第121話、怖い人に順応完了


「……言い分は理解した」

「お母さんの手紙、許したわけじゃねぇかんな……」

「人格が複数あるのかっ? 許すのはこちらだろうがっ」


 公爵家の馬車に乗り、悪逆シュナイゼルさんと公爵家別荘に向かう。


「いやホント、危険なのは勘弁ですって。本当に村人なんだから」

「まずは話を聞け、未熟者」

「問答無用で試練とか言ってた癖によく言うわ。試練に試練に試練に試練……呼吸もままならないわ、この世界。あ〜あ、息がし辛ぇなぁ!!」


 最早、ギンっという目付きにも慣れてしまった。打ち解けたと言ってもいいだろう。


 車内には二人だけ。他の五名は別の馬車である。


「……先程のような真似を公爵様には絶対にしてくれるなよ」

「コールに向かってコールを辞めろって言ってんすか? あ〜らら、《闇の魔女》様が悲しむわ」

「っ…………無礼は控えろという事だ」


 S級冒険者と言えども魔女様は恐ろしいに決まっている。リア様の名を持ち出されてビビってしまった。


「シュナイゼルさん、マジで現役っすよね。なんでS級冒険者を辞めたんすか?」

「無駄口を叩くな」

「うぃ〜、世間話じゃん。日常会話やん。脅す時だけあんな饒舌なのに、会話はしないんかい?」


 するとシュナイゼルさんはギロリと一度だけ睨んでから、暫くの間を置いて口を開いた。


「……特に理由はない。このような職もやり甲斐があるのではと以前から朧げに考えていたところ、公爵様からお話を頂いたのだ」

「ふ〜ん、怖い方って聞くけど、公爵様」

「そうでもない。噂が一人歩きしているだけだ」

「良かったぁ……護衛と主人が揃って怖い人だったら、心労絶えないもん」


 安堵の溜め息混じりに対面の怪物へ告げた。


「……よく言う。この私を前に平然とあれだけの所業をしておいて」


 閉じられていたカーテンの隙間を指で広げ、外を確認するシュナイゼルさん。


「着いたんすか?」

「あぁ、公爵様の元まで案内する。付いて来い」

「うぃ〜っす」


 座席に立てかけてあった双剣を手にしたシュナイゼルに続き、俺も馬車から下車する。


「……城やん、王様やん」

「あまり迂闊なことを口にするな。来い」


 大きな屋敷の玄関前を見上げること一秒。シュナイゼルさんが歩幅大きく歩み出したので、俺もスキップ巧みに追随する。


「っ…………」

「お、お帰りなさいませ……」


 シュナイゼルさんの登場に気付いた者から緊張に表情硬く、道を開けて頭を下げている。


「……お帰りなさいって言ってんじゃん! ただいまっしょ!?」

「…………ただいま戻った」


 頭を抱えながらも、かなり遅く若い使用人へと返礼を口にした。


「うぃ〜、礼儀に歳なんて関係ないんだから」

「…………」

「うちの母ちゃんがそこら辺が厳しい人でさぁ」

「呼び方すらお母さんではないではないかっ!!」

「う、うぃ……?」


 シュナイゼルさんの返礼に目を剥き、続く怒号に屋敷の人達が跳んだ。


 そのようなやり取りを四回。俺達は二階の公爵がいる書斎に到着した。


「ここで待っていろ」

「うぃ〜っす」


 だが入室の許可を取りに行ったシュナイゼルさんは、予想も付かない言葉を持ち帰った。


「公爵様はお忙しいようだ。最低でも明日の朝でなければ時間が取れそうにない」

「…………ちょっと会うだけなのにぃ?」

「実は現在、ケッピエ様は爵位や当主の継承と引き継ぎの仕事に追われている。これが、あのお方の最後の仕事と言っていい。少なくとも今夜は手が離せない多忙な状態だ」

「なんでそん時に田舎の小僧に試練を与えようと思った……?」


 けれど明日の朝まで気を楽に過ごせることとなったようだ。自室まで送られる道中で、常に頭から離れないこの質問をぶつけてみる。


「今日の晩飯なんですか? 公爵様の専属シェフとかが作るんでしょ? ここでの唯一の楽しみなんすけど」

「……ロールキャベツだったと記憶している」


 ロールキャベツ。俺の印象では、そこまでの高級感はない。というか、全くない。


 物凄く美味しいものではあるが、公爵様のお宅でロールキャベツ……。


「あ、あぁそう……、楽しみっす……」

「君は、どうしようもないな……。……公爵様は家庭的な料理を好まれる。ここで出るものは殆どが君のよく口にする家庭料理だ。だが味は間違いない」

「じゃあ、タイプは?」


 味が保証されているのなら、文句はない。


 ここで重要になってくるのが、ロールキャベツのタイプだ。これはとても多岐に渡り、多くの論争と仲違いを生んで来た。


「タイプとは何だ。何を言っている」

「呆れんティーノなんだけど。呆れて言葉もねぇわ。その歳でロールキャベツ初心者?」

「…………」


 ギンギンギンギンっと眼光で貫かれるも、俺は正面から言ってやる。


「まずスープ。コンソメやトマト、クリームとかあるでしょ? そんでキャベツの中の肉も豚肉がいいとかあるじゃん。最後にパンかライス派かで口汚く罵るくらいの争いが勃発してるんだよ、世を騒がせてんだよ。血みどろなんだよ」

「くだらない……」

「ちなみに、シュナイゼルさんは? 拒否なんてさせねぇよ? こればかりはリア様に頼んででも答えさせるから」


 嫌がる表情を厳格な顔付きに滲ませるも、リア様と聞いてすぐに選択に移った。本当に頼めるとでも思っているのだろうか。頼めるわけない。


「…………まずは、パン」

「そこはパン派なのね。日頃からパンが主食と見た。なるほどぉ……」

「それから、中身はよく分からないので豚肉…………あとはスープか、スープはクリームだ」

「クリームっ!? クリームで来たぁ!?」


 パンという選択から何となく予想はしていたが、シュナイゼルさんはクリーム派であった。しかもほとんど迷いなく。


「はぁ……なんか想像したらロールキャベツしか食べたくなくなってきたな。今日のロールキャベツが楽しみだわ。いやぁ、クリームかぁ……」

「……随分と私の選択は意外だったようだが、君はどうなんだ」


 足を進めながら、気になる点について思慮する。


「煮込むし、複数のスープが用意されるとは思えない。だったらスープはシェフに委ねるしかねぇ」

「聞けっ、君はどうなんだっ……」

「そうなるとライスかパンか選べるかが気になる……。スープに合わせたいからなぁ。クリームだったら、俺もパンでいってみっか」

「君はぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 背後からの怒声と闘気により、屋敷がびりびりと震えている。


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