第71話、VS不倫ゴブリン


「コールぅぅ!?」

「ポーション君っ、あんた何してんのよ!!」


 最も弱く、何の攻撃スキルも持たない俺の突撃に背後から仰天の声が上がる。


『な、何者だっ!! っ、人間っ……!?』

「てめぇ!! 母ちゃんゴブリンはてめぇを待って涙まで流してたんだぞ!! 今の自分が恥ずかしくねぇのか!!」


 母ちゃんゴブリン達の無念を思いメラメラと燃える怒りにより、拳を震わせて宣戦布告する。


「かかって来やがれっ……。クズに人間もゴブリンもねぇからな……? その腐った性根、男を代表して俺が叩き直してくれるっ!!」

『人間如きがっ……!! 上等だぁぁぁ!!』

「がはっ!? ちぃぃ……結構イテぇじゃねぇか」


 ゴブリンの拳が頬に叩き込まれ、口から流れる血を手の甲で拭う。


 散歩がてらの依頼の中で、突如としてゴブリンとの殴り合いが始まった。ちなみに喧嘩自体、初。


「こ、コールっ!! 後は俺がやるから下がっていろ!!」

「来んじゃねぇ!!」

「っ……!!」

「他ゴブリンの家庭事情に首突っ込んでっ、勝手に喧嘩売ったやつなんか助ける必要ねぇ!! そんなバカは見捨てちまえ!!」


 救援なんて認めない。


 これは俺と不倫ゴブリンとの決闘なのだ。


「ケジメも付けられねぇ碌でなし野郎っ、雄の風上にも置けねぇ!!」

『ゴブゥっ!? くっ……ゴブリンを舐めるなぁ!!』

「ぐはっ!!」


 殴っては殴られて、祭壇上のゴブリンと熾烈な大喧嘩を繰り広げる。


「ぽ、ポーション君……」

「あらら、随分と熱くなっているみたいだね。一匹のゴブリンのためにリスクを冒すなど、私としては理解に苦しむよ」


 今頃は一名を除いてハラハラドキドキと底辺同士の決闘を見守っているだろう。


 だが申し訳ない。これは引けない戦いなのだ。


「ぐぅぅ……!? ……ダラァっ!!」

『ぐはぁぁ!? く、くそぉ……』


 渾身の村人ストレートがゴブリンを打ち抜く。


 しかしこちらもあちらと同じく、脚をガクガクと揺らして蓄積されたダメージを表面化させている。


「はぁっ、はぁっ、っ……まだまだぁ!!」

「ポーション君っ!!」

「なんだぁ!! …………えっ」


 再び拳を振りかぶった俺へユウが声をかけ、そこでやっと俺のズボンを引っ張る…………母ちゃんゴブリンに気付いた。


「母ちゃんゴブリンっ……こ、これはそのっ……」

「…………」


 適当な言い訳をと思考する俺に、赤ちゃんゴブリンを抱いた母ちゃんゴブリンは哀愁漂う穏やかな笑みで首を横に振った。


 もういいのです。そう言いたげに、首を振った。


「母ちゃんゴブリン……」

「…………」


 決闘の熱も引いていき、俺のファイティングポーズ&拳も自然と解かれていく。


 生まれた静寂により厳かになった遺跡を、母ちゃんゴブリンは楚々として歩み、祭壇の元へ。


 夫ゴブリンはよろよろと祭壇から降りると、高慢な態度そのままに母ちゃんゴブリンを見下す。


「フンッ、ゴブ?」

「…………」


 何をしに来た。俺が何をしようと、お前はただ家で待っていればいい。そう言いたげに鼻を鳴らす夫を悲しげに見る母ちゃんゴブリン。


「お前マジぶっ飛ばすかんなっ。泣いてもマジ容赦しねぇからなぁ!」


 新たに燃え上がる怒りに指差して怒鳴りつける。するとその俺の両側に人影が現れる。


「もう手を出すなとは言ってくれるなよ?」

「あたしだってもう黙ってらんないよ」


 ガッツとユウも最早我慢ならないようだ。


 しかし母ちゃんゴブリンは諦めたように嘆息し…………手を振り上げた。別れのビンタだろう。瞬間的にみんなが悟ったのではないだろうか。


 これ以上は俺達が手を出すべきではない。


 母ちゃんゴブリンは慣れないビンタで夫ゴブリンを――


「――ゴブゥゥゥゥゥゥゥッ!?」


 急激に軌道を変えた母ちゃんの指が、夫ゴブリンの鼻に突っ込まれた。


「どぅぇぇぇぇ!? か、母ちゃんゴブリン!?」

「何だ……? 何が起こっている……」


 それだけに飽き足らず、夫ゴブリンを片腕の腕力だけで持ち上げてしまう。前腕がパンプアップし、血管がビシリと走っている。


「ゴブっ!! ゴブぅぅぅぅ!!」

「…………」


 片手で赤ちゃんゴブリンの機嫌を取りつつ、片手でじたばたと悶絶する夫ゴブリンを突き上げて制裁する母ちゃんゴブリン。


 穏やかな顔のままなのが世にも恐ろしい。


「ご、ゴブゥ……ごびゅ!?」


 夫ゴブリンを下ろしてから、更にビンタを食らわせた。夫ゴブリンは独楽を思わせる高速回転の後に、その場に倒れてしまう。


「ゴブゥ」

「ご、ゴブ……」


 次はありませんよ、そう言ったのだろう。夫ゴブリンを引き摺り、怯える浮気雌ゴブリンに一切構うことなく歩み始めた。


 途中、俺達に一度きちんとしたお辞儀をする母ちゃんゴブリン。


「あっ、いえいえ。もうホント、余計なお世話でしたわ」

「あたし達のことは気にせずに、お達者でぇ……」


 母ちゃんゴブリンが夫を手に入り口から出て行く。


 モナが後から教えてくれたところ、この母ちゃんゴブリンは“族長ゴブリン”という種で、かなりレアな個体であったようだ。当然、偉そうなだけの夫ゴブリンよりも格上。妻が奥ゆかしいが故に夫ゴブリンはこの事実に気付かず、思い上がっていたらしい。


 呆然とする俺達を余所に、ゴブリン一家が遺跡を後にした。


 まさか依頼を通してゴブリン一家から……人もゴブリンも、身近な存在にも感謝を忘れず、決して驕ってはいけないとの学びを得るとは思わなかった。


 あと魔物を見た目で判断しちゃダメ。母ちゃんゴブリン、いつでも俺とユウを殺せた説が密かに浮上していた。

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