第73話、シナリオの鬼


 その夜……。


 露出の少ないきちんとしたメイド服を纏うモナを背後から襲う。


「旦那さまっ、いけません……!!」


 蝋燭の火が照らすのみの薄暗い我が家で、箒にしがみ付く本格派なモナの胸を揉む。


「お黙りっ! う〜む、柔らかすぎて離れない……」


 がっつくことなく冷静を装うも物凄く興奮しながらモナのメイド服を適度に脱がすよう試みる。脱がしすぎはダメ。リアティとストーリーに拘るモナに後から叱られてしまう。


 台本に従い、まずはご自慢の美乳だけ露わにして先端には触れずに焦らす。我が儘放題に形を変える大きな乳を焦らしに焦らしたら、良きタイミングで先端に刺激を与える。もはやルーティン。


「瑞々しい肌が手に吸い付いて来るぅ……。ん〜………………生意気っ!」

「んあっ! っ……!」


 突然の快感に跳ね上がった顔を掴み、強引に口元に押し付け、無理矢理にキスをしてメイドモナの抵抗を和らげていく。


「だ、旦那さまは、一昨日に六番目の奥様にお子様が産まれたばかりっ……」

「…………」

「それに昨日は八番目の奥様との結婚式でした……んんっ」

「…………」

「本日は街から新たな町娘を攫って来たというのに――」

「ちょっといいかい、モナさんや……」


 少しだけ旦那様と召使いエッチの手を止めて離れる。


「もぅ……なんだい? ドキドキしていいところだったのに……」


 中途半端を許さないモナは、胸を仕舞いながら仕切り直しの雰囲気を醸す。


「ごめんね? でもさ、あのぅ……俺の設定が鬼畜過ぎるなぁ。とにかく鬼畜。俺、そんな環境でモナに手を出してんの? ぶっ殺された方がいいよ、そんなやつ」


 昼間のゴブリンが真っ当な魔物に見える所業をしていることになっている。


「実のところ真実の愛はモナだけに向けられているんだよ。しかし政略結婚させられ、苛立ちは募り、鬱憤は他の女性やモナへ向かった。モナはそれを知っていて、嫌よ嫌よと言いつつも旦那様コールを受け入れてしまう。やがてその悪行を知った王子がやって来て旦那様は殺されるんだ。助け出されたモナだけれど、彼女は彼の亡骸を前に泣き崩れ、モナに一目惚れした王子を振り払い、コールを追ってその命を絶つのさ」

「王子の野郎、いきなり俺を殺したの? そんな簡単に貴族って殺せるの? 俺は裁判もしてもらえなかったの?」


 鬼畜なだけならまだその気になれただろう。


 しかしその設定は実のところ悲劇。近々、どちらとも死んでしまう。


 知ってしまった俺の心が泣いている。


「ふむ、では仕方ない。設定を変えようか?」

「そうしてもらっていい? もっとさ、明るい感じでいかない?」

「じゃあ、表は真面目な旦那様なのだけど、裏では密かにメイドのモナを調教しているということにしよう」

「明るいかは別として…………変な、ストーリーとかないよな。モナには婚約者がいるとか、生き別れの妹とか、実は全部が旦那様の幻覚とか」


 警戒するに越したことはない。最中にモナの発言から発覚したら大事である。感情を制御できないだろう。


「全く無し。さっ、時間がもったいないよ。早く始めてしまおう」

「ふぅ、やれやれ……」


 本当に朝までメイド服一本で駆け抜けてしまった。


 明日は歴史的な日であるのに、俺とモナには無関係らしい。



 ♢♢♢



「う〜ん…………寝足りないね」

「うぃ……」


 結果、一時間くらいしか寝られなかった。


 正直に言えば、昼くらいから出勤するつもりであった。


 しかし予想を超えてファーランドが騒がしい。朝から丘を降りた街道でさえもパレード状態だ。


 お陰で叩き起こされてしまった。


「私は挨拶をしたら実家で仮眠することにするよぉ。人間の声で朝から不機嫌極まりないからね」

「おっ、いいじゃん。ゆっくり休みな」

「うん。昨日はたっぷりご奉仕して疲れたしね。コール君も無理しないようにするんだよ。後半の君はもはや獣だったじゃないか。私は好き」

「お、オッケー……」


 朝から揶揄う眼差しでドキッとすることを口走るモナが、マグカップにお代わりのコーヒーを注ぐ。


 いやでも確かに昨日のは激しかった。やはりメイド服は封印かもしれない。


「ふぅ、俺もガッツ達を見届けてからすぐに帰ろっかな。どうせ明日も馬鹿騒ぎだろうし」

「ふ〜ん、コール君が帰って来るなら眠気を消して一緒に何かしようかな」

「いや、俺は寝させて? 疲弊の一言だから」


 モナは《嘘》で睡眠も眠気も無かったことにできるだろうが、俺は村人。眠らなければ回復しない。


 二杯目のブラックコーヒーをごくごくと飲み干し、出勤を決意する。


「うし、じゃあ行って来ますわ」

「行ってらっしゃい、コール君」


 例のフーエルステッキ泥棒の件もあるし、《闇の魔女》様ご帰還までに何事もなければよいのだが。


 こうして、長くもあっという間の一日が始まった。


 重たい身体を惰性で動かし、ギルドにやって来た俺はシンシアさんから鍵を受け取ると薬草籠を手に、二階へ向かう。


 ガッツやマーナン、そしてイチカちゃんは既に学園に現れる《闇の魔女》様を待っていることだろう。


 そしてギルドメンバー達も警備に駆り出されている。


 ギルドは息をしていないかのように静まり返っていた。


 こんなことは初めてで、…………めちゃくちゃ集中できる。助かる。毎回こうであって欲しい。


 かつてない早さでポーションが作製されて行き、この疲労感とは思えない手際の良さで昼を前に仕事が終わってしまう。小休止すら入れる必要がなかった。


「……あいつら全員、毎回どっか行ってくんねぇかな」


 伸びを一つ挟み、木のケースに入ったポーションを持って一階へ降りて行く。


「うぃ〜っす、シンシアさん」

「えっ? もう終えられたんですか……?」

「静かなの最高っすわ。あいつら纏めて解雇にしてくれません」

「ふふっ、できるわけないじゃないですか。コールさんもお払い箱になってしまいますよ?」

「そりゃそうだ」


 ポーションを渡して、少しだけ談笑でもしてみる。


「……シンシアさんは、祭り行かないんすか?」

「今日は私がここを担当して、明日は別の方と代わることになっていますね」

「でもそれだと《闇の魔女》様、見れませんね。お綺麗で有名なのに」

「まぁ……お仕事ですから」


 そう言う割に誰もいないので暇そうだ。座っているだけ。来る可能性があるのは、依頼人くらい。それも今日に限れば少ない可能性だ。


「あっ、じゃあ奢るんで、せめて昼くらいは好きなもん食ってくださいよ」

「えっ!? そんなっ、悪いですよ……」

「昨日は食費が浮いてるんで遠慮しなくていいですよ? 何を食います?」

「そうですか……? ……う〜ん、ではコールさんのおススメをお願いしましょうか」

「うぃっす、じゃあ今日みたいな日にぴったしのやつ教えちゃいますわ。“やきそば”ってやつが祭りには欠かせないんだから」


 受け付けから立ち上がったシンシアさんを連れて食堂へ行く。


 いい気晴らしになってくれれば幸いだ。


「そうです、そうです。結構多めにガッついた方が美味いんだから、やきそばって」

「ちょっと恥ずかしいので、このくらいで……」

「うぃっす。紅生姜と同時も美味しいですよ。……あと、どうでもいいけど食べ方にめちゃくちゃ品がありますね。一緒に食ってて気持ちがいい」


 しかしこの時、実はもう既に事件は起こっており、しかも既に犯人の計画もほぼ成功していることをまだ俺は知らない。


 こうして奴等・・のせいで、過去最高に疲れる一日が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る