第125話、試練に臨む村人

 玄関先でモナ達を見送った後に朝食。そして試練らしい。


「ごめんな? 寂しいだろうけど、暫しの別れってやつですわ。あんたらもあんたらで大変だろうけど、協力して乗り超えるんだぞ?」


 馬車内から別れを惜しむ友へ激励の言葉を贈る。


「ひゃっふぅ! です! 雪でお遊びなんて初めてです!」

「噂には聞いていた……スキーであるっ!! 我をどこまで本気にさせようものなのか、直々に測ってくれるわ!! フハハハハァ!!」


 誰も彼もが、これから苦行に臨む俺を心配げに見ている。


「ほんの少しだ。なぁに、俺だって魔王に立ち向かった戦士達のサポートに駆け回った村人だ。すぐにやっつけて合流すっからさ」


 これ以上は心配させまいと強気を装って笑いかけ、後の憂いを残さずに旅立ってもらう。


「向こうにも豊富な食材が運んであるらしいじゃないか。使用人さんも来てくれるし、何も言うことはない。いやぁ、楽しみだ」

「オーミ君も珍しく心踊っているようだね」

「おっ、ならば言うことなしだな。……あっ、コール、この玩具は絶対使わないだろうから部屋に置いておいてくれ。じゃあな」


 水を噴き出す玩具などを押し付けられ、馬車は慌ただしく扉を閉めて去っていく。後ろ髪を引かれることなどなく、速度をぐんぐん上げて軽快に走り去っていく。


「気を付けてなぁ〜! 俺が神様だったら雪崩に巻き込むも〜ん! 三回くら〜い!」

「何を言っている……」

「シュナイゼルさん、あいつらシバいてくださいよ。こんなのあんまりっすよ。誰も彼もが胸糞悪りぃ」

「……朝食で気分を入れ替えろ」


 踵を返して屋敷に入っていくシュナイゼルさんが少しばかりの励ましを口にする始末である。


 俺も付いて入り、真っ直ぐに食堂へ向かう。そこに用意されていた食事をただ漫然と口に運ぶ。


 一流シェフの朝食と言っても、食べた気がしなかった。


 広い食堂にたった一人。虚しく反響する食器の音を聞きつつ憂鬱に食べ終えて食堂を出れば、同じく食事を終えていたであろうシュナイゼルさんが待っていた。


「ここから、本格的に試練開始となる」

「はぁ……おっしゃ! さっさと終わらせるかぁ!」

「…………」


 シュナイゼルさんが黙り込んだ。どうやら一言も発しないと言うのは、本当に徹底するようだ。


「……へいへい、行きますよ」

「…………」


 俺は屋敷の外へ歩む。その背後から、言葉無きダンディな怪物が付いて来る。


「ブンブンブンブン、ブンブンぶ〜〜ん」

「…………ちょっと待て」

「はい? 喋らないんじゃないの?」


 まだ玄関先であるのに、シュナイゼルさんに呼び止められてしまう。


「渡したゴールドはどうした。水の玩具しか手にしていないようだが」

「あ〜……必要分だけ持って来ました」

「ほぅ……?」


 シュナイゼルさんは感心する目付きとなり、無言で手を差し出して再開を促した。


「うぃ〜っす」


 俺は街中へと歩みを進める。


 寒い地域ではあるが、活気に満ちている。公爵様の別荘があるのも納得である。


「おっちゃん、そのスープは何のスープぅ?」

「いらっしゃい。これかい? これはキャベツのぉぉぉ!?」


 屋台のおじさんが俺の背後に聳えるシュナイゼルさんを目にして飛び上がってしまった。


「私のことは気にするな。いないものとして扱ってくれ」

「な、なんだか分かりませんけど、分かりました……」


 シュナイゼルさんはやはり有名人のようだ。


「シュナイゼルさんも飲む? 俺はコレ買うけど」

「…………」

「シュナイゼルさんは味噌汁とかを“飲む”っていうタイプ? それとも“食う”っていうタイプ? 汁物だって言ってんだから正しいのは“飲む”だよ?」


 静かにメモ帳に何かを記載し始めた。加点減点とか言っていたやつだろう。


 欲しければ自分で買うだろうし、自分のだけ買おう。


「おっちゃん、そのキャベツのコンソメスープらしきもの一つね」

「ま、毎度あり……」


 木皿に盛られたキャベツたっぷりコンソメスープで、熱々を飲んで身体を温める。


 屋台の隣にある花壇に腰を下ろし、スプーンでゆっくりと食べる。


「ふぅ……落ち着くわぁ。……おっちゃん、この街の名所ってどこ?」

「名所かい? 美しい城に絶景の雪山、聖堂に湖……それこそ公爵様のお宅なんてそりゃあもう立派だぞ? 一日じゃ見て回れないくらい名所尽くしさ」

「いいねぇ。公爵様の屋敷以外で一番近いのは?」

「あぁ、それならアレだな。あの小高いとこにある聖堂だ」


 屋台のおじさんが指差したのは、近くの小高い山上にある聖堂であった。


 昼までに行って帰るには丁度いい位置だろう。


「いいね、これ食ったら行ってみるわ」

「おう、気を付けてなぁ」

「う〜い」


 シャキシャキ感の残る絶妙なキャベツを食べ、熱いうちにスープを飲む。


 この間、シュナイゼルさんはメモ帳に何かを書く手を止めない。絶対に減点塗れだろう。


 知らねぇよ……。


 食べ終えた俺は白い息を吐きつつ、聖堂を目指して歩む。


 すると前方から武器を携帯した四人組が向かってくるのを目にする。


 折角なので、あのことについて訊いておこう。


「すみませ〜ん、冒険者の方っすか?」

「うん? そうだぜ」

「あのぉ、俺って最近ここら辺に来たんですけど、ポーション屋ってどこか分かります? 一応、ポーション職人なんですよ」

「あぁ、そうなのか。ほら、あそこに俺達のギルドが見えるだろ?」


 冒険者チームのリーダーらしき男性が向こうに見えるギルド特有の喧騒を指差す。


 武器を持つ者達が出入りしており、騒ぎも一段と大きい。


「あそこの向かいにあるんだ。ここからじゃ、よく見えないけどな」

「あっ、ご丁寧にありがとうございます」

「いやいや、これくらい構わんぜ」


 冒険者さん達に手を振って、水の玩具をシュコシュコしながらすれ違っていく。


「…………」

「おっ? 隠れてたんすね。冒険者達からしたら憧れだから、やっぱ大騒ぎになるんすか?」


 程々に坂道を登っていると前方にシュナイゼルさんが降り立ち、無言で『ブンブンはぁ!? 何故、訊かなかったっ!! というよりも君は何をしているっ!!』とでも言いたげに睨み付けていた。



〜・〜・〜・〜・〜・〜

悲報

ストック、尽きる。

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あの《嘘の魔女》と同棲してみることになったポーション職人の愉快な日常を、アースティアより…… 壱兄さん @wanpankun

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