第74話、《闇の魔女》来たる

 ファーランド魔法学園では、学生や教員のみならず凡ゆる都市から訪れた見物客が今か今かとその時を待っていた。


「あわわわ、あわわっ、もう心臓が飛び出ちゃいますぅ……!!」


 ついに《闇の魔女》がやって来る。


 しかも真正面から向き合い、言葉を交わせるとあってイチカの鼓動は跳び上がり続けていた。可愛らしくおめかしして、装いも特注のドレスで見る者を魅了する。


「落ち着くのだっ、イチカとやら。無礼であるぞ」

「そうだぞ、イチカ。このような時にこそ、失礼がないよう無理にでも落ち着かなければならない」


 特別に用意された三人の席で、正装姿のマーナンとガッツに嗜められる。


 由緒正しい闇魔法使いのローブに、タキシード。どちらも様になっていた。


「…………そんな脚をしているお二人に言われたくないです」


 高速で振動する二人の膝を指差し、自分より緊急している者を目にして、イチカは少しだけ落ち着きを取り戻した。


「コールは一体全体何をしているぅぅ……!! 怠慢なるぞ、愚かなる友よぉぉ!!」

「あいつの謎に動じない姿を見せてくれぇぇぇ……!」


 酸欠になりそうになって、飄々とし過ぎて余りある友を求める。その姿を見れば緊張も和らぐこと間違いない。


「……俺に何の関係があんのよ」

「コールさんっ!!」


 背後から様子を見に来たコールが、嘆息混じりに苦言を呈した。


「貴様っ、何をしていた!! 朝日と共に顔を出すのが道理なるぞ!!」

「朝日で良い気分になって、お前のツラ見て嘔吐して、俺に何のメリットがあんの?」


 ポケットに手を入れたまま、いつもよりも眠たげに会話するコール。不可思議な作用により、緊張が緩和されていく。


「何してたかって……仕事してぇ、やきそば食ってぇ、ウトウトしてた」

「早く来いよっ! ここでウトウトしろっ! この馬鹿もんがぁ!!」

「こんな大観衆に俺のウトウトが見られんの? ……やだよ、恥ずかしいもん。できるなら人里離れた山奥とかでウトウトしたいのに」


 少しばかり予定がズレて、《闇の魔女》の訪問が昼からになっていなければどうなっていたことだろう。


 コールが間に合わず、緊張から失態を犯していたかもしれない。


「コールさんはこれからどうするです?」

「あんた等が《闇の魔女》様に御目通りするのを見てから帰ろうと思ってるけど、まだまだっぽいね」

「そうですね、あとぉ……三時間くらいはかかるかもです」


 イチカ達はメインイベントである。用意された催しの折り返し時に《闇の魔女》からの褒美の言葉が送られ、後半のイベントが取り行われる。


 それまで約三時間。


「ふ〜ん。…………おっ、来られたっぽいじゃん」

「何ぃぃぃぃぃぃ!?」

「じゃ、俺は適当にその辺をウロチョロしてっから。ウロチョロコールさんだから」

「おい待て貴様っ、我等がどうなっても良いのかっ!?」

「いいよ」


 学園大通りに突然に出現した巨大な暗黒。


 それを目にしたコールが踵を返して特別出席者台から降りて行く。


「待て待て待てっ、直前まではここに居ていいから! 確認取ってあるから! お前の風味があるだけで緊張が解れるんだ!!」

「あっ、そうなの? だったら近くを通った時に小石とか投げ付けてやるよ」

「それが何になるっ!! 不快なだけだろうがっ!!」


 必死なガッツの説得も柳の如く受け流してしまうコール。


「き、来たです……ゴクリ」

「す、すげぇな……」


 校舎を見下ろす程に巨大な…………暗黒の馬。


 それが二頭、城を思わせる馬車を引き、暗黒から大通りに現れた。


 何もかもが桁違い。人間など及ぶべくもない別次元の能力。圧巻の一言であった。


「あれが、《闇の魔女》さま……」


 馬車の天井に立つ小さな人影。


 揺れる幻想的な白髪のツインテール。愛らしい顔立ちで不敵に微笑み、魅惑の体を純白のドレスに包み込んだ美なる少女。


 都市を揺るがす大歓声が、示し合わせたように一斉に爆発した。


 《闇の魔女》リアが、史上初めて人間の都市を訪問した。


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