第72話、マドロナ食堂


「いちちっ……初めて殴り合いの喧嘩なんかしちゃった。温厚かつ姑息そのものに生きて来たってのにさぁ……」

「早くポーションを飲め。まったく、ヒヤヒヤしたぞ……」


 自分のポーションを飲みながら、殴打の傷を癒やす。


 疲労から座り込んでいる間に暇を持て余したモナとユウが他の遺跡の調査を終わらせてくれたお陰で、ゴブリンのいたこの遺跡からそのまま家路に就ける。


「本当に何があるか分からんな、流石は冒険」

「うぃ〜」


 無駄にポーションを飲むガッツと乾杯する。


「さっ、依頼は達成したよ。早く帰りたくて仕方ないから、そろそろ重い腰を上げてもらおうか」

「何? モルガナ、この後に何かあるの?」

「それがあるんだよ。朝まで続くビッグイベントがね」


 明日を殺すつもりらしい。俺の明日を殺す算段で、あの衣装を封印から解き放つつもりらしい。


 決戦である。立ち上がった俺は勇ましくギルドへ向けて歩き出した。


「……《闇の魔女》様訪問の前夜祭みたいなやつ? だったらさ、あたしも行っていいでしょ?」

「そうじゃない。まったくもって話が違う。これは自分へのご褒美みたいなものだから、君は立ち入れないわけなんだ」

「明らかに一人酒するつもりじゃん。それならギルドかどこかで一緒に飲も? そうだ、この面子で飲めばいいんじゃん!」

「それは後日の方がいいだろうね。ガッツ君は明日、とても大切な役割があるのだから」

「あっ、そっか。ガッツさんは《闇の魔女》様に御目通りだったわ」


 間髪入れずに交わされていく女子達の会話を背に、ポーション片手にのらりくらりと歩く。


「腹減ったぁ。そういや飯食ってねぇじゃん」

「もうじきに夕方だが、ギルドで何か食べるか?」

「夕方かぁ……。昼飯を食べ損ねた時に一番困る時間帯。この場合、たこ焼きとか屋台で誤魔化す者が最も多いと俺は睨んでいる。そこを俺はあえて夕飯まで我慢する。何故なら夕飯を豪勢にした時に得られる喜びが格別になるから。ガッツじゃあ考えつかねぇだろうな、カワイソ」

「……お前は本当に毎日が楽しそうだな。一人で劇ができてしまいそうじゃないか」


 お前とマーナンにだけは言われたくない。


 ズキズキと痛む顔と頭が癒されていくのを感じながら、俺達即席パーティーはファーランドへと帰還した。


 そうしたら何故か、ユウが夕食だけでも食べないかと誘って来た。


 よく考えてみれば、朝までということはどこかで休憩もしくは夜食が必須。早めの夕食でも何ら問題はないということに気付き、モナの提案でギルド【マドロナ】にお邪魔して備え付けのレストランで夕食となった。


「めちゃくちゃこの四人編成、気に入ってんじゃん……」

「ポーション君も楽しそうだったじゃん」

「お前さぁ、俺を踏みつけたり蔑んだ思い出とかどこやった?」


 珍しくレストランにいるモルガナにギルド中から視線が集まっている。


 隣に座るモルガナが輝き過ぎて、俺など眼中の中で透明化されているようだ。


「依頼料を受け取って来たぞ」

「ホントに奢ってもらっていいんか? ここのステーキは高いらしいぞ?」


 何やら魔王や不死戦艦討伐の報奨金が入らない俺を憐れみ、ガッツが高級ステーキを食べさせてくれるという。


 受け取った依頼料を四等分しながらガッツはさも当然とばかりに言う。


「本来なら俺が受け取る額のいくらかはお前に与えられる筈のものだ。お前は俺から受け取るつもりがないと言うから、こうして奢るしかないだろう。……あれ? 四等分って、俺の分はどれになるんだ? しまったな、忘れてしまった」

「寄越せ」


 しまったとか言って何が疑問なのかすら俺には理解不能だが、ガッツが計算に困り果てているので代わりに四等分してやる。


 モルガナとユウに渡して、今回は初めて戦闘を俺が担うという前代未聞の事態だったので俺も貰い、ガッツの分を差し出した。


「珍しいじゃん。モルガナもステーキだなんてさぁ。いっつもサンドイッチとかで簡単に済ませるのに」

「今夜は少しの慢心も許されない……。向こうも殺すつもりで爪を研いでいるであろう事を考えれば、激しい決戦へ向けてしっかりと食べておかないと」

「何をするつもりよ……」


 両肘を突いて頬杖の体勢で決意表明するモルガナに、対面のユウは怪しげな眼差しをくれるばかりであった。上等である。仰るとおり、潰すつもりだ。


「……ふむ、いい雰囲気だな」

「ウチと違って何かシャレた感じだよな」

「若者に人気なわけだ。清潔感がある」


 ガッツとギルド【マドロナ】を見回して称賛を口にする。


 しかし俺とガッツは【ファフタの方舟】の食堂が勝っていると信じて疑っていない。半端なものは決して認めないとばかりに、敵地に乗り込んでいる気分でここに座っている。


 ウチのガーリックこそ正義とばかりの玉ねぎソースをドバドバにかけて食べる暴れん坊ステーキが最強に決まっている。


「ポーション君、ウチのステーキ食べたら驚くよ? 恥ずかしいから叫ぶの禁止ね?」

「なっはっは! やべ、叫んだらどうしよ」


 叫ぶわけがないだろ、この小娘が。美味いもん食って叫ぶやつなんかいるわけねぇだろ、バカが。


 ガッツも内心でユウを嘲笑っていることだろう。


 すると談笑もそこそこに、その自慢のステーキが運ばれて来る。


「…………」

「…………」


 予想以上に、普通であった。ソースとかなく、普通に焼かれた牛肉が置かれた。中まで火が通ってないし。


 ソースは別。更にわさびと塩が乗っている。


「わさびで食べてみて? 悶絶するよ?」

「あ、あぁ、いただきま〜す……」


 落胆をおくびにも出さず、ガッツと同時に切り分けてある厚めの普通ステーキにわさびを乗せて箸で食べる。フォークとナイフで切り分けてかっ喰らうのがいいのに。


「あむっ……なんじゃこら柔らけぇぇぇぇぇぇぇ!! はぁぁ!?」

「ゴホッ、ゴホッ、けほっ!! ……えっ、肉?」


 歯が要らない。いや、歯はいる。もっと噛みたい。


 しかし歯から感じる抵抗感がなく、押し潰れながら肉の旨味が溢れて来た。そして溶けた。食レポで『溶けた』と言う輩を忌み嫌う俺が、溶けたと真っ先に思い浮かべるほどに溶けた。


 ガッツなどは美味し過ぎて咽せてしまっている。肉であることすら疑い始めている。


「ちょっ、恥ずかしいから立つなって……!!」

「う〜ん、美味しいから私も立ち上がっちゃう」

「モルガナも!? モルガナが真似し始めちゃったじゃん!!」


 くすくすと笑われるも、モナのお陰でほんわかとした空間に早変わりした。


「このわさびのツンと来る感じが、絶妙な焼き加減で焼かれたいい肉の脂としっちゃかめっちゃかで…………美味過ぎるだろ。コックの野郎、正気を失ってやがる……」

「ありがとうございます」


 お肉ってこんなに美味しかったのかとコックに悪態を吐いていたら、いつの間にか隣にコックみたいな和やかな人が立っていた。


 その手にあるガーリックライス的な皿を、俺達のテーブルに置いた。ガッツ達にも店員さんが三つ運んでいる。


「こちら、サービスでございます。引き続きお食事をお楽しみくださいませ」

「サービス!? 俺等なんかに材料を使って!? おじさん、クビにならない!?」

「な、なりませんので、ご安心ください」


 声を裏返らせて憂慮するも、コックさんは偉い人なのか人の良さそうな笑みで答えてお辞儀をし、厨房に去っていった。


 どうやら魔王討伐の際に見ていたらしく、何かお礼をと考えていたようだ。帰りにはステーキの代金まで無料になっていた。


「今度から牛肉はちょっとレア気味で食うわ。気分良すぎて段々イライラして来た。あぁっ、ちきしょう!」

「野菜までこんなに美味いというのは、流石に生かしておけんな」

「食え食え、味がしなくなるまで噛み殺してやれ」

「おう」


 会話も弾む弾む。ガッツと共にディナーを満喫する。


「こいつらの会話、狂ってんだけど……」

「その物言いをする割に君はとても楽しそうだけどね」

「えっ、そう……?」

「うん。しかし分からなくもない。ここはとても居心地がいいからね」


 そう言うモナは隠れて俺の太ももに手を乗せて来た。


 早く二人きりになりたいから味わうなとばかりに高速でスリスリされる。摩擦熱で煙が上がりそう。


 まぁ、待ってくれ。今夜に備えて全て活力に変えなければならない。


「へぇ……あんたの口からそんな言葉が聞けるなんて思わなかったわ。まぁ……相性とかも悪くはなかったもんね」

「ほぅ、そうだったのか?」

「エドワードさんっ!?」


 ユウの背後から俺の大好きなエドワードが現れた。いつかチャンスを見つけてまた握手したい。


 けれど今はスプーンでガーリックライスを口に運ぶ作業が忙しい。


「そ、それでぇ……モルガナ、どうだったんだ? 私達以外の慣れないパーティーでの依頼は。何か不都合はなかったかな?」


 クラウザーは帰っているようだ。エドワードだけ心配で戻って来たのだろうか。


「中々に興味深かったよ? ガッツ君、助けが必要な時は遠慮せずに言ってくるといい。このパーフェクトウィザードのモルガナさんが同行してあげるからね」

「あっ、あたしも呼んでね」


 そわそわして訊ねたエドワードの顔が、完全に引き攣ってしまう。


「……あ、あぁ、その時はよろしく頼む」

「モルガナは渡さないぞっ、ノーキン……!」

「あくまで助っ人としてだぞ……?」


 エドワードも周囲も、モルガナに気に入られたと思しきガッツに様々な感情を乗せた視線を集中させていた。


 基本的に誰かを呼ぶつもりがないガッツなので可哀想ではある。


「ふむ、すっかり日が暮れてしまったね。そろそろ店が混む時間帯だろう」

「ねぇ、モルガナ。あたしの野菜食べてくれない?」

「うん、嫌だ。何故なら私が代わりに食べてしまうと君が喜んでしまうだろう? 暇そうなエドワード君にでもあげたら?」


 終始モナに太ももを撫でて焦げ臭い煙を上げながら急かされつつ、俺は無心でステーキを堪能した。忘れずに後でポーションを飲んで、ブレスケアと同時に胃をリフレッシュさせておこう。


 出陣である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る