第76話、王国から調査員が派遣されてたよ


「信じらんないっ、あたしじゃなかったら対応不可能だったし!」


 ぷんぷんと臍を曲げてしまったユウと屋台近くのテーブル席でやきそばを食べる。


「自分で焼いたやきそばはどうだい? 格別だろう?」

「普通。いつも食べるやつと何も変わんない」

「店のレベルを作ったってこったろ? 美味しいんじゃんか」

「…………」


 天邪鬼なユウは認めないが上手くできている。


 屋台のおじさんに上出来だと褒められて照れていたのに、全く素直ではない。


 口の端を僅かに持ち上げる俺を睨み付け、斜に構えて食べている。


「どっか行きたいとこあんの? 希望とかあるなら食ったら行きましょ」

「……魔法グッズ関連が多く販売されてるから、それは絶対に見て回りたい。ポーション君も興味あるでしょ? エリクサー完全解説本とかぁ……ハイポーション攻略本とか」

「俺はハーブル先生の本を揃えてるから、あんま興味ないなぁ。でもどんなグッズがあるのかは見たいから、気にせんといて」

「ハーブルってポーションの神様でしょ? 基本しか書いてないんじゃないの?」


 は? 先生を語んな小娘がと言いたいが、それはユウの仰る通りである。基本しか書いていない。


 ただポーション関連は何度も繰り返して作製練度を高めていくので、余程に難しい錬成でもない限りはいつか身につく。


 複数の攻略本を購入し、楽をしようとして失敗した経緯があるわけではない。断じて違う。


「おう、小僧。美味かったぜ、ごちそうさん」


 見た目の怖いおじさんが律儀に食後にも挨拶に歩んでくる。気さくに手を振り、風貌に反した気の良さを伺わせていた。


「うぃっす。でも半分だけね? ほとんど出来てたから」

「いやなに、大したもんだ。嬢ちゃんも中々の威勢だったじゃねぇか。うめぇだろ」


 訊ねられたユウはおじさんの迫力にやきそばを口に含んだまま無言で頷いている。


「はっは、怖かったか。ならこれ以上、デートの邪魔しちゃいけねぇな」

「祭り楽しんでくださいねぇ」

「お前さんもな。あばよ、ポーション」


 俺の肩を叩いて背を向け、会話が聴こえていたのか冗談も混じえて去っていく。


「ポーションが俺の名前で定着しちゃってんじゃん」

「なんだっけ、ポーション君の名前。ガッツさんに夢中で覚える気がなかったから忘れちゃった」

「…………コールだろ? あれだけガッツがコールコール言って喧しくしてたのに知らなかったんか? 洞察力皆無?」


 昨日に知り合ったとは思えない程に親しげな友人ユウに、改めて名乗る。


 すると、


「コール……? お前が、コール・アリマか?」


 去りつつあった怖いおじさんが、振り返って俺のフルネームを口にした。


「…………」

「な、なんだ? 何で箸を突き付けて来るんだ……?」

「また来やがったか、この野郎……」


 知人も友人も少なく平々凡々を地で行く俺を探している輩なんてのは、総じて魔将と決まっている。


「来るなら来いやぁぁ! 俺はフォスもセカドも退けて来たんやぞ! あっさり死んでやるからなっ!」

「待てっ、とりあえず落ち着けや……!」

「遥々来たのにっ、呆気なく死んでやるからなぁぁぁ!!」

「分かったっ、分かった!」


 怖いおじさんに食ってかかるも、宥めようと努める彼は諦めて正体を口にした。


「俺は王国の調査員だっ。お前が怪盗を見つけたっていうコールなんだろ?」

「あっ、お国の人」

「そうだよ……。事件続きで大変なのは知ってたが、相当ストレス溜まってんだな……」


 いつもこのような生き方をしているのだが、調査員のおじさんは何やら都合の良い解釈をしたらしい。


「そんで、あれから何か分かったんすか? 調査員さんがここにいるって事は、まだ犯人は捕まってないみたいですけど」

「…………」


 調査員さんは少しだけ逡巡する素振りを見せ、やがてこちらへ歩み寄って空きの椅子に腰を落ち着けた。


「あんま他言はすんなよ。……アレは有名な怪盗で、前から追ってはいたんだよ」

「……なんか、反魔女派の怪盗って聞いたことがあります」

「そうだよ、嬢ちゃんはよく知ってんな」


 怪盗71802号。


 封印魔法解除に長け、怪盗学校を主席で卒業。多くの怪盗ギルドから誘いを受けるもフリーを一貫して、数多くの魔道具を盗んで来た若き大泥棒。


「そいつが反魔女派になってからというもの、盗まれた魔道具が反魔女グループに流されて参ってるんだわ。そこに来て禁忌級の杖が盗まれちまってよぉ」

「つまり進展は無しって感じ?」

「いや、盗んだ時期から考えて今日に備えての犯行だった筈だ」


 恐れを知らないとはまさにこのこと。少なくとも調査員さんは《闇の魔女》様がいる今日この日に何か行動すると睨んでいるようだ。


「他の調査員達も各々に目を光らせちゃいるが、今のところ全く動きが見られない」

「あらら、さっきのお馬さん見てビビったんじゃないの?」

「それは有り得る。あれでビビらないのはそれこそ魔王くらいだろう」


 調査員さんがそれだけいるのなら、俺が何か行動する事態など有り得ない。とても有り難い。


「そういやぁ……その怪盗は魔王信奉者でもあるって話だなぁ」

「俺等、狙われるやん……」

「大丈夫だろう。お前等がターゲットなら、わざわざ今日に向けて準備はしねぇ。明らかに魔女様が目的だ」


 調査員のおじさんは再び俺の肩を叩き、今度こそ立ち去ろうと歩み出した。


「騒動続きだったんだろ? 労働は大人に任せて楽しめや、コール」

「カッコいいねぇ」


 後ろ手を振り、大人の頼もしさを感じる背が遠ざかる。


 それにしても、魔王信奉者か。調査員を見送った俺は、魔王討伐の主要メンバーとギルドマスターしか知らない情報を脳裏に浮かべていた。


「…………ちょっとぉ、一回さ」

「え? うん……」

「大丈夫だと思うんだけど、ギルドまで帰っていい?」

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