第85話、疲労感の原因判明


「【ファフタの方舟】のポーション係っ、こ、こっちも頼むっ!」

「お前かぁぁぁぁ!!」

「ひぃ!? 怖いっ!」


 ギルド【マドロナ】の冒険者へ駆け寄る。魔力が足りずにふらふらしていやがる。


「痛んだチキン食う奴いるぅ!?」

『っ…………』

「オラァ!!」


 厳しい腸内環境を表情に表して座り込んだタナカを蹴り飛ばして駆け付ける。


「ほいっ、ほいっ、うぃっ、うぃっ、うぃ〜!」

「ま、魔王が、あんなに簡単に転がっていった……」

「気合い入れてこうぜぃ、兄ちゃん!!」


 ポーションを入れ替え、開いた口の塞がらない冒険者の背を叩き、エールを送ってからまた走り出す。


「ありがとなぁ!!」

「うぃ〜っす」


 感謝を背に受け、後ろ手を振って立ち去った。


 マナポーションが無くなった。


 また精製から始めようと、フラスコを熱している場所へ駆け寄る。


「うぃ……うぃ……」


 乱れた呼吸を整えながら、呻き声と同じテンポで薬草を擦り潰す。


「ポーション君っ!? あんたっ、凄い顔してんだけどぉ!?」


 気が付かない内に、ユウが戻って来ていたようだ。


 俺の顔を覗き込んで驚いているが、どんな顔になっているのだろうか。


「ここが踏ん張り時じゃん……? 勝ったらもうここで寝てやるんだわ」

「あ、あたしにも何かできること、ある……?」


 ハンカチで汗を拭いてくれる親切心だけでも大満足なのだが、欲張ってお願いをする。


「じゃあ、マナポーションが必要な冒険者を先に呼びかけて把握しておいて貰えないだろうか。かなり危険だから遠くから大きな声で呼びかけてやって?」

「あたしだってそのくらいはやるってっ!」

「あんがとぉぉ……」


 薬草をフラスコへ詰めていき、最も疲労する作業へ移る。


 いつもは一回ずつ魔法を使用してフラスコを温める間に一休みする。急激な魔力消費に耐えられないと自覚していたからだ。


 こんなにも辛いとは思わなかったが……。


「……うぉっしゃ!! 〈錬成・マナポーション〉っ!!」


 勢いに任せて魔法を立て続けに発動していく。


「〈錬成・マナポーション〉、〈錬成・マナポーション〉……」


 先程よりも早い息切れに、冷や汗がたらりと頬を伝う。吐き気、息切れ、節々の痛み、倦怠感……後期高齢者が味わうような苦しみを味わう。


「……うるせぇ!! 〈錬成・マナポーション〉っ、〈錬成・マナポーション〉っ、〈錬成・マナポーション〉!!」


 最後の一つに、俺のちっぽけな魔力をぶち込む。


「〈錬成・マナポーション〉っ!!」


 そのまま抗えない脱力感で仰向けに倒れる。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 胸元を激しく上下させて、身体に空気を送り込む。また戦場を駆け回る体力を求めて呼吸に勤しむ。


 どこまでも遠く、どこまでも広がる空は青く澄んでいて、いくら魔王の群れとの大決戦とは言え地上の諍いなどは酷く小さなものに感じる。


 何故、こんなにも疲れなければならないのだろう。


「…………………………あの衣装のせいじゃん!!」


 疲労の原因に思い至ってしまった。


 やはりあのメイド服は封印だ。魔力面の疲労はともかく、体力が減少しているのは明らかにあれが起因している。


「な、なに、急に……」


 跳ね起きた俺を不審げに見るユウは内股を寄せて足を外にして地面に座り、フラスコから空の容器へとマナポーションを移してきた。既に木の大箱はほとんど容器で埋まっている。


「おっ、ぶっ倒れてたから代わりにケースに入れてくれてんのか。ホント、ユウには感謝ばっかだわ。あんたも飲んどきな」

「ありがと。……実はちょっとしんどくなって来てはいたんだよねぇ」


 今しがた容器に入れたマナポーションを手で勧め、不運とは言え奇しくも同じ過ちを犯した俺は重たい体で立ち上がった。


「枯異草とマナポーション、もう一回いってやろうかぃ……」


 木製ケースを抱き上げ、気合充分に戦場を睨む。


「なんか《アテナ》が呼んでたから、先にそっち行こうよ」

「行こうよって……付いて来んの? タナカの生息する平原を走るんだぞ?」


 ユウは立ち上がるとスカートの汚れを叩き落とし、さも当然という風に同行の意志を見せた。


「わざわざ危険な真似する必要ねぇって。下がって休んでな」

「あんた達がここまでやってるのに、ただ見てるだけなんて嫌。役に立てるかもしれないし、付いて行くからね」

「物好きやでぇ……。そんならしっかり付いて来いよっ!」


 戦場の熱に浮かされたのか、勇猛なユウに先んじて《アテナ》の元へ駆け出した。


 二人は技も容姿も戦闘スタイルもとにかく派手で目立つ。この青いおじさんだらけの平原ですら容易に見つけられた。


「魔王死すべしぃ! 〈聖域の盾アイギス〉!」

「イリーナっ、マナポーション替えとこうか!」

「おおっ、コール! わざわざ悪ぃな!」


 快活なイリーナの男勝りな笑みを受け、俺にまで元気が湧き出る。


 ユウが空の容器を抜き取ったポーションケースへ、新しいマナポーションを入れる。


「すまねぇな、けどあいつをどうにかしねぇとキリがないぜ」

「あいつ?」

「あの姉ちゃんだ」


 イリーナが指差したのは…………タナカを増やし続ける憎っくき怪盗。


「ガッハッハッハ!! あそこまで行けないぃ!!」

「サラもマナポーション替えときな?」

「ありがと!」


 軽傷ながら全身に傷を作る二人へ、せめてものサポートを贈る。


「お礼は俺が言いてぇよ。こんなになるまで戦ってくれてさ。そんで、あの怪盗…………温厚なコールさんを完全に怒らせたなぁ……」

「え……? あたしもっ?」

「もう一本、飲んどきな」


 怪盗を睨め付けて怒りに燃える俺は、ユウにもマナポーションを差し出した。

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