第77話、奴が帰ってくる……
「うわっ、……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うっさいっ! 集中できないから口閉じてて!」
俺は今、鳥さん達と同じ土俵に立っていた。
嘘だ。立っていない。何故なら、地上を見下ろして遥か高く、大空を飛んでいるのだから。
「ちょっとっ、それ止めてっ!? その洒落た座り方止めて!?」
「はぁ? いいじゃん、可愛いでしょ?」
箒に片側から腰掛けるユウを目にするだけで、ヒヤヒヤとして堪らない。
「股ぐらでガチっと挟めよっ! 落っこちて欲しくないの! だってその時は俺も落ちる時だからっ!」
「見てて怖いなら目も閉じてれば? あと女の子に股ぐらとか言うな」
慣れた様子のユウに掴まり、生きた心地がしないままにギルドを目指して飛行する。
普段はあれだけ大きな建物が、とても小さく見えてしまう。人間などはパスタの切れ端にしか見えない。
「お前っ、もっと飯食えよっ! 掴んでる腹が細くて心許ないんだけどぉ!」
「ほっとけ……って言ってみたけど実はすごく嬉しかったりぃ」
「抱き着いていい!?」
「ダメに決まってんじゃん。ほら、もう着くよ」
本当に飛び立ってすぐに到着した印象だ。飛行魔法の速度がいかに速いかを体感した。
離陸同様に着陸は慎重に徹して、ギルド【ファフタの方舟】前に緩やかに降り立った。
「う、うぃ……あんがと」
「早く戻りたいから、さっさと済ませてよね」
「うぃ……」
抜け切らない浮遊感からふらふらと、久々の地上を行く。
「あら? コールさん、どうかされたのですか?」
「し、シンシアさん……」
閑古鳥の鳴く受け付けで相変わらずに暇していたシンシアさんに、あるお願いをする。
「あの、ギルドマスター秘蔵のお酒ってちゃんとあります?」
「え? えぇ、ありますけど……」
「ちょっと中を見せてもらっていいっすか? 俺は許可されてますよね」
「あっ、そういうことですか。分かりました」
どうやらシンシアさんは中身が何であるのかを知っているようだ。ひょっとしたら毎日確認していたのかもしれない。
迷うことなく、すぐに受け付け奥の金庫に向かっていった。
「ポーション君、昼間から酒を飲む為に戻って来たの?」
「んなわけないじゃん」
そして戻って来たシンシアさんの手には、怪しげな封のされた鉄の箱が乗せられていた。
シンシアさんは慣れた手付きで封を解き、蓋を開けて中を見せてくれる。
「ほら、きちんとありますよ?」
「…………」
そこにあるのは、魔王タナカの残骸。
「もうすぐにでも王国の調査員さんが持って帰るらしいので、心配入りませんよ」
「うん、豚足」
タナカの残骸ではなく、誰も気が付かない内に青く塗られた豚足と代えられていた。
食べ物を粗末にした事、許すまじ。
「豚足っ? ですが、私がマスターから確認するよう言い付けられた時からこんな感じでしたよ!?」
「もう一人の従業員が来た日っすか?」
「は、はい。同時に入社したので……」
「そいつが多分、怪盗だったみたいっすね。なんか色々と見越して盗んだんだろうと思います」
マスターが直接確認するべきと言いたいが、あの人は起きられない日もあるので完全に任せたのだろう。
シンシアさんがここのところ連勤していた事情にも合点がいった。
しかし怪盗もやる。初日から豚足では、シンシアさんが気が付かないのも無理はない。
「……別にいいんじゃないの? 死骸の肉片くらいあげれば」
「もし怪盗の仕業なら、フーエルステッキとタナカの残骸で何かしようとしてんじゃねぇか……?」
「細切れのタナカでぇ? …………増やしたって腐るだけじゃないの?」
「仮にも魔王だからなぁ……」
けれど魔王タナカの残骸を増やすにしろ、しないにしろ、どこで行っているのだろう。
調査員のおじさんの話では今日を狙っている。つまり都市もしくは近場でなければならない。空き家など使われていない施設などは、《闇の魔女》様来訪に合わせて入念に調査されたはず。
都市外だろうか。
「う〜ん…………………………えっ?」
あれ、と思う。
この時に俺は気付いた。
昨日に調査した遺跡群。その四つ目に、
てっきり魔物を食い殺して出た血液だとばかり考えていたのだが、もしや上から垂れていたのではないだろうか。
そう……あの時、実は…………天井には、脈動するタナカの繭があったのだ。
残骸を増やしてこねこねとこねられ、ビタンっと天井に打ち付けられ、再生する為に休眠していたタナカであった。ナンの調理法で復活間近のタナカであった。
「た、タナカが復活するかもしれん……」
「は、はぁ!?」
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