第36話、マーナン、暗黒魔法を怒らせる



「えっ!? マーナンさんは不参加です!?」


 ギルドにやって来たイチカは、毎日始めに受け付けへ挨拶をしに行く。今日も新たな受け付け係となった“シンシア”へ、脇目も振らずに一直線で言葉を交わしに向かった。


 すると朝の挨拶を交わしてすぐに、シンシアから衝撃の情報を聞くこととなった。


『チキチキ魔物討伐競争』に我等【ファフタの方舟】から出場予定のマーナンが参加できなくなったというものであった。


「そうみたいですよ? 《闇の魔女》様が近々お見えになられるので、そちら関連でお役目を与えられたらしいんです。残念ですね……」


 最近まで冒険者をしていたシンシアは年若く、所作も洗練されているとあって非常に評判のいい受け付け嬢であった。


 穏やかで眼鏡・・がよく似合い、イチカや冒険者達の相談にも予想外の着眼点で解決へ導いたこともしばしば。


「ヤバいです、ヤバいですっ。ガッツさん一人で戦うことになりそうです……」

「あなたも出るのでしょう? それに、あなた達はコール君を凄く頼りにしているじゃないですか。このような時に頼れるからなのではないのですか?」

「……分からないです。でも何となくコールさんがいると何とかなっちゃいそうです……」


 シンシアの目にするイチカは焦燥感に駆られているようではあれども、どこか余裕を感じられる。


 何の影響が彼女を安心させているのだろうと考えた時、真っ先に思い付いたのはガッツではなくコールであった。


「そうなんですね……、いい人なの――」

「魔王を前に自分だけ逃げようとしましたけど。どういう脳内をしていたら、あんなにすらすらと自己保身の策が捻り出せるのでしょうか……」

「へ……?」

「私が真似をして逃げようとしたら、普段からは考えられない腕力で捕まったです……。……基本的にちょっとクズなのがコールさんです」

「へ、へぇ……、そうなのですね……」


 どうやら信じ難い行動を見せたようだ。けれどその後にも関わらずイチカやガッツ、マーナンから信頼を寄せられるというのは唯ならぬ何かがあるのだろう。


 先程にもマーナンが来た際。


『コールは来ているか?』

『え、えぇ、挨拶を済ませてから上に上がって行きましたよ?』

『感謝する。それと、我は《闇の魔女》様の御前で魔法を披露する故、例の催しには不参加となった。……言いたいことは分かる。その嘆き、皆に喧伝しておくのだ。ふははははぁ!!』


 余程に《闇の魔女》へ魔法を見せられるのが嬉しいのか、必要以上に自慢げな顔付きでマントをこれでもかとはためかせ、二階へ向かって行った。


「コールさんは二階です?」

「えぇ、そうです。彼のことだから作業中でしょうけど、マーナン君が来てから降りて来ないから錬成室で何か話しているのかも」

「ありがとうございました。行って来るです」


 とことこと受け付けを後にし、二階へと上っていくイチカを見送り、シンシアは椅子へ腰を下ろした。


 片やイチカは勝手知ったる錬成室の扉まで歩むと、


「コールさん、どうするです? マーナンさんが参加ぁぁ…………」


 迷わずその扉を開いてしまう。


「あっ…………」


 やってしまったとばかりのコールの声を耳にしつつ、目の前の受け入れ難き光景に虚無の境地に至る。


「えぇい!! この身の程知らずの暗黒めっ!! その程度で我を凌駕できると思うてか!?」


 そこにいたのは…………ボロボロの姿で四つん這いにさせられたマーナンと、その尻を踏み付ける黒い下半身。


 やけに筋肉質なその下半身がげしげしとマーナンを屈服させていた。


「…………」


 ……イチカは、そっと扉を閉めた。



 ♢♢♢



 マーナンは正直者であった。


『――気持ちワルっ!! 我の暗黒魔法、ムキムキではないかっ!! こんなん暗黒魔法ちがうっ!!』


 自らの暗黒魔法を前にして、率直かつ痛烈な感想を口にしてしまう。


 闇魔法同様に、暗黒魔法は激怒した。


 稲妻の踏み込みから、マーナンの左太腿筋へと――ローキック。


「いだぁぁーっ!?」


 炸裂音然り、フォーム然り、完全に格闘家のそれであった。


 暗黒魔法選手は一撃でマーナンの左太腿を破壊して逃走を阻止すると、次にはファイティングスタイルを取ったマーナンを舐めることなく警戒している。


「くっ、……ぐっ! っ……うわぁっ!? こ、こやつ!!」


 それどころかフェイントを混ぜつつマーナンをビビらせて翻弄し、いつ蹴りが来るか分からないプロフェッショナルの戦術で追い詰めていた。


 華麗なステップワーク。あまり錬成室ではして欲しくない動きなれど、怒れないギリギリの控えめなステップでマーナンを焦らす。


 しかしここで挑発に乗ってはいけない。暗黒魔法はカウンターで一気に畳み掛けるつもりなのかも。


「おのれ貴様ぁぁ! 乱世が望みかぁ! 血を欲してど……落ちるがいいっ!!」


 暗黒魔法の隙(罠)に飛び付き、ニヤぁぁと笑ったマーナンが説得を放り投げてローキックを繰り出す。


 暗黒魔法はマーナンの蹴りを鍛え上げられた脛で迎え打つ。


「ぎゃ!? て、鉄の如しぃぃぃ……」


 鉄の棒を蹴ったのではと思しき激痛に奇妙な声を上げるマーナンへも、暗黒魔法は容赦しない。


 ローキックを嫌がるマーナンの二の腕を、左右両方ともを蹴り付けた。


「二段蹴り!? 技の……お裁縫道具やん!!」

「ぬわぁぁ分からんっ、意味が分からん! 貴様、上手く例えられぬのなら黙っていろっ! というか加勢しろ、この痴れ者めが!」

「エンターテイナー、最後まで魅せてくれよ!」


 カチンと来たので声援を送ると、更に隙だらけだぜと言わんばかりにあらゆる蹴りをソフトに当てて、マーナンの急所を絶え間なくタッチしていく。ノリがいい魔法であった。ノリノリであった。


「こ、こいつ強ぇ……! マーナン、こいつ当たりじゃん!」

「どこが当たりなものかっ!! 貴様には今の我が目に入っておらんのかっ!! 闇魔法が恋しくなって来たわ!!」


 カーフ……膝下のふくらはぎを蹴ってマーナンを四つん這いにさせ、勝利とばかりに尻を足蹴にする暗黒魔法。完全に格闘技のプロフェッショナルである。


「――コールさん、どうするです?」


 そんな時に、イチカちゃんが入室してしまう。


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