第50話、二者目の勇者


「行け、〈暗黒に沈めブラックネス〉っ!!」


 マーナンが生み出した脚だけの暗黒魔法が、見事な蹴り技で骨の魔物を薙ぎ倒していた。


 上段回し蹴りが骨の頭蓋骨を打ち飛ばし、前蹴りが恥骨を砕き魔物を真っ二つにする。そのまま跳び上がり、二回転しながら二体を纏めて蹴り飛ばした。


 やはり強い。


「〈闇に染まれダークネス〉ッ!」


 そしてマーナン自身も手から闇色の液体を生み出し、それを突き出した。すると闇の手が無数に生え、その方面にいた魔物達を一挙に掴む。


「行くぞっ、暗黒魔法よ!」


 マーナンが強く引き込んで魔物達を寄せ付けると、暗黒魔法が三回転して勢いを付けた後ろ回し蹴りにて一掃してしまう。


「〈加速アクセラレーション〉っ、……〈加速アクセラレーション〉っ!」


 緩慢で規則的な骨の魔物だけに動きを予測し易いせいで、イチカちゃんの〈加速〉により魔物が一歩踏み締めた瞬間に空や森にすっ飛んでいく。


「ガゥ! アウっ!!」

「キャンっ……!!」


 ウルフ達も素早い動きを見せて集団で狩りを行っていた。


「……でも全然減らないんだもんなぁ。困ったよなぁ」

「えぇいっ、呑気なる友よっ! 早く何か妙案を考えるのだ! 我は《闇の魔女》様にお会いするまでは死ねんぞぉぉ!!」


 マナポーションを飲みながら戦うマーナンにツッコミされる始末。


「お前の黒いやつなら倒せるかもしれないけど、あんなふよふよしてる奴に当たりそうにないし、倒せなかった時に主力のお前を失って俺等は終わるからな。ならまた賭けをしましょ」


 という事で、また一か八かのチャレンジをしてみる。


「お〜い、ガッツ。もう一回、〈勇者の魂〉でくじ引きしてみよっか」

「正気かっ!? 悪手に決まっているではないかっ!! 我は死にたくないと言うに!!」


 確かに確率的には危険な勇者の特性を引くことの方が、圧倒的に多い。


 フォスも含めて全滅…………それ以上だって有り得る。


「だって他に手がないんだもん。ガッツは酩酊勇者の必殺技使っちゃったし、フォスもめちゃくちゃ強いし」

「……くっ! どうなっても知らんぞ!」

「う〜い。こんな時の為に備えて、俺は歴代勇者の記録を調べてあっから。半分くらいなら対策もあるから」

「半分っ!? 時折見せる貴様のその度胸はまさに怪物なりぃぃ……!!」


 やらなくてはいけないのなら、気楽に構えるのみ。


 眠るガッツの上半身を起こし、腕を叩いて微睡みから起こす。


「うぅ……?」

「あの、申し訳ないんだけど、ガッツ。もう一回、〈勇者の魂〉頼むわ」

「〈勇者の魂ぶれいばぁずそーる〉」

「早いっ!!」


 今、再び、紅い閃光がガッツから解き放たれた。


 猛る紅。紅が酩酊勇者からまた別の勇者が持っていた特性を形作る。


 此度は……大きく太い二つの角がオーラにより形成され、ガッツの頭より生える。


「こいつかよっ!! イチカちゃんっ、ローブ貸してくれ!!」

「ローブですっ!?」


 当たりとはとても呼べない勇者だが、これならまだやりようがある。というよりもやるしかない。


 唐突な要求に戸惑うイチカちゃんだが、魔法使い(冒険者向け)ローブを脱いで手渡してくれた。


「イチカとやらっ、もはや“猛進勇者”はコールに任せる他ないっ!! ウルフと共に上に避難すべし!!」

「こ、コールさんは大丈夫なんです……?」


 イチカちゃんの怯える視線は、俺ではなくガッツに向けられていた。


 意思疎通が図れた酩酊勇者とは異なり、明らかに獰猛な気質へと変貌するガッツ。


 オーラも猛々しく、理性というものを感じられなくなる。


 猛進勇者・トギュウ。突進力とパワーに突き抜けたガッツの先達とも言える勇者であった。


「イチカちゃん! 気にせず逃げなっ! あとは俺とガッツでやるしかねぇ!」

「そうですか残念ですけどそうしますお達者でっ!」

「退避はやっ!? ……もうちょっと心配してくれても良かったけどぉ?」


 ウルフに颯爽と飛び乗り、斜面を一っ飛びしたイチカちゃんを見送り、俺はガッツと相対する。


 魔物達はただならぬガッツの気配に痺れ、身動きすら取れなくなっていた。


「ぶるっ……」


 ガッツが足踏みをした。


 それだけで地面が爆ぜ、背後にいた魔物達が吹き飛ばされる。


「あわわわわわわですぅ……」

「うぅむ、怖いっ! だから〈勇者の魂〉は禁じ手なのだ。コールめ、狂人の行いであるぞ……」


 今のガッツは自我ごと知能を失い、代わりにパワーを手に入れた怪物。その放つ迫力を前に、眺める二人が怯えを露わにしている。


「……う、うっしゃあ!! やってやんぜっ! おい、ガッツ!! これ見てみっ?」

「…………ググッ」


 ローブをひらひらとさせてガッツを焚き付ける。


 猛進勇者状態のガッツは赤色とひらひらする物に興奮して、怒りのままに突っ込むという性質がある。


 現にガッツは顔付きを険しくさせて、気性荒々しくこちらへ向き直った。


「え〜っと……一、二ぃっ!!」

「ッ――――――」


 ローブを跳ね上げながら、大きく横合いに跳び退く。


 次の瞬間――――紅いオーラが猛牛を模して、人道を破壊して突き抜けた。


「なぁぁ……!?」

「ふ、ふむ……やはり恐ろしき猛進勇者よ。しかしそれを御するコールの恐れ知らず振りも見事だ。流石は我が助手なり……」


 地面を派手に砕いて駆け、通り過ぎる過程で魔物などは跡形もなく消え失せていた。


 酩酊勇者のような必殺技はない。応用もなく、知能もない。しかしその愚直な直進が何もかもを破砕する。


 これが猛進勇者である。


「へいへいへ〜い! 今度はこっち側、行ってみよっか」

「ッ……!!」


 呼びかけに跳ねる動きで反応して振り向いたガッツが、鼻息荒く再び足踏みを始める。


 ガッツが腰を落として二のカウント。


「一、二っ……!!」

「ッ――――――」

「ぐっ……!?」


 強烈な紅い物体が通過し、少し回避が遅かったのか半ば吹き飛ばされるようになりながらも何とか受け身を取る。


 魔物などは二回ほどガッツを行き帰りさせるだけで全滅だ。骨粉が僅かに舞い上がって世界へ旅立っていった。いってらっしゃい。二度と帰ってこないでね。


 しかし問題はここからだ。フォスを倒して、更に猛進勇者状態が解けるまで、俺は無事に生きていられるだろうか。


「ふむ、中々に人間もやるものじゃないか……」


 顎を撫でて静観していたフォスは、予想外に余裕を滲ませてガッツを感心する物言いをした。


「ウソ、マジ? あんた、このガッツよりも強いんか……?」

「勝てんっ!!」


 …………えらくはっきりと敗北を認めてしまった。


「勝てないよ……。そんなことされたら認めるしかないけど、勝てない。こっそり二、三体ほど上級の魔物を潜ませていたのに瞬殺されてしまった」


 さりげなく底意地の悪いところを露呈させていくフォス。


「魔王様なら勝てるだろうけど……、魔将と魔王って物凄い差があるからさぁ」

「……じゃあ、諦めて帰って――」


 フォスは魔力を滲ませて言う。


「――だから、倒せそうな“不吉”を召喚させてもらおうか」



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