第35話、暗黒魔法


 決闘とも言える魔王討伐隊の底力を見せる催しを前に、両ギルドは賭博に全力であった。


 懲りることもなく酒に呑まれ、ギルド内で賭けに興じていた。勝敗だけでなく、倒すと予想される魔物や討伐数などまで幅広く。あちらのギルドも同様らしい。


 俺は朝から騒ぎに悩まされつつもポーション作製に勤しんだ。真面目なメンバーは午前から依頼に向かうから俺が挫けるわけにはいかない。


 そして錬成室で五本目のポーションを作り終えた頃、マーナンがやって来た。


 いつもと変わらぬ尊大な態度でずかずかと入室し、俺の前で胸を張って驚きの一言を発した。


「我は参加できなくなった」

「……なんで?」


 今日は《希望剣》との魔物討伐競争の前日。ミーティングでもしようかと四人で打ち合わせたその日であるのに。


「学園から《闇の魔女》様へ、魔王討伐を成し遂げた魔法の披露をとの願いを受けてな」

「うわ、マジで断れねぇやつじゃん。確かに練習とか準備で忙しくなるわな……」


 今回のマーナンは、なんとまともであった。


 《闇の魔女》様を前にして失敗などできはしないし、優先度のレベルが違う。


「オッケ、そういう事なら仕方ねぇよ。俺等でやれる限りのことをやるから、マーナンはしっかりそっちの準備しな。他の二人にも俺から言っとくわ」

「うむ、励め」


 最悪だ。唯一の近接戦闘員であるガッツよりはマシだが、魔法火力担当のマーナンが不参加となってしまった。


 今回は《闇の魔女》様関連ともあって責めるわけにはいかない。国王よりも遥かに尊重されるべき魔女様だ。


 何か新たにドナガンさんにでもアドバイスを貰った方が良さそうだ。


「ん〜っと、空の容器容器……」

「そこにあるだろう、節穴眼の友よ」

「何でまだおんねん!! 集中してたからドキィってしたじゃねぇか!!」


 真後ろから生えた腕がデスク斜め右にある空容器を指差し、跳ねる程に吃驚仰天してしまう。


 折角作製したポーションを溢すところであった。


「…………」

「…………」


 黙って俺を見下ろすマーナン。アッパーカットしたくなる顔付きだ。


 この座った状態から脚の跳躍を利用して、カエルの如く跳ね上がりながらのアッパーカットを見舞いたい。


「……いや、早く出て行けよ。俺は仕事してんだから」

「まだ貴様に用が残っている」

「あ、あぁ……練習するからマナポーション寄越せってか? うし、じゃあ後で届けてやっから。研究室でいいだろ?」

「うむ、励め」


 いつも通りの用件も重なっていたようだ。ほっと胸を撫で下ろし、仕事に戻るとする。


「…………いや“うむ、励め”じゃねぇよ。出てけって」


 仕事に戻ろうとするも、全く少しも微々たる動きすら見せずに俺を見下ろすマーナンがそれを阻止する。


 何食わぬ顔で突っ立っている。こいつだけ立ち入り禁止にしてやろうか。


「まだ貴様に用が残っている」

「まだあんの!? どれだけ俺に用事あんの!? お前、俺のこと好き過ぎんだろっ!!」


 俺一人にマーナンの用事が集中していた。


「ふん、貴様に少しでも褒美をと思ってな。此度はさしもの我も申し訳なく思っている。討伐競争を引き受けた者としてな」

「別にいいって。領主が騒ぎ出すことを考えたら選択肢なんて一択なんだからよぉ」

「そこで貴様に……我が行使する初の暗黒魔法を見せてやろうふははははははははっ!! はーっはっはっはっはっはっは!!」


 いきなりテンションが限界値まで跳ね上がるマーナン。怖くて仕方がない。


 しかしやっと、マーナンがやって来た。


「……闇魔法と暗黒魔法って何か違うの?」

「戯けぇぇえええええええい!!」

「こわっ!? お前マジでバケモンだな……」


 何やらマーナンの逆鱗に触れ、厳しく叱られてしまった。


「……全く違うっ。言うならば闇魔法は暗黒魔法などの元だ。根本と言ってもいい。どちらが劣るものでもなく、それぞれに素晴らしき深淵なのだ」

「……今までできなかったんか? あんだけ闇魔法のスペシャリストを自称しててさぁ」

「我は闇魔法の理解を深めることを優先していたのだ」

「ついこの前に殴り合いの喧嘩してたけど、理解し切れなかったみたいね……」


 可哀想なマーナン。しかし俺のマナポーションのように次の段階へ進もうということなのだろう。友として新たな取り組みを見守ってやろう。


 今度の暗黒魔法はきっと仲良くしてくれることだろう。


「そこで見ているがいい。真なる暗黒の誕生を……」

「っ…………」


 意気込むマーナンが魔力を伸ばした人差し指と薬指の先に溜め始める。目を閉じて祈るように眉間に指を当て、闇魔法とはまた違う黒色の何かが生まれる。


「ッ――――」


 開眼するマーナン。


 詠唱と同時に、暗黒に命じる。


「掌握しろっ、――〈暗黒に沈め《ブラックネス》〉ッ!!」


 指先から床に振り落とされた暗黒を中心に魔法陣が生まれ、暗黒が正しき真なる姿を取り戻す。


「っ…………」


 気配に圧倒され、息を呑む。


 丸く黒々とした艶やかに光る球体……。明らかに力強く、〈闇魔法〉とは確かに別種であった。


 そして、


「……うん……」


 ……どう見ても人間的な脚が二本生えている。やけにムキムキな太ももなだけに気持ちワル……。


 しかしこれを言葉にすると暗黒魔法を怒らせてしまうので、当然に心に秘め――


「気持ちワルっ!! 我の暗黒魔法っ、ムキムキではないかっ!! こんなん暗黒魔法ちがうっ!!」


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