第120話、村人、S級冒険者に楯突く

 S級がいかに別次元の存在であるかを、村人である俺が誰よりもこの身で知らされていた。


 持ち得る破格の能力、乗り越えて来た窮地の数々、そして一線を超えた先にある実力を併せ持つ冒険者のみが得られる称号。


 どうしてその闘気が村人に放たれているのだろう。


「嘘を吐いても無駄だ。御者の会社はすぐそこ。筆跡を照らし合わせるのに、数分も要しはしない」

「…………」


 ごくりと喉を鳴らし、目をギラギラとさせる超戦士に震え上がる。


「今一度だけ、チャンスをくれてやる」

「…………」

「正直に、この手紙について話せ。弁明の機会はこれ一度だけだ」


 手紙を掲げたまま、もう片方の手を剣の柄頭に置いた。


「言え、嘘偽りなく、真実を話せ……」

「…………」


 かたかたと震える俺へ、睨み下ろすシュナイゼルさんが否応なく真実を語らせようとしている。


「す、すみませんした……」

「…………」


 シュナイゼルさんは闘気を弱め、鷹揚に頷いた。


 なので続けて言う。


「でもそれ、お母さんの手紙っす」

「それでいい。試練を受けたくないからと、私や公爵様を欺こうとするなど騎士にあるまじきん〜〜〜……?」


 説教面で諭していたシュナイゼルさんが、瞑目して首を傾げた。


 今に告げられた言葉を想起し、噛み砕いて再度解釈しているのだろう。


「……今、何と言った」

「いやだからそれ、お母さんの手紙っす」

「分かるんだぞっ?」


 どうしてなのか、驚いた様子のシュナイゼルさんが御者さんの会社を顎で示して言って来る。


「すぐそこに赴くだけで判明することなんだぞっ? 後が酷くなるだけなのだぞ!?」

「何がっすか? 本当のこと言えって言ったの、シュナイゼルさんでしょ? それは、故郷から俺の為だけに届けられた思い遣りのお便りです」

「…………」


 開いた口が塞がらないよう。


 俺の背後の面子も同様であろうが、初対面のシュナイゼルさんよりも早々と立ち直り喚き始めた。


「こ、こここ、コールっ! 貴様っ、正気かっ……!?」

「流石にシュナイゼルさんに嘘を吐くのはお前っ、やり過ぎだぞっ!! すぐに謝るんだ!!」


 謝罪を要求し始めるメンバーに、俺は肩越しにこう返答した。


「うるせぇボケェ!! あれはお母さんの手紙じゃコラぁ!! お母さんが届けてくれたハートフルメッセージなんじゃあ!!」


 俺を思っての助言を、怒鳴り付けて跳ね除ける。


 やってやる……やってやるんじゃァァァ!!


「……ど、どうなっても知らんぞ」

「まっこと恐ろしき怪物なり……」


 騒ぎを鎮火した俺は改めてシュナイゼルさんへ目をやる。


「…………」

「……ここで待っていろっ。誰一人、一歩足りとも動くなっ!」

「いってらっしゃ〜い」


 険しい顔付きをしたシュナイゼルさんが御者さんの会社へ荒々しく歩んで行かれた。


「どうするつもりです……? これは絶対絶命ですよ?」

「お前らのせいだろっ。穏便に解決できるところを、波瀾万丈にしやがってっ……」


 精神の破滅まで、ものの数分である。


「貴様、終わったぞ……。かな〜り怖い人からキツく叱られてしまうぞっ……」

「そうだよ、割と一言目から泣くと思うもん。言っとくけど、どんだけ痛々しくてもお前らに見届けてもらうかんな」


 これから《闇の魔女》様の騎士が泣くかもしれない。その未来を示唆しておく。


「何か作戦はあるのかい? 切り抜けるにはかなりの困難が予想されるけど」

「……もうめちゃくちゃに謝るか、今のうちに帰るか、勢いに任せるかしかないっすわ」


 俺は最後に気合いの入った顔付きで振り返り、血走っているであろう目で宣言した。


「……見てろよ? 俺の生き様ってやつを……」

「っ…………」


 息を呑むメンバーから、こちらへずんずんと歩んでくる怪獣へと目を移す。


 怪獣は迫り上がる高波を思わせる迫力で歩み寄り、手紙と紙切れを俺の眼前に突き付ける。


「…………」

「……見ろっ、完全に同じ筆跡だ」


 隻眼は怒りに染まり、不正をした俺を厳しく咎める。


「覚悟しろ、アリマ。一度のみならず二度も私を謀るとはっ、決して許してはおけんぞっ!」

「何言ってんだか。そんなわけないもん。何故なら、これはお母さんの手紙だから」

「まだ言うかっ……。これをしかと見ろぉ!!」

「近過ぎて見えないっす」


 空間が揺れる怒声を放つシュナイゼルさんだが、見易いように手紙を遠ざけてくれた。


「これでしょ? だからお母さんの…………ああっ!? お母さんの字じゃないっ!!」

「そうだ。故にこれは君が御者に――」

「捨てたんかぁーっ!!」


 震える激情でシュナイゼルさんへ叫んだ。


「はっ、はぁぁ!?」

「お母さんの手紙、捨てたんかぁーっ!!」


 潤む瞳でシュナイゼルさんを睨み上げ、込み上げる悔しさで追求する。


「何を言ってい――」

「代わりに御者さんを買収して今の間に書かせたろっ!! 字がおんなじじゃねぇか!!」

「そうだ。だからそれが意味するのは――」

「認めたなっ!! てめぇ、よくも目の前で認められたなぁ!!」


 憎々しく睨め上げ、よくもお母さんの手紙をとの思いを強める。


「いやこの“そうだ”はそういう“そうだ”ではなくてっ――」

「公爵様の権力使えば何してもええんかぁ!! そんなにムリヤリ俺を死地に送りたいんかぁ!! ただの村人やぞ!!」

「違うっ!! いい加減に――」

「また脅すんかぁ!? 強かったら脅してもええんかぁ!! 俺は絶対に屈したりせんぞ!!」

「私は一貫して誠実であれと言いたくてだなぁ!!」


 最後に、力の限り叫ぶ。


「お母さんの手紙っ……捨てたんかぁーっ!! 焼いたんかぁぁーっ!!」


 そこに強い弱いは関係ない。非道を犯したシュナイゼルさんを、魂の昂りのままに糾弾する。


「……ねっ、あれ公爵様のところのシュナイゼルさんよぉ?」

「っ……!?」

「あの子のお母さんからの手紙、捨てちゃったんですってぇ」

「いやっ、これは……!!」


 地元の奥様方が集まり、ひそひそ話をしている。こちらに聴こえる声量で。


「そうなのっ? そんな人だったなんて……」

「しかもあの子を危ないところに向かわせる為らしいわ。何様なのかしらっ」

「うちの子にそんなことされたらと思うと……腹立たしいわねっ。なんなのっ、剣を二つも持って! お洒落のつもりかしら! 左右対称のつもりかしら!」

「時代はアシンメトリーなのにねぇっ!」


 窮地に追い込まれたシュナイゼルさんの顔がヒク付いている。やっと過ちに気付いてくれたのか、多量の発汗も見られる。


「うぇぇぇん……うわぁぁぁプフっぁぁぁん……」

「っ……アリマっ!!」


 号泣する俺をシュナイゼルさんは尚も脅すらしい。


「今、笑って――」

「泣いてる子にまだ怒鳴るつもりっ!?」

「っ……!?」

「やぁねぇ……冒険者ってあんな野蛮な人達なの!?」

「…………」


 この短い間にシュナイゼルさんが、大層げっそりしてしまった。


「に、人間にあらず……人を辞めた者なり……」

「……こうなるともう、誰にも止められんぞ……」


 悲痛に泣く俺を憐れんだのか、背後から仲間達の励ましが寄せられる。

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