第70話、コールの初戦闘
偵察の意味が無いことに気付いた俺は、四人で五つ目の遺跡へ忍び足で歩み寄る。
「…………えっ? 何か物音するんだけど」
「ちょっ、怖いこと言わないでよぉぉ……」
「うぃ〜っ」
「ちょっとっ、止めてって……!」
ガッツの背後に隠れる俺の背後に隠れるユウを、突然の挙動で驚かせてみた。軽く背中を叩かれるも、揶揄い甲斐のある奴を見つけてしまった。
「そこに木の実があんで。踏まないようにな」
「了解した」
小声での会話。
木の枝や落ち葉を踏んで物音を立てないよう注意しながら、遺跡の入り口から見えないよう遠回りをして接近する。
「……と、盗賊とかだったら、やっぱり殺しちゃうの?」
「捕縛を試みるけどぉ……、刃物とか出したり抵抗するようなら容赦しねぇよ。ガッツが」
「ちょっとモルガナに電撃で倒してもらっちゃわない? なんかこう、痺れさせてさぁ。あたし、人間の血とかはちょっと見たくないかも……」
「甘いねぇ。冒険者たる者、依頼を受けた瞬間から命の取り合いは覚悟しなくちゃな〜んて言ってみるポーション職人の俺」
魔物も盗賊も、討伐数は勿論ゼロ。正真正銘の最弱にも関わらず、非公式ながら依頼達成率は驚異の百パーセント。
「雷魔法使えるんでしょ? 都市最強クラスのガッツとモルガナさんが一緒にいることなんてまずないんだから、ここで練習しちまいな?」
「いや人間に雷魔法よ……? そんなに簡単に使えないって……」
「あらそう? ……まぁ、魔物専門の冒険者になればいいだけだから、気にしなさんな。そういうギルドだってあるわけだし」
「う、うん……」
久しぶりに会った一般人に、感覚がおかしくなってしまった俺は数瞬の間だけ疑問符を浮かべてしまった。
領主と都市長の悪意が俺を変えたのかもしれない。沙汰が待ち遠しい限りである。特にあの執事。
「……ユウはこの短い間に随分と懐いたもんだね、ポーション君に」
「懐いてないって……。団体行動で足並み揃えてるだけ。モルガナももっと警戒しててよ」
「いつもはオーミ君がやっていたからね。それにこそこそと行動するのは性に合わないんだ。早く魔法を撃ち込んでさっさと終わりにしてしまおう」
「さっすが、頼れるぅ」
明らかに機嫌の悪くなっているモナなのだが、ユウやガッツは少しも気付いていないらしい。
「しーっ、もう遺跡の側面だから、ここからはお喋りは無しで行こうや」
「それがいいだろう。付いて来てくれ」
「うぃ」
口元に人差し指を押し当て、ユウ達に注意を促して頷くのを目にしてからガッツに続く。
息を潜め、抜き足差し足忍び足で遺跡の入り口を目指す。
辿り着いた入り口から、ガッツと共に慎重に物音のする遺跡内を窺った。
「…………」
「…………」
……顔を引っ込め、呆れ顔で見合った俺達はユウとモルガナを少し押し戻して再び側面へ。
「な、何っ……? どうしたのよ……」
「何かいたんだろう? 退治しなくていいのかな」
心配そうなユウと退屈を露わにする真顔のモルガナ。
「う〜ん、あのね…………はっきり言っちゃうと、魔物が交尾してた」
「えっ……!?」
「で、それがさぁ……」
別に人間も魔物も生殖本能はあるだろう。魔物に交尾するななどと言うつもりはない。ただ今回の場合は問題だらけだ。
「……そろそろ終わってそうだから、もう一回見てみよか」
「ちょっ、あたしも見る……」
「見ない方がいいと思うけどなぁ」
「なんでよ……」
純真無垢なユウが顔を赤くして興味を持ってしまっているので、彼女を連れて入り口へ。
二人して遺跡内をこっそりと覗く。
その魔物は祭壇の上にいた。
「ゴブゥ……」
「……ゴブゴブ?」
二匹のゴブリンが祭壇に寝転び、大きな黄色い葉っぱで腹を覆って休んでいた。
何か飲む? とでも言いたげな雌のゴブリンに雄ゴブリンは、いやいいとばかりに首を横に振っていた。
おまけに雄ゴブリンは、何かの枝を煙草代わりに燻らせている。
「………………えっ? そういうこと?」
「多分、そうなんじゃないかなぁ……」
雰囲気から察するにおそらくあの雄ゴブリンは、先程のメスゴブリンの夫ではないだろうか。
つまり俺達は、ゴブリンの不倫現場に遭遇してしまっていた。
「……最低っ、モルガナにぶっ殺してもらお」
不快感と嫌悪感を露わに、ユウは駆除をと口にした。
「でも赤ちゃんゴブリンいたぜ? 母ちゃんゴブリン、狩りとか大変だぜ? 育児だって大変らしいぜ?」
「もう……マジ最低っ」
何故に俺達がゴブリン達の泥沼不倫劇に頭を悩ませなければならないのかは置いておこう。
「……ガッツはどう思う?」
「俺も許せないな。俺がこの二匹をあのお母さんゴブリンの元まで引き摺って行ってもいい」
「赤ちゃんゴブリンにそんな修羅場を見せたかねぇよ……」
「それは……そうだな……」
ガッツもユウと同じくお母さんゴブリンに同情し、夫ゴブリンに何かしらの罰をと考えているようだ。
でも俺は、母ちゃんゴブリンが被害者なのは確定としても、赤ん坊や子供がいる状況では同情よりも前に、不倫するような相手を選んだのはあんただぞとまず思ってしまうタイプだ。子供が割を食うのが何より気に入らないから。矛先がこちらに向きそうなので、これまで絶対に口にはしなかったが心の中なので大丈夫。
「……でもそんなゴブリンを夫にしたのはあのゴブリンだろう? さっさと連れて行って終わりにしてしまえばいい」
冷淡なモナはお構いなしに言ってしまう。何故なら《嘘の魔女》様に怖いものなどないのだから。
モナは人間にも魔物にも思い入れなどないので俺と理由は違うだろうが、考え方は似ていた。
「そうだけどさぁ……」
「うむぅ……」
やはり何か裁きをと望むユウとガッツは言葉を濁して表情で不服を訴えている。
ちらちらと俺を見るのは止めて欲しい。だって正直どうでもいいから。
「めんど……」
仕方ないので、もう少しゴブリン達のやり取りを聞いてみよう。何となく分かるから、もう少し事情が掴めるかもしれない。
『……いいの? 奥さん、放っておいて。子供、産まれたんでしょう?』
『ふぅ……。……何度も言わせるな。俺が愛している雌はお前だけだ。アレは俺の言うことなら何でも聞くから側に置いているに過ぎん』
『いつもそればかりじゃない……』
『ふっ、時間は優先してお前に――』
気が付けば、俺は祭壇へと駆け出していた。
「バカやろうぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ゴブゥ――!?」
熱い拳を握り込み、夫ゴブリンを容赦なく殴り付けた。
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