第49話、本日二人目の魔将


 漆黒のローブを羽織り、骸骨の顔を覗かせて亡霊の如く宙に浮くその者。


 ファストとも、セカドとも比較にならない魔力を漲らせて、死の化身を思わせるフォスが眼前に降り立つ。


「もういいっすよ、フォスさんっ!」

「えぇっ!? 何がぁっ? 何を、そんなに怒っているのだ……? もっと恐れるとかはないのか……?」


 ここのところの強敵ラッシュに鬱積したものが崩れ落ちた。


「あんた、めちゃくちゃ強そうじゃん。……何でフォスさんまで今日来るっ? 俺等、人間っすよ?」

「……それは勿論、知っている」

「みんなで協力してやっと魔将一人と戦えるレベルっすよ? なんでそんなに一気に来る? せめてセカドと日程はズラしましょ?」

「えっ、セカドも来たのか?」

「別口!? もう……魔将同士でなんかないの? こう、俺はこの日に仇を取りに行くぜ……じゃあ俺はこの日に復讐するわ、みたいな打ち合わせは」

「いやだって……部署も違うし、勤務先も違うから……」


 もう何がなんだか分からず、言いたいことも喉から引っ込んでしまった。


「……領主と協力して俺等を倒そうとしてるんじゃないの?」

「領主……ではない。それに所詮は互いの利益が重なっただけで、この後にも私は都市を攻撃――」


 フォスがまだ何かを言っているが、領主でないならば誰なのだろう。


 他にも俺達の死を願う人間がいるようだ。


 このような時にモナならば何もかも見透かしてしまうのだろうが、贔屓目にも俺は頭が回る方ではない。


 モナ…………そう言えば、少し前にモナが何か意味深な発言をしていた気がする。


『私は君の為を思ってアレをやったのに、そんな態度をするんだね』


 何の時だったか。


『さぁね。ま、困った時なんかに思い出したらいいんじゃないかな?』


 あぁ、そうだと思い出す。モナが都市長の家で執事を壺で殴ろうとした時の話だ。


 あの時はがらんと殺風景な部屋に、謎に一つだけあった壺で…………。


 そこでもう一つ、思い起こされる先程のセカドの言葉。


『無茶苦茶だ。領主は魔王様から避難する際に、使用人達に暴言を浴びせたせいで家財を・・・持ち逃げされた・・・・・・・のもあって、貴様等を逆恨みしている』


 モナのお陰でもう一人の馬鹿を探し出した直後に、怒り心頭に発した。


「――あいつかあああああああああああ!!」



 ♢♢♢



 都市長トシノは、家の玄関に寝転んでいた。


「……誰か使用人が戻って来ないかなぁ。来たらボコボコにしてやるのに」


 そして執事もまた寝転んでいた。


 魔王が現れたあの日、トシノは都市外に逃げた。逃げる途中で執事に見つかり、共に使用人と近隣住民に罵声をぶつけ放題してから逃げていた。


「あれだけ罵詈雑言を浴びせたのですから、戻っては来ないでしょう。浅ましいことに、家の値打ちあるものまで持っていきましたからお金にも困らないかと」

「お前もあの壺、持って逃げたけどな」


 お陰で支持率は急下降。


「ファーランドの奴等もさぁ、いつもいつも喧しく要望だけは喚く癖にさぁ。俺が一回でも悪態吐いたらコレだぜ? あいつらのバカの一つ覚えを聞き続けて来たのにコレだぜ? 言ってることみんな同じなんだよ。“優遇しろ”……考え無しに言うなよ、馬鹿野郎。すぐ調子付く癖してよく言うぜぇ」


 溜まりに溜まった鬱憤を玄関口で漏らす。


「なんでこんなことになるんだよぉ……。ファーランドなんて更地になれば良かったのに、俺等が逃げただけになっちゃったじゃん」

「おまけに英雄が誕生してしまいましたな」


 執事はあの日を思い起こす。


 トシノの乗る馬車を操縦して避難途中、いつもお世話になっている近所のご婦人達を見かけ、『バ〜カ、くそババア共がっ!! いつも話が長いんだよ!! タラタラタラタラ陰口聞く身にもなってみろっ! 言っとくけど、あんた等も近所から言われてっから! あんたら同士でも言ってっからぁ!! じゃあなぁ、ブハハハハァ!!』と怒鳴り付けてしまい、帰って来たらゴミを見る目で見られるようになった。


「何で俺が悪党であいつらが英雄? ほとんど《力の魔女》様がやったのによぉ。納得できないってぇ」


 玄関先に反響して交わされる身勝手な会話。


「道連れだな、やっぱり。あの強そうな魔将がガキ共やってくれるから、そしたら都市長なんか辞めて隠居しよ」

「それがよろしいでしょう」



 ♢♢♢



 突然に怒りの大噴火を起こした俺を、フォス含め三名がどうしたことかと見ている。


「どうしたんです……? 心配になるんですけど……」

「あいつだよ、トシノだよぉ……。トシノの野郎がフォスと手を組んでんだよぉ」

「都市長もですか!? 頑張って倒したのにあんまりですっ!」

「その通りだ、許さねぇ。なんだよ、やっぱ都市長は殴っていいじゃんか」


 トシノの悪事を暴かねばならない。その為にはまず、フォスを倒さなければ。


 だが魔将筆頭と言うだけあって、セカドを相手にしているというにはタナカを前にしているものと近いものを感じる。


 間違いなく勝てない。


「……マーナンとイチカちゃんのあの連携を試すか?」

「す、〈減速スロウ〉が効くか怪しいです……」

「だよなぁ」


 イチカちゃんの〈減速〉で動きを封じてからマーナンの〈闇黒の月ブラックムーン〉というセットは、強い相手に関しては弱らせなければ通らない。


 フォスに通じる可能性は低い。


「もういいだろう? お前達の言う通りだとも。何故か聞いていた数よりも多いが後で死ぬか先で死ぬかの違いだ。――〈アンデッド召喚〉」


 カタカタケタケタと笑いながら、骨の兵士達が黄泉より召喚された。


 イチカちゃんにウルフ達を脅してもらって戦わせるかとも考えるも、周囲を取り囲む骨の戦士達の数にその考えを放棄する。


「ァゥ……」


 ……ボスウルフが怯んでいるところを見れば、この魔物一体の戦闘力も侮れはしない。しかも未だに次々と魔法陣から溢れている。


 余裕綽々のフォス自身も上空で高みの見物を決め込んでいる。


 正に、絶対絶命であった。



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