第66話、同行者モルガナ


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「す、すんませぇ~ん」

「す、み、ま、せんっ!!」


 張り詰めた空気が破壊され、エドワードの貴公子然とした姿も瓦解した。


「あっ、すみません。……目上の人には気を付けてんすよ?」

「私が目上でないてぇいえーかぁーっ!!」

「う、うぃ〜、怒り過ぎて言葉を話せなくなっている……」


 詰め寄るエドワードを手で押し留めつつ、コールはやんわりと笑ってお茶を濁そうとする。


「落ち着くんだ、エドワードっ! 挨拶一つで食ってかかるのはよさないかっ! 相手は冒険者ですらないのだぞ!」

「そ、そうだな……。何故かアリマに関しては過剰な反応を見せてしまう。私が治すべきだろう……」


 気苦労の絶えないクラウザーが此度も仲裁役を担う。ある程度の機を見てコールからエドワードを引き離し、気を鎮めるよう諭す。


「折角、来てくれたのにすまなかったな、コール君。それで、ガッツ君と揃っているようだが、我等に何か用なのかな?」

「うわっ、大人だ……」

「いや、至って普通だと思うぞ……?」


 一般的対応を振り翳すクラウザーの冷静さに気圧されるコールだったが、気を取り直して用件を口にした。


「あの、前に依頼に人手を借りられるみたいな話があったじゃないですかぁ。これから遺跡ウォッチングに行くんですけど、戦闘の可能性があるんで……誰か行きません?」

「当日っ!?」


 仰天するエドワードがまたもや声を荒らげた。


「当日!? 戦闘があるのに当日ぅ!?」

「やっぱり予約制でした? でもなんか今日は依頼とかしないんじゃないかなぁって。……誰か行きません?」

「行きませんっ!!」


 軽いフットワークで戦闘有りの依頼に誘われ、素気無く断るエドワードであった。


「いやしかしだなぁ、約束は約束なわけで俺達もこうして手が余っているわけだし……」

「相手を尊重する礼儀は必要だ。約束と言えども、最低限は弁えなければならない」

「……ツーランク下の人間だなどと非礼を口にしていたエドワードがそれを言うのか?」

「…………それは、まぁ……」


 割れる意見から《希望剣》内で新たな議論が始まる。


「…………」

「オーミは否定派か……。確かに今日に限れば明日を思えばこそ、休むべきだろう。オーミの言にも一理ある」


 話を聞いていた殆どの者が、オーミと同意見であった。


 明日は歴史的祝いの日。《闇の魔女》が人間の都市を訪問するという特別極まる日である。


 警備を務める以上は万全の状態で挑むべきだろうと誰もが考えていた。


「私とオーミは却下、クラウザーは受けるべきと。と言っても、最終的には彼女がどう言うかなのだがな」

「うむ。モルガナはどうだろう。意見を聞かせて欲しい」


 ギルド中の視線が、終始我関せずの構えで隔絶された空間の中にいたモルガナへ収束する。


「ん~~〜? そうだね、私は…………」


 浮世離れしたオーラを纏うモルガナも話は聞いていたらしく、内心で下した決断をギルドに発した。


「……うん。誰も行きたくないというのなら、私が行こうかな」

「モルガナっ、君が行くと言うのか!?」

「そう言っているだろう?」


 気分屋で面倒臭がりで、このような自分勝手な提案など相手にもしないモルガナが、敢えて自分が受け持とうと言う。


「関係のない話題ばかりでそろそろ帰ろうかとも考えていたからね。あの不死戦艦を倒したガッツ君の実力にも興味があるから、特別に同行してあげようじゃないか」


 既にその気になっているモルガナは、予想外な反応に目を剥く者達に構わず立ち上がる。


 装飾の凝った魔導杖を手に、隣のオーミが座る席を通り過ぎてガッツ達へ歩んでいく。


「関係ならあるだろう! 警備も討伐依頼もモルガナは知っておかなければならないっ!」

「火力に特化した私のような魔法使いに、どんな警備を求めているのかな。それに討伐依頼もいつもと同じだ。合図で魔法を撃ち込む、終わり。君達は可能な限り、自分達でダメージを稼ぐと言うけれど、私の側は合図で魔法だろう? これまでと何も変わらないとも」


 かの《闇の魔女》来訪にも無関心という徹底したマイペース振りに流石との思いはあれども、だからこそ意外な選択であった。


 モルガナは呆気に取られる者達を尻目にガッツへ声をかける。


「さっ、行こうか。その遺跡ウォッチングとやらにね」

「あ、あぁ……。あの、しかしウチのリーダーは実質的にコールなのだ……」

「コール? ふむ……」


 きょとんとしたモルガナは疑心に満ちた目をガッツの隣……一緒にやって来ていた男へ向ける。


「……私の勘違いでなければ、君は【ファフタの方舟】専属のポーション係じゃなかったのかな」

「あ、そうです。よろしくお願いしますぅ……」

「付いて来るの? 冒険者では、なかったよね。でも付いて来そうな面構えだけど、何を……する為に? 役立つ自信があるの? それとも特技があるとか? 今のところ冒険者的価値はゼロに等しいと思われるのだけど、ここから挽回できるの? ……う~ん、私には出来ると思えないだけに、これは楽しみだ」

「…………うぅ、ぐすっ」


 ぎこちなく笑う純真なモルガナに次々と素朴な疑問をぶつけられ、【ファフタの方舟】のポーション係が涙を滲ませる。


「帰る、実家に帰るっ……」

「待て待て待て待てっ、不死戦艦と戦った際の活躍を思い出せ! 必要だから大丈夫だ! これまでも一緒にやって来たじゃないか! なっ?」


 焦るガッツに肩を叩いて励まされ、腕で目元を隠す男は頷きながら微かにやる気を取り戻したようだ。


「あらら、余計な質問をしてしまったみたい。……じゃ、またね。《闇の魔女》様への挨拶には顔を出すから、その時に会おう」


 肩越しに振り向き、《希望剣》へとそれだけを伝えてモルガナがギルドを去る。


 その背を追いかけ、ポーション係の背を押すガッツも【マドロナ】を後にした。


「………………本当に何を考えているのか分からない。しかしっ、そこが堪らないっ……!」

「確かに魅力的だな……。警備については困ったことにはなったが……一から練り直す必要があるぞ、エドワード」


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