとか?


「……もう一人、受け付け嬢の方が入ったとかって聞いたんですけど、見たことないんですよね。ホントにいるんですか?」

「あぁ、彼女なら一日だけ勤務して来なくなりましたよ? 内気な方だったので、雑務を任せていたんですけど。メンバーが元に戻ったので支障はないんですけどね」


 受け答えは普通だ。


「シンシアさんはどんな冒険者だったんすか?」

「私ですか? う〜ん、自分で言うのは気が引けるんですけど、炎系を扱う冒険者の中では王国でも指折りなんじゃないかなぁと」

「すっげ……トップ冒険者じゃないっすか」


 どうして冒険者を辞めたのかも気になるが、あまり踏み込み過ぎるのも悪いだろう。気分を悪くしてしまいかねない。


「昔の話です。もうただの受け付け嬢ですよ。……それでは、西の遺跡群を調査する依頼などどうでしょう。中に盗賊や魔物などがいないか、討伐できそうなら討伐もお願いします」

「おおっ、いいところを突く。ではそれを頼もう」

「はい、それではガッツさんの依頼として処理します」


 ガッツがすんなりと受諾してしまうが、戦闘する可能性があるのか。なんだかんだと使い勝手のいいイチカちゃんの付与魔法もなく、マーナンもいない。


 はっきり言って心許ない。


「あっ、アレがあんじゃん」



 ♢♢♢



 ギルド【マドロナ】。


 世間の関心をガッツやマーナンが集める中で、改めて奮起する覚悟でミーティングに挑む《希望剣》。


 明日はエドワードが貴族の家系であることもあり、特別に学園内の警備も任されている。


「明日はついにこのファーランドに《闇の魔女》様が来られる。百年契約も残り僅かとなって、初となる栄光だ。他都市からも既に多くの者が訪れている」

「うむ、明日一日の為にな。俺達もいつもの任務以上に気を張らないといけない」

「クラウザーが全て言ってくれた。明日ばかりは都市に関わる者全ての如何なる些細な失敗も許されない」


 会議の緊張感から【マドロナ】内の雰囲気は厳粛そのものであり、誰も物音一つ立てられない。


「さて、明日の話題は語りに語った。なので一週間後の討伐任務について話そう」

「…………」

「オーミの言う通り、ヨコヅナゴブリンについてだ」


 気が引き締まっている状態のままに、ついでに直近の依頼に話題を移した。


「三人共が知っているように、ゴブリンは群れを作る。ヨコヅナゴブリンは特に面倒で、その強さもさることながら――」

「ふわぁ〜〜っす……」

「なぁぁぁんだその挨拶はぁぁぁぁぁぁぁァァァッ!!」


 欠伸混じりの禁止挨拶を受け、コールアレルギーが発症するエドワード。頭を掻き乱し、爆発する苛立ちを何とか発散する。


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