第47話、ガッツの切り札


「動くな動くなっ、セカドももう動くなっ!」

「な、なんだ……? 何かあったのか? 緊急事態の香りがしてならないのだが……」


 解明されていない場所と判明し、涼しいくらいの印象しかなかった通路が突如として牙を剥いた。


「あのね、この遺跡には罠があるらしいのよ。そんでここの罠って多分、誰も分からないのね? だから下手に何か行動すると、四人で仲良く破滅するかも」

「…………」


 冷や汗によりセカドの立髪が湿り気を帯びる。


「一旦ね? 一旦、来た道をこのまま戻ろうか。リセットしよ。すっきりして戦お?」


 姿勢低く腰を落とし、怯える三人が素直に首を縦に振った。


 セカドから順に下がろうと、ガッツも顔を強張らせて大剣を引き抜く。


「…………」

「…………」


 本人と同じく表情を引き攣らせてその様を見守る。


「……ぶ、武器とか、置いて行った方がよかろうか」

「周囲に当たんなきゃ大丈夫でしょ。普通じゃ手に入らない、いいやつなんだろ? 持って行きなさい持って行きなさい」

「かたじけないっ、――――あっ」


 肉球が手汗で湿っていたのだろうか。


 腰から斜めに綺麗なお辞儀をした瞬間、ポロリと槍がネコ科の手から零れ落ちる。


 石の床を打った槍は乾いた音を立て、コロコロと通路の端に転がっていく。


 カチッ……。


 壁に当たった時、そのような不吉な物音がした。


 次には背後の壁が迫り上がる。通路を揺り動かしながら、重苦しい音を立てて……。


「っ……!!」

「コール!?」


 俺は誰よりも早くソレを確認し、駆け出した。長い付き合いのガッツも反射的に俺を追いかける。


 大きな鉄球みたいなものが、現れた坂道の奥から転がって来ていた。俺の判断能力、仲間を見捨てる速度、共に極まれり。


「ま、待ってくださいっ……! 年の順で死ぬべきですっ!」


 一拍遅れて慌てて駆け出す、未熟な二人。


「拙者のせいだが拙者を真っ先に殺そうとするでないっ! みんなで助かればよかろうて!」

「そんな事を言いつつ、いつの間にか四足で走らないでくださいっ。出し抜こうとしているですっ!」


 ぐんぐんと加速するセカドは、先を行くコールとガッツをも追い越す勢いだ。


「てめぇっ!! お前発信の罠でお前だけ助かるなんて許さんからなっ!!」

「コールっ、こうなったらアレを使うしかない!」

「やるのか!? ……いやそうだなっ、このままじゃセカドだけが助かっちまう。そんなん嫌だっ!!」


 出口は見えるものの、鉄球の速度から考えて助かるのはセカドのみ。


「後は頼むぞ、コール!! ――〈勇者の魂ブレイバーズソウル〉ッ!!」


 勇ましい紅色の閃光が、ガッツから解放された。



 ♢♢♢



 遺跡の外で待ち受けるドブロクモンキーとホロヨイザル達。その顔は赤みを通り越して湯気を上げ、面立ちは激憤そのものであった。


 この自分達が親切に勧めた盃を拒否し、あろうことか叩き割るなど許されるわけがない。


 ドブロクモンキー達がこの状態に陥った際には、決して近付いてはいけない。酔いと怒りが混ざり合い、彼等の凶暴性と戦闘能力は格段に上昇している危険な状態だ。


「キーっ!! キーっ!!」

「ウギィ……、ウギィ……」


 怒髪天を突くモンキー達は迫る危機的な轟音をむしろ歓迎する。早く来い、早く来いと囃し立てている。


 今のモンキー達は死さえ恐れない。恐怖という感情を完全に失っていた。


「――ドフォォッ……!?」


 獅子頭の戦士が物凄い勢いで飛ばされて出て来た。


 ……しんと静まるモンキー達。大の字で目を回して倒れるセカドに視線が集まる。


「――――」

「――――」


 その間に、並んで疾走する男女二人が無表情で飛び出した。速度も落とさず、モンキー達にも無関心で、近くの樹の後ろに脇目も振らずに隠れてしまう。


 そして、彼が現れた。


「…………」


 ゆらゆらと立ち昇る紅いオーラを前に、竦み上がるモンキー達。


 鉄球に五指を食い込ませ、軽々と引き摺るガッツを目にして震えが止まらなくなる。


 先程までとはまるで別人。強さの次元が全く異なっている。


「な、なんです……? ホントにガッツさんです?」

「ガッツだねぇ。あいつの切り札を使っちゃったんだけど……どうなるかなぁ」


 セカドの巨体を矢の如く投げ飛ばし、片手で鉄球を受け止めてしまったガッツ。


 樹の陰で動揺に声を震わせるイチカに対し、比較的に落ち着くコールはガッツの様子を興味ありげに窺う。


「……まぁ、見た感じマシな方だな。今回は・・・

「今回はマシ、です……?」


 桁違いのオーラを放つガッツが鉄球を投げ捨て、モンキー達に向かう。


「…………」

「ウキ……ウキっ……」


 命ばかりは助けてくれと涙ながらに懇願するドブロクモンキーを冷めた眼差しで見下ろしている。


 そして、


「……ひっく……」

「ひっく? しゃっくりです?」

「なんだぁ、お前たちぃ。それを飲まないのなら俺にくれ……」


 ドブロクモンキーとホロヨイザルに酒を要求し始めたガッツ。その顔は赤く、明らかに酔っている。


 奇妙な光景に眉を顰めるイチカの疑問にコールが答えた。


「おっ、ラッキー。酩酊勇者・チードリじゃん」

「酩酊勇者? ……なんか聞いたことあるですね」

「ガッツは技とか魔法とかないけど、唯一〈勇者の魂〉っていうバカみたいに強力な能力を持ってる。これは過去の勇者達が使った特殊技とか性質をランダムに引き出せるってのなんだけど、デメリットまで宿しちゃうんだよなぁ」


 安心したコールが樹の裏から出て、貢がれるままに酒を飲むガッツの元まで歩み出す。


「酩酊勇者なら会話ができるから当たり中の当たりなのよ。良かったぁ〜」

「あ、あの、勇者の中には単身で魔王を倒した方もいると聞きますけど……」

「そうよ? だから博打なの。決まってそういう強い勇者は危険なデメリット持ってっから」


 タナカ出現の際に使わなかった理由に納得したイチカもコールに続く。


「お〜い、ガッツ。そんなことより勝負を中断して魔将の報告に戻らな――」






 ニャ〜……。


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