第75話、誰でも雰囲気で作れちゃう説

 暗黒の巨馬に引かれた闇の城が、歓喜に震える大歓声の間をゆっくりと進んでいく。


 魔女の道を妨げる愚か者はおらず、居たとしても巨馬により誰も察せぬ内に羽虫の如く潰えるだろう。


 誰一人として魔女の意志を阻むことは叶わない。


 やがて用意された最も高みにある特別観覧席へ、暗黒は《闇の魔女》を乗せて運んでいく。


「な、なんという暗黒だ……。魔法でもなく、暗黒そのものを従わせてしまっている……」

「お、お綺麗ですぅ……、何故かこっちが恥ずかしくなって来たです……」


 魔王殺し達でさえ圧倒され、大いなる力と可憐さを前に呆然としていた。


 やがて《闇の魔女》が観覧席へと降り立ち、用意された最高級の椅子へ腰を下ろした。


「《闇の魔女》さまっ、儂が学園長の――」

「フーエルステッキを奪われたそうね」

「申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!」


 土下座する学園長に目もくれず、前方で開始された超一流劇団のパフォーマンスを退屈そうに眺めるリア。


「謝って済む問題ではないのだけれど、あなた程度を殺して済む話でもないわ。……そうね、犯人が何か行動を起こした時に、あなた自身が奪い返すことができたなら免除としましょう」

「爺いっ、行っきますっ!!」


 警備に参戦する為に、齢八十を目前にした学園長が飛び出していく。


「《闇の魔女》様、私が現在のファーランド領主代行を務めさせていただいており――」


 走り去った学園長を見送り、決められた順番で挨拶が行われる。


 けれど受け答えもなく、リアに付く王国秘書官の指示により次々と流れ作業で終えられていく。


 無感情にも見えるリアの視線はパフォーマンスに固定されていた。


 しかし一人の学生が声音を発した瞬間に、リアは唯一反応を見せた。


「お初にお目にかかります、《闇の魔女》様」

「…………」

「モルガナと申します」


 同じ白髪に、同じく眩しい美貌を放つモルガナを、キョトンとした表情となったリアはじっと見つめていた。


「…………」

「…………」


 微笑みを浮かべるモルガナだが、挙動の停止したリアに周囲は何事かと騒めき立っている。


「…………可愛い子ね」

「かの《闇の魔女》様にお褒めいただき、光栄の至り」

「ごめんなさい、どこかで私と会ったことはないのかしら。……本当に面識はないの? これが初めてなのよね」


 何か感じるものでもあったのか、リアは記憶を辿りながらモルガナに訊ねていた。


 嘘偽りなど許されない。《闇の魔女》を前にしては何人たりとも真実を語る他ない。


 モルガナは迷わず返答した。


「えぇ、初めてお会いさせていただきました」

「……そう、なら気のせいね」


 リアはハート程でないにしても、人間の見分けが付きにくい。きっと何かの思い違いだと、その思考を打ち切った。



 ♢♢♢



「…………あらぁ、想像以上にお綺麗だぁ」


 本日二つ目の屋台やきそばを手に、高みに設営された天蓋付きの観覧席に座するリア様を見上げる。


「おっちゃん、ここで食っていいでしょ?」

「…………」


 屋台のおじさんに隣で食べていいか訊ねるも、彼はリア様に見惚れて目にハートを浮かべている。ハート様じゃない方の心臓のハート。


「おっちゃん、怖い感じのお客さん待ってるよ?」

「…………」


 目の前でイライラする男性客が眼前で睨み付けるも、屋台のおじさんはリア様に夢中である。


 仕方なくおじさんを退かして、俺がやきそばを焼くことにする。


「へいっ、ちょいと待ってくださいねっ!」

「おおっ!? いやだって小僧……客だろ? 受け取ってから食うところまで目の前で見てたぞ?」

「まぁでも俺でもやれるっしょ。こいつでもやれるんだから」

「こいつ呼ばわりされてっけど、店主……」


 両手でヘラを構え、やきそばをカンカンシャリシャリしながら焼いていく。


「うぃっ、うぃっ!!」

「カンカンし過ぎじゃないのか……?」


 おじさんの特製ソースをぶち込み、更に混ぜていく。持ち上げたり、中央に集めてソースを馴染ませ、全体の色合いが均一化するまで焼く。


「うぃ〜っ、完成」

「おぉっ……なんだ、こいついらねぇなぁ。ありがとよ、小僧」

「うぃ〜」


 木皿に盛り付けた物を手に、近くのテーブル席へ向かうお客さん。


 やっと自分のやきそばを食べられる。


「あ、あんた……何やってんのよ」

「うん?」


 どうやら一部始終を見ていたらしいユウが、目を疑うとでも言いたげに歩み寄って来た。


「あれ? 一人?」

「モルガナと見て回ろうと思ってたけど、《闇の魔女》様に挨拶したら帰っちゃった。だから友達と合流しよっかなって」


 ヤクモも仲の良い友人達と回ると言っていたし、友達が少ない俺としては羨ましい限りだ。


「だったら一人の俺に付き合ってくれよ。三時間だけ」

「ポーション君にぃ? ……いいけど、ちゃんと楽しめるの?」

「自分の機嫌は自分で取りなさい。楽しもうと思えば何でも楽しめるもんよ? 試しにやってごらん」

「はぁ!? えっ、本気!?」


 鉄板を顎で指し示した俺に目を見開いて驚いている。


 有無を言わさず箒を奪い、手を洗わせてからヘラを持たせる。油を引いて具材を投入。


「ちょっ、ヤバい! ほんとにヤバい!」

「こうカンカンやってたら完成するから。おっちゃん、後は教えてあげて」


 未だにリア様の虜になっているおじさんを揺り動かして我に帰られる。


「ほぇっ…………お嬢ちゃん、俺の屋台で何やってんだい!?」

「知らないって! こ、ここからどうすんの!?」

「え〜っと、え〜っと、もっとこうシャンシャンやってぇ」

「カンカンじゃなくてシャンシャン!?」

「カンカンでもいいっ!! お嬢ちゃん、筋がいいよぉ!!」


 騒ぎつつも美味しく出来上がっていくやきそばを眺めながら、自分の分を食べ進める。

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