第37話、ら~めん


 暗黒魔法さんに帰還してもらい、マーナンを蹴り出して仕事に戻る。


 明日に決戦が控えていることもあり、今日これからの分に加えて明日丸一日と明後日早朝の分も終わらせなければならない。合計七十本くらいは必要だろう。隣のヤクモが里帰りした際に、代わりに作った時以来の重労働だ。


 黙々とポーションを作り、味見して空容器に入れ、薬草を擦る。


「うぃ〜、キツぅ……」


 保有魔力の少ない俺には激務だが、休ませてもらう以上は果たさなければならない。明日も生活の為に冒険へ行くメンバーはいる。怪我をした時にポーションは必須だ。


 合間に作ったマナポーションを飲み、昼時も超えてひたすらに作業する。


「くぁ〜〜…………眠いな。下と違って静かだから心地が良い……」

「おい、無神経ゴリラ」


 錬成室でご法度の飲食をして床で眠りこけ、起き抜けに眠いなと抜かすガッツを睨み下ろす。


 昼にやって来て大人数用の“おにぎり二十種、お味噌汁を添えて”をばくばくと腹に収め、ぐぅぐぅと鳴る俺の腹に一つでもくれてやろうという気配すら見せなかった。


「下に行ってギルドメンバーに相談でもしてなさいよ。欠員出てんぞ、分かってる?」

「やる事が変わるのか? 魔物を見つけたら倒す。その繰り返しだろう」

「そんな訳あるかい。最近あそこに棲息する群れとか、行動範囲とか、通るルートとか、攻略法とか、幾らでも訊くことあんじゃん?」

「……訊いたところで訊いて返って来た答えの方を覚えていられないぞ、俺は」

「そうだったぁ……」


 愚かなのはガッツの知能に期待した俺であった。


「……だったらもうこれで終わりだから、下でラーメン頼んどいてもらっていいかい。それくらい覚えれるっしょ?」

「馬鹿にするな」


 寝起きだからか緩慢な動きで身体を起こしたガッツは、新品の大剣を背に扉へ向かう。


「…………あれ? 俺はなんで立ち上がったんだっけ」

「嘘だろお前っ!? 寝起きとは言え嘘だろ!?」


 メニューどころの話ではなかった。


「あっ、ラーメンだ。すまんすまん、寝ぼけていた」

「食うなよ? 俺のだからな……?」

「おう。伸びる前に降りて来い」


 部屋から出て行くガッツを見送り、扉が閉まるとまたデスクへ視線を戻した。


 後はフラスコのポーションを容器に移すのみ。実はこの細長い容器も錬成魔法で作られた物。ガラスなどと違って壊れにくく、持ち運びにも打って付け。冒険者は専用のポーションポーチを持ち、そこにこの容器を差し込んで戦闘中でも簡単かつ迅速に取り出して飲めるようにしている。


 中には攻撃力のある毒系のポーションなどを戦闘に用いる者もいるが、ファーランドでは見かけない。取り扱いが難しくメリットのあまりない使用法であるので、そもそも使い手は少ないこともあるだろう。


「…………うしっ、終わったぁ〜」


 ポーションは後で受け付けにいるシンシアさんのところまで運ぶとして、先に遅めの昼飯を頂くとする。


 伸びをしてから先を立ち、凝った腰や肩を揉みながら錬成室を出る。


「清々しいわ、この達成感たるや」

「シンシアさんは絶対に眼鏡をかけた方がいい。是非試してみたらどうだ。何もしないから。一万ゴールド渡すから」

「穢されたぁ〜、達成感が穢されたぁ〜」


 シンシアさんが普段は眼鏡をかけていることを知らないガッツが、天性の勘からか受け付けでナンパじみた行いをしているところに遭遇する。


「おい、食い終わったら会議すんぞ。ていうか、ちゃんと頼んでんの?」

「頼んだぞ。……ほら、今しがた丁度完成したようだ」

「しかも大盛りじゃ〜ん」


 大盛りの器に歓喜しながら食堂のカウンターへ向かう。


 端のテーブルで何かの図鑑と睨めっこするイチカちゃんがいるので、席取りの心配はなさそうだ。


「おっちゃん、ありがとねぇ」

「あいよ、明日の為にしっかり食べてくだせぇ」

「うぃ〜っす」


 隣のラーメン屋から届けてくれた店主にお礼を言い、激励まで頂戴する。


 器から漂う香りに腹が鳴りっぱなしで、急いでイチカちゃんの席を目指した。


「うぃっす、イチカちゃん」

「お疲れさまです」


 何はともあれ、まずは昼飯だ。いただきます。


 醤油豚骨スープの濃厚さがいい塩梅なラーメン。


 細麺に刻んだキクラゲ、半分に切られた半熟卵、薄めのチャーシューが三枚。そして、彩りのネギ。


 早速、細麺を箸で掬い上げ、熱々のところを思い切りズズ〜って食べ始める。


 啜るとスープが霧みたいになって口全体に広がっている気がしてめちゃくちゃ美味い。そんな気がしない? これをモナに訊ねた時に鼻で笑われてから他人に訊けなくなってしまった。


 次々に啜る。啜り食う。


 パスタで啜らない分まで啜るように、スープの絡んだ細麺を一気に啜る。


 はい、ここで俺のラーメン内ランキングが重要となって来る。誰にでもあると思うが、ラーメンに乗っている具を好物の順に格付けしたランキングだ。


 ちなみに俺は好物を一番初めに少し、そして最後に残りを食べる派閥の代表を務めている。


 この派閥でラーメンだと、俺は簡単だ。だって一位が麺とスープだもの。どう考えてもこいつらに勝てる存在などいない。


 ネギは可哀想だが基本的に、そちらから麺に絡んで来たかよくやった程度の認識である。


 となると卵、キクラゲ、チャーシュー。俺の二位は……。


「…………」

「ほぅ……卵か。見かけによらず…………いや見た目通りにアウトローな攻め方をするじゃないか、コール」

「ふっ……」


 隣に座るガッツが俺の予想外な選択に、一筋の汗を流して博士顔で口を挟んで来た。


「……なんなんです? 私も卵が好きなので最初に食べますよ?」

「イチカは甘いな。コールは好物を基本的には最後に持っていく。しかし今回こいつは、チャーシューを三枚残した状態で様子見することなく卵を選んだ。明らかに何か大技を狙っている……」

「大技ってなんです? ラーメンを食べているんじゃないんです?」


 そう、俺のラーメン内ランキング二位は卵。だが三位のチャーシューが三枚も残っており、四位のキクラゲなどに至っては手付かずの状態でスープに浮いている。


 俺はこれらで、とりあえず口の雰囲気を変えるかぁみたいにしてお茶を濁すことなく卵を食らったのだ。


「なっ!? ば、馬鹿なぁぁぁぁ……!!」

「……なんなんですか、今度は」

「こ、ここここ、コールがキクラゲと麺を重点的に攻めている……!? 何をしているんだ、こいつは!!」

「きっとラーメンを食べているんだと思うです」


 俺は更に一位の麺を疎かにするレベルでキクラゲと細麺を啜り始めた。


 早々にキクラゲは姿を消しても尚、俺は麺を啜る。


 汗を流し、黙々と濃厚スープと細麺の食感を無心で味わう。


 三位というそこまで重要視していないチャーシューを残しつつ細麺を容赦なく食べ終えようとする俺を、恐怖に震えながら見つめるガッツ。


 俺はもう麺が無くなりそうになったその時、立ち上がった。


「っ……!? な、なんだ、受けて立つぞ……!!」


 ビクっと怯えるガッツを鼻で笑い、俺は行動を起こした。


「すみませ〜ん、ライス一つもらえます? チャーシューとスープをおかずに食うんで。あざま〜すっ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る