第86話、飛んでみな、飛ぶぞ
平原は都市トップクラスの冒険者達をしても、邪悪な青に染まっていく。
魔王と禁忌の杖が合わさり、史上稀に見る破滅的群勢が生まれてしまった。
西の森を出てすぐのところで発生した青い波は、今や冒険者達を押して平原半ばまでに至る。
「ぐぬぅぅ……! もう少しだけ下がりましょう!」
「了解ですっ」
唯一タナカと近接戦を行うドナガンが、前線をまた下がる。
その全身は無数に傷付けられ、しかもタナカが持つ紫の魔力によりポーションによる治癒も許されない。
大地を爆破して歩みを遅らせるも、一時を凌いでいるに過ぎなかった。
魔王に抗うことは叶わない。冒険者達は言葉に出さないながらも、身を持って痛感していた。
『…………』
ゆっくりと歩むタナカは自我も薄い。
しかし間違いなく、魔女の気配を察してファーランドへと歩みを向けている。
何を思っているのだろうことは、自我がないタナカにも分からない。けれどフーエルステッキにより増殖したタナカは皆、《闇の魔女》を目指して進軍していた。
「ほほほほほほほほほ! 遂にこの日が来た! 今日この日、パンツの失脚により、解放の時が来るっ! 私は解放の人! 世界から悪の代名詞であるパンツすら盗む大怪盗なのよ!」
酔いしれる怪盗の持つフーエルステッキが、何の躊躇いもなく魔王をこの世に増やしていく。
晴天は清らかであるのに、地上は魔の王により穢されていた。
「はぁ〜、気持ちがいい。人生で一番気持ちのいいお日様を見たわ……」
人間と魔王を平等に光照らす太陽。
気分も上々に日を仰ぐ怪盗もその陽光を享受していた。
「………………ん?」
……のだが、太陽に何やら黒い影を見る。
やがて影は大きくなっていき、そして……上下二つに分かれた。
「…………えっ?」
「てめぇの勝手で都市が消えて、堪るかぁぁぁぁぁーっ!!」
矢の如く落下するコールが、怪盗へ飛来した。
「イヤァァァァァ!! ゲフっ――――」
降下の勢いに乗って、二人が纏まって転がり回る。
冒険者達の魔法で耕された大地を十メートルも転がっていた。
「痛たっ……このガキ、気でも狂っているんじゃないのっ……?」
「お、お前に言われたくねぇなぁ……」
ほんの数歩程度に離れた距離感で、泥まみれの二人が身体を起こす。
「っ……!? 無いっ、私のフーエルステッキが無い!」
手元にしかと握りしめていた感覚に異変を感じた怪盗。ある筈のステッキを探して、手元、周囲、起き上がって辺りを隈なく見回す。
「っ…………」
「村人の本気を思い知れ。もう勝手させねぇよ……」
笑うコールが疲労感を滲ませながらも……フーエルステッキを手に怪盗へ告げた。
「…………こっ、このガキぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「いや、女の発狂こえぇよっ……」
金切り声で激昂する怪盗を背にコールが走り出す。
「待ちなさいっ!!」
「やだねっ、いい加減に終わりにして寝たいからなっ!」
蛇行するコールへ火球の魔法を撃ち込むも、尽くを躱される。
「ポーション君っ、掴まって!!」
「ほいっ!!」
横から滑空して来たユウの箒に掴まり、コールが冒険者達の戦う東へ飛ぶ。
「くっ!! …………いえ、今更もう手遅れね。魔王はおそらく二千体を超えている。《闇の魔女》様がやって来るしかないし、そうなれば説き伏せるのみ」
冷静にそう判断し、怪盗は空飛ぶ背を見送った。
「やるじゃん! マジでカッコ良かったよっ!」
「多分ね、あれがコールの最高点だったね。今後、あれ以上が出ることないわ」
興奮に顔を赤くするユウが、コールを冒険者達の元へ運ぶ。
「ふぃ……、それじゃ反撃いきますかぁ」
「うぃ!」
「それ、俺のやつ」
高揚しきりのユウを隣に、コールは叫ぶ。
「はいっ、集合ぉぉぉぉぉぉ!!」
爆発音や雷撃音を縫って、コールの雄叫びが冒険者達の間に響き渡る。
「ガッハッハッハッハ!! すご〜い! ホントに取り返して来たぁ!」
「見てたぜぇ? 流石はコールだな」
駆け寄って来た《アテナ》に感嘆され、喜びを返す間もなく次から次へと冒険者が集まって来た。
「フーエルステッキっ、取り返せたんですか!?」
「わおっ、今日もコールちゃんが最優秀賞ね」
駆け寄ったシンシアは驚愕し、ドナガンもコールの偉業を称えた。
「何か考えがあるんでしょう? あたし達に任せて」
「うぃっす。これ、人間に当たったらヤバいんで混戦は避けて、ここから一人ずつ大技を使ってもらって、それを増やして一気に倒しちまおうと思ってます」
「いいじゃなぁ〜い。……みんなっ、整列っ!」
ドナガンの号令により、統率された冒険者が縦一列に並ぶ。
一糸乱れない冒険者達の反撃が始まる。
ファーランドではその時、予定よりもかなり早くに打ち上がった花火が、満開に咲き誇っていた。
♢♢♢
ファーランド魔法学園。
その時は来た。前半の催しが終わり、同時に《闇の魔女》リアの座する高台から暗黒の階段が形成されていく。
段々と降りて行く暗黒は、向かいの三名がいる観覧席と繋がる。
常識を超える壮大な光景を前に、見守る観衆達が瞬きも忘れてただ息を呑む。
「い、行くです……! もうやるしかないですっ……」
「ぐううううううんっ……!! こ、腰が抜けて、立てんっ……!」
漆黒の階段を見上げ、意を決したイチカが立ち上がるも、ガッツは腰を抜かしていた。
「ふむ、時は来た……」
「っ……!? ……い、いけるのかっ? お前は行けるのか!?」
静かに立ち上がったマーナンに驚嘆するガッツ。
「いや、我はおそらく…………気絶する」
「っ……!?」
「魔女様の元までは死んでも上がる。しかしそこからは貴様等に譲ろう」
「譲ろうって何だっ……! こんな時に重荷を背負わせるつもりかっ……!」
「先に行く。さらばっ!!」
ローブをはためかせ、マーナンが暗黒階段へ一歩踏み出した。
「あっ、待てっ…………くおおおおおおおっ」
「行くですっ……」
気合いで立ち上がったガッツが、遅れてなるものかとマーナンを追う。
「三人並んで行くぞっ……」
「良かろう。……ふむ、コールの馬鹿者が直前にいたならば、また違っただろうな」
「全くだっ。これは暫く文句が止まらんぞっ」
多くの衆目に囲まれて、薄情な友人への激怒を糧に階段を上る。
長く長く続く階段も、もっと長ければいいのにと嘆く程にあっさりと上り切ってしまう。
「…………」
「…………」
指示された通りに、発言することなく《闇の魔女》の前に跪く。
近隣都市でも《闇の魔女》を祝う花火でも上がっているのか、轟音を遠くに聞きつつ、身動ぎせずにひたすら待つ。
「…………」
《闇の魔女》リアが立ち上がる気配を感じた。
三歩だけ歩み、三人を見下ろして口を開いた。
「ガッツ、マーナン――」
「ぬぅぅぅぅんっ…………」
「……随分、威勢よく気絶したわね」
名を呼ばれただけでマーナンの緊張は限界を振り切り、見開いた目を血走らせながら前のめりに倒れた。
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