第119話、特製レター

 激強ボアを倒し、あと少しの距離を行く馬車内で重い心持ちを抱いて待つ。


「……なんか来たよ、もう。めちゃくちゃ怖そうな人じゃん」

「しかも別格に強い。俺のようなパワーではなく技と速度が突き抜けている。いいものを見させてもらった」

「いっそさぁ、勇者ガチャでやっちゃう? 俺、威圧とかされたくないんだけど……」

「い、いや、それやっちゃってるの、俺だから……。公爵様を敵に回したくはないぞ……」


 御者さんの隣で馬を引いているであろう公爵の護衛兼執事、シュナイゼル・ガード。


 魔物が騒ぐのを感じ取り、迎えに来たらしい。


「もっと愛想の良い人を寄越せよ……。しかも御者さんと別れたら俺に話があるとか言ってたし、きっと早速だよ。面倒なことが起きるわな」

「ふっ、流石の貴様もシュナイゼル殿には形なしか? いつものおふざけで切り抜けるが良かろう」

「できるわけないじゃん……。怖過ぎるって、あの人。さっきだって多分、“いや剣を抜く必要ないやん”なんて言ってたら普通に怒られてたぞ」

「ふははははぁ!! やっと貴様の天敵が現れたかっ、愉快に痛快なり!!」


 マーナンにあるまじき溌剌さで爆笑している。心なしかガッツやイチカちゃんも気分が良さそうだ。


「伝説よ? S級冒険者って……。偶然とは言え俺が命張って成して来た偉業って、そんな人に虐められないといけない罪なんか? だったらもう俺、魔王選挙に立候補するぞ」

『私が君を虐めたことなどないだろう』

「イヤァァっホォゥゥゥゥ!?」


 いつの間にか到着しており、すぐ隣の窓から凄まじい眼光で返答がされた。


『出ろ、速やかに』


 縮み上がった心臓辺りを撫でながら、シュナイゼル閣下の指示に従ってすぐさま外へ。


「シュナイゼルさんに向けて、整列っ!!」


 気合いの入った俺の掛け声に、モナ以外が即座に並び立つ。少しの澱みもなく、列に乱れもない。


 そして当然に人間の指示など知ったことではないモナがゆ〜〜っくりとやって来て並び、全員がシュナイゼルさんと向き合う。


「……気付いていることと思う。依頼は建前であり、君達は招待された客人だ。山荘のペンションを用意した。連戦の疲れもあるだろう、そこで好きに過ごすといい」

「ありがとうござ――」

「約一名を除いてな……」


 白目になる。


 ギンっという音が鳴りそうな眼光を受け、白目になる。


 最も連戦している俺が疲れを癒してはいけないらしい。


 人間の放つ威圧感の域を超え、空気が張り裂けそうになっている。


「お、俺に、何をせよと……?」

「公爵様は君を立派な《闇の魔女》様の騎士に育てたいと仰られた」

「いやぁ、どうなんでしょうね。こんな故郷を思い出させる村人チックな俺だから、リア様も騎士にされたんじゃないっすか?」

「言いたい事はそれだけか……?」


 桁違いに強まる威圧感に、空気が割れる甲高い音が鳴った。肌が裂ける痛みを伴い始める。


「っ……コールっ、貴様あまり逆らうなっ。我等の身と胃が持たんわっ」

「だって……! 嫌なんだもんっ……!」


 御者さんも恐る恐る伺いながら去って行く。


 巻き込みたくないから気にせずに立ち去っていただきたい。……と思ったら会社はすぐそこみたいだ。


「嫌、なんだもんっ……?」

「あの、そのギンってする目だけ何とかなりません……? 子供とかお年寄りが通ったら危ないでしょ?」

「…………」


 止めてくれた。


 子供とかお年寄りには優しくできるのに、何故か俺には厳しいシュナイゼルさん。


「アリマを除く五名は、明日にでもペンションに向かえ。君達がこれまで食べたことのない高価な食材と雪山ならではの遊戯を用意してある」

「何で俺は除くのよ……」

「アリマもすぐに向かえる。試練を終えたならすぐにでもな」

「試練続きの俺に、人間側からも試練を課せられんの? どんだけこの世界から嫌われてんだよ……」


 苦々しく呟きながら、俺は懐から一通の手紙を取り出す。怖気付くこともなく、シュナイゼルさんへ歩んで差し出す。


「……なんだそれは」

「故郷のお母さんからの手紙です。何度も危ない目に遭ったのを知って、もう危険な事には関わらずにポーション職人を目指して欲しいとの旨が書かれていました」

「…………」

「試練って、危ないことさせようとしてますよね。俺って、もうそういうことには関わらないって、お母さんに誓ったんで」


 手紙を受け取り、無言で中身を読み進めるシュナイゼルさんへ固い決意を毅然と口にした。


「…………お母上のご意志は確かに伝わった」

「大事っしょ?」

「大切ではある。蔑ろにはできない。……だが君は騎士となった身だ。それも世界でただ一人の魔女様の騎士だ」

「騎士だから危険に晒されてもいいんすか?」

「いざという時に立ち向かえるよう訓練は必要だろう」

「村人ですけど何度も魔王に立ち向かいましたよ? いざって時に立ち向かって来た俺に、何の訓練っすか? 必要ないでしょ……」

「…………」


 俺自身の意志で試練を受け入れるよう説得を試みるシュナイゼルさんを、正面から説き伏せる。


 目を閉じ、無言で説く言葉を模索していたシュナイゼルさんだが、開いた目で俺を捉えて告げた。


「一先ずは公爵様と必要性を確認――」

「あれっ、貴様。それ、さっき御者殿に書かせていた手紙ではないか?」


 復讐心に激っていたアホが、俺の計画を妨げた。


「あ、さっきの作業ってそういうことです? どうりで……っ」


 確信して横槍を入れたマーナンと違い、口を突いて出た言葉の重大さを察したイチカちゃんが息を呑んだ。


 瞬刻、闘気が爆発する。


「――アリマ……君はこの私を謀ったのか……?」


 石畳みには亀裂が刻まれ、威圧感は物理的に俺を吹き飛ばそうと爆風の如く吹き付ける。服まで吹き飛ばして全裸になりそう。


「……どうなんだ、言ってみろ。この私をコレで謀ろうとしたのかっ?」

「…………」


 合わせられている俺の両目を貫通しそうなシュナイゼルさんの眼光。


 特製レターを掲げ、じっと見つめる視線が逃げる事も偽る事も許さず問い詰めて来る。


「……ちょっとすんません」

「…………」


 激怒するシュナイゼルさんに背を向け、背後のアホ二人に歩み寄る。


「むぐぅ!」

「むぎゅ!?」


 そしてニヤけるオッさんとあわあわとする小娘の頬を掴み上げ、何となしに言う。


「何してくれてんの? これコールさん、たぶん死んだよ?」

「ふっふっふ、これぇまでの悪行、われぇらの苦渋……全てこにょ時のためっ!!」

「てめぇを今世紀最大の胸糞野郎に認定する」


 乱暴に手を離し、再び闘気が爆炎の如く渦巻くシュナイゼルさんに相対する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る