第48話、恩師のために走り続ける者


「……今、こいつ鳴かなかった?」

「鳴いたです……。にゃ〜って鳴きました」


 ガッツによりボロボロにされたセカドが、蚊の鳴く声で雄叫びを発した。


「おい、何したの? 言っとくけど、コールさんはこういう時にも容赦しねぇよ?」

「痛っ、痛い!! そんな殺生なっ!」

「早く言わないと今のガッツの必殺技を使ってもらっちゃうぞ? 酔った分だけ威力が上がるから今の段階でお前なんて微塵よ? 微塵」


 マーナンの暗黒魔法を見習ってげしげしとセカドを蹴り付け、〈獅子魔の雄叫び〉で何をしたのかを尋問する。


 すると脅しが効いたのか、セカドは間髪入れずに答えた。


「よ、よかろう……。今この森には恩師を殺されて殺気立つホノオクイドリの生徒達がいる」

「……恩師とか生徒って何。ホノオクイドリってそんなに教育関係に力入れてんの?」

「その者達に都市を破壊するよう命令した」

「うっわ、こいつやる事が汚ねぇ……」


 ガッツに勝てないと悟るや否や、標的を都市へ切り替えた。武人と言えども性根はやはり魔将である。


「ど、どうするです……?」

「……今のガッツならやれるかもだけど、単純に間に合わねぇよな。どう急いでもホノオクイドリが先に都市に到着しちまう」


 まだ午前であることを考慮すると、記憶通りならホノオクイドリは獣の森東北方面を走っている筈。自分達の方が都市には近いが、ホノオクイドリが走るのは人道。


「……人道を何不自由なく走られると、先に辿り着く方法がないんだよねぇ。人道まで先に行けたら邪魔するか倒すかできるかもしれねぇけど、どうっすかな」

「下がるです……」

「おう!? どうしたどうした……? またソルジャー顔になってるよ?」


 今、再び表に出て来たソルジャーイチカがナイフを手に、遺跡の左手にある崖を睨む。


 すると崖上に、奴が姿を見せる。


「ガウっ、あうあうあうあうあう!! ガォォン!!」


 片目に傷痕のあるボスウルフが、ウルフを従えて何かを叫んだ。


「……何て言ってる? リベンジ?」

「いえ、“ったく見てられないぜ、情けねぇ。俺のライバルがこんなところで負けるんじゃねぇ。お前を倒すのはこの俺だ”……と、言っているです」

「結構な長文を喋ってたのね。そして見てたのね。イチカちゃん、逆に好かれてんじゃね?」


 そんな会話をしていると、ウルフ達は身軽に崖を駆け下り、こちらへと走って来た。


 ……でもイチカちゃんがいるから何も怖くない。


「ガウァウ……」

「乗りな……、と言っているです」


 ボスウルフが半身になり、自らの背を指差して言った。


 お言葉に甘えて、セカドを雁字搦めにロープで縛り付けてからウルフ達に乗り込んだ。


 普段から羊などを軽々と掻っ攫う魔物だけあって、軽々と森の中を疾走する。盗人猛々しいと言いたいが、今回は辛抱しよう。


「……おい、ガッツ。あれ見てみろよ」

「なんだぁ……? ……はっはっはっはっは!! あっははははは!! 酔ってる時は止めてくれ、笑いがっ、笑いがとまらんっ……!」


 ウルフの上で気持ち悪そうにしていたガッツに、指を差して面白いものを見せたら腹を抱えて大笑いし始めた。


「イチカちゃん、ボスウルフに肩車されてんじゃん。カッコ悪ぃし、ダッセーのぉ」

「はぅ!? み、見ないでくださいっ……」


 縦長になってボスウルフに運ばれるイチカちゃんが滑稽で仕方ない。


「あっはっはっはっは!!」

「笑うなですっ! もう眼鏡かけませんよ!?」

「…………」

「よ、酔っていても眼鏡に反応するの気持ち悪いです……」


 などと言っている内に人道まで行き着いてしまう。


 両側がニメートル程に迫り上がって溝のようになった人道だが、予想外の景色が見えて来る。


「うわっ、もうここまで来てやがるじゃん!! 速っ!!」

「しかも三十羽くらいはいそうです……」


 窮屈そうに身体をぶつからせながらも、群れを成したホノオクイドリ達が爆走して目の前を通過している。


 早く先回りして、ガッツが酩酊勇者の力を発現させている間に必殺技を撃ち込まなければ。


「イチカちゃん、急いでウルフ達に先回りしてもらっちゃ――」


 瞬刻の間に、その者の姿を捉える。


 見下ろす俺の目が、はっきりとホノオクイドリに乗って運ばれていくそいつを捉える。


 学園で準備に励んでいる筈の……マーナンが、疾走する一羽のホノオクイドリの背で大人しく座っていた。


「あいつ何してんの!? どんな生活送ったらそんな状況になんの!? 呪われてんだろ!」


 急いで俺達はホノオクイドリに並走する形で小高い位置からマーナンへ叫ぶ。


「この馬鹿がっ!! お前は何をしてんだよ!!」

「ん? おおっ、コールよ。我が短気なる友よ。迎え、ご苦労」

「迎えじゃねぇよ、俺の代わりに死神さんにでも迎えに来てもらえっ」

「まぁ待つがいい。近辺に用事ができてな。ついでに励む貴様等に――」

「あっ、差し入れ? マジ?」


 疲労回復を望める甘い物でも持って来てくれたのだろうか。


「いや、我の顔を見せてやろうと思ってな」

「要らねえよっ!! お前の顔にどんな価値があると思ってんの!? 無許可で俺の視界に入って来んなよっ、コラぁ!!」


 祖父母に初孫を見せるかのような物言いをするマーナンに怒声を放つ。


 どこまで行っても憎たらしいマーナンだが、このまま吹き飛ばす訳にもいかない。


「ちょ、とりあえずこっちのウルフに移れ。死ぬ気でやれ」

「ふっ、我にかかれば造作もない」


 すると、したり顔のマーナンは〈闇に染まれダークネス〉で闇を手に呼び出した。


「行けぃ!!」

「うおっ!? や、やるじゃん……」


 闇の手が前方に突き出た木の枝を掴み、伸びた闇の腕が縮む力を利用してマーナンがこちらに飛んだ。


 着地地点の狙いも想定通りだったのか見事に…………ボスウルフの腕に収まった。


「なんでボスウルフ!?」

「ボスウルフ……? 我の知るボスウルフではないな、興味深い…………ふむ、イチカとやら、一先ずは場所を変わるのだ」


 お姫様抱っこされるマーナンだが、やはり居心地が悪いのか無茶苦茶を言い始める。


「い、嫌ですよ、無茶言わないでください……。それに肩車も嫌ですけど、こっちの方がまだマシです……」

「我が儘を言うなっ! ボスウルフ殿に失礼であろう!!」

「なんで人には偉そうなのに、ボスウルフに敬意です?」


 一気に騒がしくなった一行だが、加速するウルフ達はホノオクイドリを追い抜き、人道に降り立ってやっとのことで群れの前方に躍り出る。


「やべぇな、都市が見えてんぞ。一羽も逃せねぇ。……おい、ガッツ。お前だけが頼りなんだから、ビシッと決めちゃってくれよ」

「ねむたくなってきた……」

「おぉ、いいね。いい感じに酔いが回ってんじゃん」


 特攻して来る激情のホノオクイドリの群れに、ガッツの狙いを定めさせる。


「うぃ〜。ほら、あのヤンチャな鳥共にぶっ放しちまいな」

「お〜し、任せておけぇ……」

「早くお願いね? もう目の前に来てっから。凡人の俺はドキドキなんだから」


 肩を叩いて指差し、激走するホノオクイドリを視認させるとすぐにガッツは酩酊勇者の技を行使した。


 酩酊勇者は酔えば酔う程にオーラが増し、それを一度に解き放つこの技は、多くの難敵を打ち負かしたという。


 大きな酒甕を紅の魔力で形造り、ホノオクイドリに甕の口を向けて固定する。


「行くぞぉ、このヤロウ。う~っく……〈朱嵐跋扈しゅらんばっこ〉」


 紅い酒甕から、膨大なオーラの嵐が噴き出された。


 予測不能で不規則に荒れ狂い、千鳥足を思わせて不安定に人道を駆け抜ける。道や壁にぶつかりながらも標的に向かう朱の嵐は、人の何倍もあろうホノオクイドリに接触。


「コケーッ!?」


 次々に見上げる程の高さまで天高く、大きなホノオクイドリを呆気なく吹き飛ばしていく。


「す、凄いです……。ひょっとしたらマーナンさんの魔法より――」

「我の魔法の次くらいには強力だな。褒めてやろう」


 暴虐的なオーラの波が通過した後には、ホノオクイドリは一羽もその姿を視界に残していなかった。


 圧巻の一言である。


 勇者。冒険者のみならず老若男女、誰もが知り誰しもが憧れる世界最高峰の称号。


 知名度が高くない勇者であれど、ここまでの強さを誇る。強さと正義の象徴たる存在に足るものであった。


「ふぅ、一丁上がり。もう寝ていいぞ」

「スゥ〜……」


 秒で眠り込んでしまったガッツだが、魔将を倒したのだから勝負も既に勝っている。確定的だ。


「よぉし、ならセカド連行して帰ろっか」

「そうしましょう。もう勝ったようなものです。無駄な労働をする必要はないのです」

「だな。幸運爆発で八百万ゴールド貰っちゃったよ〜ん」


 セカドが思いの外に強くて焦ったが、ガッツの〈勇者の魂〉で当たりが出たお陰であっさり解決してしまった。


「仲良く三等分ですね」

「えっ、我は?」

「し、しれっと賞金貰おうとしてます、この人……。どんな面の皮です?」


 よく言えるなと感心してしまうこと何度目だろうか。数え切れないが、今日もマーナンは絶好調である。


 と、一息吐きかけた俺たちだったが、また別の思惑がネチネチと俺達に絡み付く。


「――見つけたぞ、怨敵共よ……」


 どこかで聞いた文言と共に、そいつは空から舞い降りた。


「我が名は“フォス”……。魔将筆頭フォスが、魔王様の仇を取りに参ったぞ……」


 魔将の大安売りであった。

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