第34話、痴話げんか
その夜、光の魔石を使用せずに蝋燭を灯したムードのあるリビングで、モナと向かい合い各々の時間を過ごしていた。
ベッド近くで明日の服を選ぶモナと、テーブルで獣の森近辺の魔物を調べる俺。ギルドから借りた書物で予習している。
「…………手は抜いてくれるんでしょ? そりゃそうだよな。モナでないとは言えモルガナを相手にするって、蟻に向かって海に勝てって言ってるようなもんだもんな」
「さぁ、どうだろうね。ただ、自然な流れで君を近くに置ける機会が転がり込んだのなら、私はどうすると思うかね?」
対面の席を斜めにして座り、ホットミルクのマグカップを手に何かの書物を読み始める。
「……冒険者パーティーを本格的にやったら、あんまポーション系の実力が上がらないのが嫌っす」
「私がパーフェクトエリクサー・オリジンの作り方を教えてあげると言っても?」
「神の秘薬やんっ!! そんなぶっ飛んだところまでスキルを伸ばそうなんて思ってねぇよ!?」
「はい、これ本物」
「実物出さないで!? 怖いから早く仕舞って!?」
牛乳瓶を置くが如く容易く本物の神薬をテーブルに置くモナ。神にも至れるともされる液体を前に怯えてしまう。
それに作製するとしても俺が一万人いても魔力量が足りる気がしないが、モナの《嘘》なら何とでもできてしまえるところが現実味を帯びている。
「これより凄いのもあるけど、見てみたい?」
「いや、いい。お高いオリーブオイルに臆する男にそんなん止めて?」
「そう、残念」
充分に揶揄って満足したのかモナは書物に視線を落とした。
だがすぐにまたモナから話題が振られる。
「安心するといい」
「はぁ? そう言われると逆に不安になるけども?」
「朝は酷い仕打ちをされたけれど、少しも気にしていないから」
どうやら都市長の家で額に壺をぶつけたのに慰めに来なかった件について話したいらしい。
どこの恋人達も経験する口論だ。
「アレはだって、ねぇ……? 自業自得だし、あの場面っしょ? 正しい対処法だと思っちゃうよ?」
「…………」
はい、拗ねた。暗に早く謝れと言っていたのに反抗したから拗ねてしまった。
美麗に過ぎる顔を僅かに傾け、眉根を寄せて横目から憤慨の情を送り付けてくる。
「ぷぷっ、おもろ」
「っ…………」
拗ねるモナは面白くて仕方が無い。だからつい楽しくなってしまう。
モナは更に揶揄われ、ムッとなった顔で居住まいを正して鼻息荒くしている。怒ったぞアピールを本格的に取った証だ。
「自らの非を認めないどころか、この私を嘲笑ったね……? いい度胸じゃないか……」
瞬時に世にも恐ろしい天界の聖獣達に取り囲まれ睨み付けられるも、もう慣れたものでコーヒー片手に眺めながら言い返す。やがて椅子ごと宙に浮き、ぬいぐるみになった聖獣達と上下左右なくふわふわと浮かされるも平然と言い返す。
ちなみにコーヒーは溢れないし、普通に飲める。
「だって元は他所ん家の壺を凶器に使おうとしたモナが悪いわけでさぁ……」
「…………私は君の為を思ってアレをやったのに、そんな態度をするのか。そうかいそうかい」
拗ねつつも物悲しげな声音で言われてしまう。
「俺の為!? 緊張を解すとか、そんな感じ……?」
「さぁね。ま、困った時なんかに思い出したらいいんじゃないかな?」
「困った時に、モナの鈍臭い様を思い起こせと……?」
天井付近を逆さまになって浮遊する俺は、頭上のモナを見て愕然となる。
「そうじゃなくてっ…………はぁ、もういいよ。それよりも君達が勝つ為の策でも考えようか」
「勝てる、かぁ? モルガナ抜きにしたら火力は勝ってるだろうけど……」
「勝つ方法ならある。一発逆転の大物を狙うか、あっと驚く数を討伐するか」
「……普通じゃね?」
「普通だね。でも今回の地形の場合だと普通ではない……」
逆さになった状態で自らの元まで誘導し、謎にキスしてくれた。脳がやられそうな柔らかな感触を唇に受け、何とも艶めかしいリップ音が鳴る。
「……大物を狩るにしても、数を稼ぐにしても、獣の森が有利なんだ。何故なら獣の森に棲息するほとんどの魔物は、――群れを作る」
「ほぅ!」
「群れのボスはその種の進化体である事が多い。つまり、それだけ大物が率いている可能性が高くなるんだ。群れごと倒せば数も稼ぐ事ができる」
「狩場の当たり引いてんじゃん。……えっ!? もしかして、お前さん……」
「…………物のついでだよ」
ホットミルクを飲み、ちらりと見上げて澄まし顔で答えた。
どうやらモナが有利な方を獲得できるよう、何かしてくれたようだ。
「俺、反省。……ごめんよ、何かして欲しいこととかあるかい?」
「ふむ……」
目の前に着地させ、ぬいぐるみを消したモナは目を閉じて少し考えを巡らせる。
その結果……、クールな微笑みで望みを告げた。
「……勝負に勝って、是非とも私を冒険デートに誘って欲しい」
「どんだけ可愛いの……?」
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